便所飯 その1
翌日、昼休みに入ると同時に、リア充の代表格であるサッカー部員が四人、俺の机に近寄って来た。
「ちっす! あの、川内君っすか? ……だよね、うぇーい」
リア充のこの、緊張しているからこそ馴れ馴れしく近づいてくる感じって、うざいよね。
で、うぇーいと言いながら、なぜか俺はハイタッチを求められた。
「……何?」
近づいてきたサッカー部員は俺の名前を知っていたが、モブな俺からすれば、リア充など眼中にないのは当然なことで、誰一人名前が分からない。
「あの、訊きたいことがあるから、一緒に昼飯いいっすか?」
何が訊きたいのかは知らないが、よろしい。いつも昼飯は一人寂しく食べていたから、誰でもウェルカムだ。
「ああ、いいよ」
「あざっす、お邪魔しまーす」
そう言うと、彼らは近くにある椅子を引き寄せ、ミサンガをつけた腕――願いが叶うまで、汗やホコリでどんなに汚れようと外さない、その汚物を巻いた腕――を、無遠慮に俺の机に乗せてきた!
「あの、川内君って三島さんと知り合いって、本当っすか?」
「そうだけど。……腕どけて」
「うぇーい! え、もしやその、三島さんとは付き合っちゃてる感じですか?」
なんだ、この代わる代わる話しかけてくるクズ共が知りたかったのは、そんなことか!
なんでも、三島さんの美貌は一年生男子の間で知れ渡っているらしく、あの取っつきにくそうな彼女を、どうやって攻略するかが裏で話し合われているようだ。
その三島さんと、俺がクライミングジムにでも行くところを、誰かが見かけたのかな?
「付き合ってないから。ただ、部活というか、同好会というか、……とりあえず知り合い」
「あせったー! じゃあ、付き合ってはないわけっすね? うぇーい!」
と、今度は彼らだけでハイタッチを交わしていた。
「え、でも連絡先は交換しちゃってるとか?」
「それは、まあ……」
「ハハハ、お前元気出せよ!」
そう言うと、名も知らぬサッカー部員が、別のサッカー部員の肩を叩いていた。
三島さんのことを、この小汚く日に焼けたサッカー部員の分際で、本気で狙っているとは!
「三島さんって、どんな性格……」
「三島さんの趣味……」
「三島さんの住所……」
軽い気持ちで話を聞いたが、調子に乗ってきて、そろそろ面倒になってきた。
誰か、救いの手を差し伸べてくれないものかと思っていると、廊下から俺を呼ぶ声が。
「川内、ちょっと……」
声をかけてきたのは、早川だった。
その早川もなかなかモテるようで、教室内の女子がにわかにざわめきだした!
もうね、友達がモテるとか、泣きたくなるよね。
「よかったー、早川ナイスタイミング!」
「なんだ、堀田さんからのメール、見ていないのか?」
「メール?」
「話は後でしよう。とりあえず、三島も呼びに行くぞ」
一体どんな話なのか気になるけど、早川はむっつりと口をつぐんでいるので、話しかけられる様子ではなさそうだ。
結局、二人は言葉を交わさず、三島さんの教室に向かった。
早川とドア越しに教室を覗くと、またしても女子がキャーキャーと(!)騒いでいる。
早川は騒ぎも気にせずドアを開けると、手近にいた女の子に声をかけた。
「すみません、三島さんって……あれ、お前?」
「ん、どうした?」
後ろから覗くと、そこにいたのは、
「あれ、加藤先輩! なんで一年生のクラスに?」
なんだ、この人は? オタク趣味に毒されて、年齢という概念を喪失してしまうタイプか?
「違うから! たた、たぶん姉と勘違いしてます……」
本当だ、なんというプチサプライズ。よく見るとその娘は、髪型はツーサイドアップで、加藤先輩よりも太眉の別人だった。
「じゃあ偽加藤先輩、三島さんってどこにいます? 早川が呼び出したいそうで」
「偽って、……三島さんなら奥の、リ、リア充女子の群れにいるけど」
言われたほうを見ると、早川の登場に騒いでいない……というか、スマホに夢中で何事も目に入っていない、素行の悪そうな女子の群れの中に三島さんはいた。
連中の机には、昼飯代わりのまるでカロリーを発生しないようなゼリー、手鏡や櫛、そしてリア充の大好きな、甘ったるいにおいを放つ紙パックの紅茶が置かれていた!
「Aクラスにも、あんな女子たちがいるんだな。こえー……」
「おい、三島。ちょっとこい」
ビビる俺に対して、いつもと様子の違う早川は何の躊躇もなく、三島さんに声をかけた。
リア充女子たちも少し顔を上げたが、すぐに実った稲穂のように、スマホに頭を垂れた。
「何か用?」
少し面倒くさそうな表情で、三島さんは席から立たずに返答した。
「堀田さんの呼び出しだ。緊急事態」
「緊急事態……?」
三島さんも何が起こったかはわからないが、とりあえずこちらに来てくれた。
そんな三島さんが席を立つとき、「行ってくるね」とつぶやいていたようだけれど、それに返事をしたやつは、いなかった。




