表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつかのクライマー  作者: 大田区トロフィーモフ
PR
15/48

始動 その1

 俺たちが向かったのは駅前の大手登山用品店ではなく、路地裏にある、玄人感を醸し出している、小さな登山用品店だった。

 店名は《海野スポーツ》。ちなみにマリンスポーツ用品は一切扱っていない。

「堀田さん、なんでこんな小さな店に行くんです? 駅前に有名な登山用品店があるじゃないですか?」

「クライミング用品はあるよ。あるけど……、大きな店だと、登山用品を総合的に扱っているから、品揃えのセンスが微妙なの」

 大型書店に行っても、玄人向けの薄い本があるわけではないようなものか。

 それにしても、専門店ってやつは、どんなジャンルでもなぜか路地裏にあるよね。

 小さな入口から店内を覗くと、いかにも登山用品店らしく、派手な蛍光色の衣類やリュックサック、テントやシュラフなどが所狭しと置かれていた。

 堀田先輩は常連客らしく、通勤にはスケボー使ってますって感じの、むさくるしい男性店員が気安く話しかけてきた。

「あら、やだぁ! 堀田ちゃん、久しぶりぃ。今日はお供が大勢いらっしゃるじゃない?」

 半分だけ女性の店員らしいね。

「へへへ、新人ちゃんたちです。あの、シューズの試し履きしてもいいですか?」

「あらぁー、新人さん? じゃあ先に選んでて頂戴、すぐ用意するから!」

「はーい。では皆の衆、いざシューズ選び!」

「おー! ほら、三島さんも」

「……ヘンタイ、うるさい」

 俺らが案内された店内の一角には、真新しいクライミングシューズたちが、悪臭など一切放たずに(!)陳列されていた。

 これを人は、奇跡って言うんだろうね。

「初心者はすぐ足痛くなっちゃうから、最初はスリッパタイプがいいよ。留め具が何もついていない、こういうシューズ。あと、前にも言ったと思うけど、少しきついサイズを履くってことを忘れずにね」

「えー、靴紐あったほうがカッコイイじゃないですか!」

「靴紐タイプは外岩向きが多いから、ゴムが固いよ? 靴擦れで足の皮が剥けたり、巻き爪になったり……」

「いやー!」

「アンタ、少し静かにしなさいよ……」

 そこへさっきの店員が、小さな脚立とスーパーのサッカー台に置かれているような、半透明のビニール袋を持ってやって来た。

「あーら、楽しそう、私も混ぜて。お嬢ちゃん、試しに履いてみる?」

 話しかけられた三島さんがうなずくと、スツールに座らされて、店員がビニール袋を足に履かせていた。

「何も、お嬢ちゃんのお御足が汚いわけじゃないのよ? シューズがきついから、ビニールを履いて摩擦を減らすの」

 三島さんは、加藤先輩に勧められたシューズを選んでいて、それを店員がわざわざ履かせてあげるようだった。

「足、入れていいわよ。そう、奥まで。あらやだぁー、ピッタリ! みんなぁ、シンデレラここにはっけーん!」

「あの、恥ずかしいです……」

 赤面した三島さんは、その顔色と同じような赤いシューズの履き心地が良かったのか、それを買うことに決めたようだ。

 確か、加藤先輩も同じの履いていたな。どうやら、ポピュラーなエントリーモデルらしい。

 陽気な店員は次に、高価格なシューズを見ている獲物、早川に声をかけた。

「坊ちゃん、サイズわかる? メーカーによって単位が違うからわかりにくいわよね?」

「うわ、こっち来た……」

「お願い、そんな悲しいこと言わないで? お名前は?」

「早川……」

「早川君! 唐突だけど、あなたを食べちゃいたい! あ、その靴を履くのね」

「いえ、大きかったので、もう少し小さいサイズのものを……」

「ちょっと、待って。取ってあげる。緩いとすぐに逃げちゃうものね」

「何の話ですか……?」

「二人きりになったら教えてあげる♪」

……さて、あの店員が脚立に登ってシューズを探している間に、俺も選ばなくては。絡まれると面倒くさそうだしね。

「あ、それ私がボルダー用に使ってるシューズ!」

 俺が、爬虫類の名前がつけられていて面白なあと、何気なく持っていたオレンジ色のシューズのことを、堀田先輩は言っているらしい。

 ほう、堀田先輩が使っているものと、同じシューズだと?

「これにします! いいシューズですか?」

「うん、伸びやすいけど履き心地はいいよ。最初は楽なものがいいし、それにする?」

 そりゃ、そうでしょ! 堀田先輩とお揃いとか最高じゃないか!

 幸い、俺の足のサイズに合う在庫もあったので、シューズはこれに決定。

 次はチョークバッグを選んだんだけど、これに入れるチョークが前にも言った、クライマーの立てる白い煙の正体だったようで、野球でピッチャーがマウンドで使ってる、あの滑り止めのことらしい。

 そのほか、こまごまとした用品を揃えてレジに持って行くと、あら不思議!

 俺の財布から三万円以上ものキャッシュが消えてしまった!

 俺と三島さんが清算を済ませた後、なぜか早川は一人、ぐずぐずと店内をさまよっていた。

「どうしたの? 何かわからないことがあったら、私に訊いていいよ?」

 堀田先輩に話しかけられて、早川は少し戸惑ったようだったが、思い切ったように、

「あの、このポスターに書いてある大会って、俺らが出てもいいんですよね?」

「ああ、《海野カップ》?」

そのポスターによると、海野カップとやらは、この春からクライミングを始めた人を対象にした、海野スポーツ主催の小さな大会らしい。参加費は一万円なり(高くないか?)。

「参加費は高いけど、賞品が魅力的だからねー。狙うのはこの、上位三名の賞品のクライミングセット一式かな?」

「ええ、……もちろん道具を買う金はあります。ありますけど、何か目標があったほうが燃えるタイプなんです」

「でも賞品目当てで、ビギナー以外も参加することで悪名高い大会だよ?」

「いや、それは主催者に対策してもらわないと」

 この大会の開催日を見ると、五月の初旬に行われるようだ。つまり早川は、あのレンタルシューズを、《祟り神》を一か月も履くつもりなのか? アンビリバボーなやつだ……。

 と、三島さんが俺の横でぽつりと、

「なんか道具を揃えるのにも、大会で入賞して手に入れようって考えるところが、目立ちたがり屋の早川君らしいね」

「あれ、三島さんって早川の家のこと知らないの?」

「知らないけど、なんで?」

「いや、……なんでもない」

 そっか、三島さんはまだ知らないのか。何のことかって言うと、まあ後々わかるよ。

「そそ、それじゃあ! う、打ち上げ、いい、行きます?」

 店を出ると、加藤先輩が妙に興奮した面持ちで待っていた。

 この挙動不審な感じからすると、今まで生きてきて、一度も打ち上げに参加したことがないんじゃないかな(俺もないけど)?

「では、僕が案内しますよ。丁度いいファミレスがあって……」

 そうして早川の先導で(たぶんみんな知っている)、前に使ったファミレスへと向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ