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いつかのクライマー  作者: 大田区トロフィーモフ
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始動 その2

「それでは、新しいクライミング部員たちよ」

「ほほ、堀田先輩、ク、クライミング部は、もう……」

「あ、そうだった。では、なんかクライミングに興味を持って、集まった人たちを祝して!」

「音頭が雑すぎる!」

「乾杯!」

「か、乾杯」

 こうしてグダグダではあったけど、初めて俺らは先輩たちと顔合わせを行ったわけだ。

「じゃあ、自己紹介しまーす! 堀田逢井、独身!」

「合コンじゃないんですよ……」

 早川は、自分が望んだ打ち上げと雰囲気が違うからか、苦々しい顔をしている。

「名前のほかに目標も言おっか。じゃあー、女の子のあなたから。どうぞ!」

 と、堀田先輩は目の前に大量の皿を並べて、肉体づくりに励んでいる三島さんを指名した。

「……三島日女です。目標は、クライミング競技で女子のナンバーワンだけじゃないで、男子にも勝つこと」

 三島さんは恥じらいなどない、自信満々の平常運転で目標を語った。

「ほほう、筋力差も何のその。いい目標だね!」

「私、不可能だって言われることに燃えちゃうんです」

 二人の会話の隙を見て、加藤先輩が小声で話しかけてきた。

「み、三島さんって、もも、もしや中二病?」

「言動はそれっぽいですけど、実際はただの脳筋ですよ」

「ええ! じ、じゃあ、オタクへの教化の可能性はないのかな?」

「こら、そこ! 私語禁止! 堂々とみんなの前で名乗られい!」

「あわわ! うう、か、加藤、すみです。あの、私は……」

「ハハ、いつまでどもっているんですか? 捕獲したのはずいぶん前なのに」

 この早川の心ない茶々に、加藤先輩は紅潮した頬をふくらませて黙ってしまった。

「あー、黙っちゃったじゃない。君が口出しするから」

「今の、僕が悪かったんですか?」

 うむ、これは早川の配慮が足りないな。デリカシーがない。

 オタクとは常に、何者かに追われている存在。それを不安や人見知りと呼ぶのは適さない。

 言うなればそれは、オタクが選ばれし者たちであることの証左。そのプレッシャーが大きい者ほど、挙動不審になってしまうものなのだ。

「つまり、加藤先輩。早川のことは気にしないでいいですよ」

「う、うん。なんか怖いけど……わた、私の目標は……」

「世界一のストーカー?」

「違うから! ささ、さっきからうるさい!」

 さすがに、早川の二回目の茶々には加藤先輩も怒ったみたいだ。

 でも早川は全く反省の色など見せず、

「だって堀田さん。この人いつもウィッグで髪型を変えて、変装しながらあなたのことを追いかけていたんですよ? ただ詰めが甘くって、スクールバッグに黄色のシュシュをつけっぱなしでしたが」

「あ、あれは変装ではなくって……」

 そういえば、わざわざ髪型は変えていたのに、なぜかシュシュはつけっぱなしだったな。

「加藤先輩、その黄色いシュシュってなんですか?」

「こ、これは、その……。あの、トリオ内で決めたそれぞれのイメージカラーで……」

「あー、私たち三年生の女子の中にも、戦隊ヒーローみたいにそれぞれのイメージカラーを決めたグループがいるよ」

 イメージカラー! なるほど、いかにも表面的な仲良し女子グループの思いつきそうな、結束の手段だな。

「で、でももう、私、ほ、堀田先輩のところに戻るって決めたんで、……ぶちっ!」

 そう言うと、加藤先輩はそのシュシュを、束縛を断ち切るように、バッグから引きちぎってしまった。

「わ、私の目標は、も、もう、前みたいに空気な存在にならないこと、何事にも逃げ出さないこと、です。だから、つつ、次の高校クライミング大会で優勝します!」

 つっかえながらも加藤先輩の掲げた勇ましい目標に、みんなは聞き惚れていた。

 が、これはちょっとまずいんじゃないか?

「あの、その大会っていつあるんですか?」

「しし、七月中旬に……」

 三か月後の大会! 三島さんも結果を出さなければならない大会じゃないか。

 しかも、加藤先輩はクライミングの経験者なんだよな……。

 この、いきなりの手ごわいライバル出現にも、三島さんはツンと澄ましていた。

「じゃあ次は、すみちゃんをいじめていた君! さらけ出しなさい!」

 堀田先輩の指名を受けて、早川は淡々としゃべりだした。

「はい、早川秀明です。目標? 海野カップの賞品でも狙って、頑張りますよ」

 これは、さっきのポスターに書いてあった大会のことか。みんな目標を持っているんだな。

 ……さて、これは俺も目標を言わなきゃならない流れだが、やっぱり、何かを始めるに当たって、目標って持つものなのか?

 何にも思い浮かばないんだけど。

 入学当初は時間が経てば、そのうち目標も見つかると思っていたんだけどな……。

 そうだ、三島のおじいさんとの約束が、……いや、でも結局あれは三島さんの努力にかかっているから、俺の目標ではない。

「はい、一年生最後の自己紹介を面白おかしく、張り切ってどうぞー!」

 うぐぐぐ、のんきで、ちゃっかりとハードルを上げてくる堀田先輩が煩わしい!

「えっと、……川内逸果です。クライミングを始めるにあたっての目標は……」

「目標は?」

 四人の視線は、当然ながら俺に向いちゃうよね。

 さて、何かないか?

 俺でもなんとか達成できそうでいて、人が聞いても納得してくれるような素晴らしい目標は、……そうだ!

「あの、俺って中学生のころ、一瞬だけバスケ部だったんですよ。そのときみんなで、県大会出場目指して頑張っていたから、俺もクライミングで県大会出場目指します!」


「………………」


 ……あれ? 何この、俺らのテーブルにだけ訪れた静寂? ちゃんと時間動いてる?

 と、こらえきれずに堀田先輩が、

「……ぶっ! ふふっ……」

「ちょ、なんで噴き出してるんですか!」

 そういえば、前にも堀田先輩、俺のこと笑わなかったか!?

 かわいい顔して意外とSだろ、この人!

「ま、まあ目標は、ひ、人それぞれなので、……これもまた、っぶふ!」

「えええ、加藤さんまで!?」

 なんなんだ、この先輩たちは! 二人して俺の、挑戦的な目標を笑いやがって!

「そう言えば! まだ堀田先輩の目標聞いてませんよ? 笑ってないで言ってください!」

「そうだったね、じゃあ私の目標は……」

 さっきまで俺を笑っていた堀田先輩は、すっと真面目な表情に変わって、

「私の目標は、もっとわがままになること。そして、みんなが楽しくクライミングできるような、自由な空間を作ること。クライミング部が潰れた経緯はもう、すみちゃんから聞いた?」

 堀田先輩は、俺ら一年生がうんとうなずくのを見てから、

「私はさんざん、わがままな人たちに苦しめられてきたの。クライミング部の部員や、学園のお偉いさんに。それで、傷ついてクライミングをしばらく離れると、今度はスポンサー企業から催促や、遠まわしな脅しがあって……」

 なるほど。そんな嫌なことがあって、一年近くクライミングを離れることになったのか。

「だから、思い切って契約を全部解消しちゃったの。それでも吹っ切れなくて、もう大会に出る資金はなくなっちゃたなとか、そんな小さなことばっかり考えちゃった。でも、クライミングからは離れたくなくって。ポスターを貼ってみたら、みんなが集まってきちゃって」

 そう言うと、堀田先輩はいたずらに笑って、俺らも苦笑いの返答をした。

「私も今のみんなみたいに、クライミングを始めたときは何も背負ってなかったなーって、思い出しちゃった。みんなが楽しそうに登ってる姿を見ていたら、クライミングに余計なものなんて、全部捨てちゃっていいんだって。私の大会なんてどうでもいい、みんなのクライミングが楽しいって感覚を、守ってあげなきゃって思ったの」

 話している堀田先輩の表情には、ネットに燦然と輝いていた彼女の過去の栄光を、惜しんでいるような様子は一切見られなかった。

 そして俺らも、そんな堀田先輩が見ていたかった。

 堀田先輩の背中に、学園の期待やスポンサーのロゴなんて似合わない。大好きなクライミングで鍛えられた筋肉だけで、先輩はあんなにも美しかったじゃないか!

「だから部活じゃないし、学園の援助もないけど、自由な今のクライミング環境をみんなにも理解してもらいたいの。自由のためには責任があるけど、……具体的にはお金がかかっちゃうんだけど、それでも構わないかな?」

「……僕は構いませんよ」

「ん」

「もも、もちろん、私も!」

「口うるさい顧問がいないなんて、最高じゃないですか、俺も賛成です! もう一回乾杯しましょうか! えーと、……みんなの目標を祝して!」

「県大会出場も?」

「み、三島さん、それ以上ツッコむのは……」

「ハハ、相変わらず川内は……って、おい! 誰だ、僕のケーキを一瞬で食ったのは!?」

「むふふー、隙あり! じゃあ、乾杯しましょー!」

 こうして俺らは、明日から始まるクライミング生活に期待を込めて乾杯した。

 はずだったんだけど……


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