第8話 四人でたこ焼きパーティー!
「莉子、今日のたこ焼きパーティー、楽しみだね!」
「うん! すっごく楽しみ!」
土曜日の午後二時。私は親友の高梨美月と、駅前のスーパーで買い物をしていた。
今日は朔也の部屋で、四人そろってたこ焼きパーティーをする予定なのだ。メンバーは私と朔也、美月、それから航平くん。大学に入ってから何度か集まっている、いつもの顔ぶれである。
ただし、前回までとはひとつだけ違うことがある。
……朔也と私が、恋人になったこと。
「ねえ、莉子」
「ん?」
「今日も柊先輩に甘やかされる予定?」
「なっ……!」
私は思わず、手に持っていたキャベツを落としそうになった。
「み、美月! 何言ってるの!?」
「だって、先週のおうちデートの話、聞いたし」
「……うう」
そうだった。
先週の日曜日、私は初めて恋人として朔也の部屋に遊びに行った。豆から挽いたコーヒーでカフェラテを作ってもらって、映画を観て、ソファで寄り添って。それから、帰り際には自分から抱きしめてほしいなんてお願いしてしまったのだ。
『もう一回、ぎゅってしてほしい』
「…………っ!」
思い出しただけで、顔が熱くなる。
「莉子、顔真っ赤」
「美月のせいだよ!」
「あははっ! ごめんごめん」
美月は楽しそうに笑いながら、買い物かごにキャベツを入れた。
「でもさ、柊先輩って本当に意外だよね」
「……何が?」
「あんなにクールなのに、莉子と二人きりだと甘いんでしょ?」
「……うん」
「どのくらい?」
「……すごく」
「具体的には?」
「美月!」
「はいはい。これ以上聞いたら怒られそうだからやめとく」
絶対、また聞くつもりだ。
私は頬を膨らませながら、売り場に並んだタコを見つめた。
「あっ、これ安い!」
「ほんとだ。じゃあ二パック買おっか」
「うん!」
今日は四人分だから、材料も多めに用意しなくちゃ。タコにキャベツ、青ねぎ、天かす、紅しょうが。それから、チーズとウインナーも買うことにした。たこ焼きの生地に必要な材料も確認して、買い物かごに入れていく。
「チーズ入り、おいしいよね!」
「うん。莉子、チーズ好きだもんね」
「大好き!」
「柊先輩にも覚えられてそう」
「……絶対、覚えてると思う」
そう答えた途端、美月がにやりと笑った。
「ごちそうさま」
「まだ何も食べてないよ!?」
◇
午後三時。
朔也のアパートに着くと、玄関の前で航平くんと鉢合わせた。
「おっ! 莉子ちゃん、高梨ちゃん!」
「航平くん、こんにちは!」
「三浦先輩、こんにちは」
航平くんは両手に大きな袋を提げていた。
「何買ってきたんですか?」
「飲み物とお菓子! あと、ロシアンたこ焼き用の秘密兵器!」
「……秘密兵器?」
美月が眉をひそめる。
「嫌な予感しかしないんですけど」
「ふっふっふ。今日は盛り上がるぞ!」
「普通においしく食べたいんですが」
「高梨ちゃん、ノリ悪いなぁ!」
そんな会話をしていると、玄関の扉が開いた。
「……うるさい」
顔を出したのは朔也だった。
黒いTシャツにグレーの部屋着風パンツ。いつもの大学での服装よりも、ずっとラフな格好だ。先週のおうちデートでも思ったけれど、こういう姿を見ると、朔也の家に来たんだなぁと実感する。
「おっ、朔也! 開けてくれたのか!」
「廊下まで聞こえてる」
「俺の美声が?」
「騒音」
「ひどくね!?」
私は思わず笑ってしまった。
「あははっ!」
すると、朔也が私を見た。
「莉子」
「ん?」
「いらっしゃい」
ほんの少しだけ、目元が柔らかくなる。
「……うん! お邪魔します!」
それだけなのに、胸がきゅっとした。
……ああ、もう。
付き合ってから、朔也のちょっとした表情にまで反応しちゃう。
「……なあ、高梨ちゃん」
航平くんが小声で美月に話しかける。
「今の見た?」
「見ました」
「俺への第一声、うるさい、だったよな?」
「そうですね」
「莉子ちゃんには、いらっしゃい、だぞ?」
「彼女ですからね」
「俺だって親友なのに!」
「比較対象がおかしいんですよ」
「今日も辛辣!」
朔也はそんな二人を気にする様子もなく、私から買い物袋を受け取った。
「重かった?」
「ううん。美月と半分ずつ持ったから大丈夫!」
「そっか」
「朔也、たこ焼き器の準備できてる?」
「うん。テーブルに出してある」
「やった!」
私は靴を脱いで、部屋へ上がった。
◇
「おおー! 本格的!」
部屋に入った瞬間、私は思わず声を上げた。
ローテーブルの上には、大きなたこ焼き器が置かれていた。丸い穴がずらりと並んでいて、一度に二十四個も焼けるらしい。周りには小皿や箸、ソース、マヨネーズ、青のりなどがきれいに並べられている。四人で囲んでも十分楽しめそうな大きさだ。
「朔也、これ買ったの?」
「うん。前から欲しかったし」
「へえ! たこ焼き好きだったっけ?」
「普通」
「じゃあ、なんで?」
何気なく聞くと、朔也が少しだけ私を見た。
「莉子、前にやりたいって言ってたから」
「…………え?」
私は瞬きをした。
……私?
そういえば、少し前。大学の学食で、航平くんがたこ焼きの話をしていたとき、私も思わず言ったのだ。
『みんなでたこ焼きパーティーしたいなぁ!』
確かに、そんなことを話した覚えがある。
……まさか。
「そのために買ったの?」
「まあ、また使えるし」
朔也は少しだけ視線を逸らした。
……もう。
本当に、この人は。
「ありがとう、朔也」
「うん」
朔也が小さく笑った。
「おーい!」
航平くんが突然、両手を上げた。
「俺たちもいるんですけどー!」
「知ってる」
「二人の世界に入るの早すぎだろ!」
「三浦先輩、今日はこういう日だと思って諦めましょう」
「いや、まだ始まってねえよ!?」
部屋に笑い声が響いた。
……うん。
今日は、楽しい一日になりそう!
◇
「じゃあ、まずは生地を作りまーす!」
美月が腕まくりをした。
「はーい!」
「俺、混ぜる!」
航平くんが勢いよく手を挙げる。
「三浦先輩、卵割れます?」
「馬鹿にすんなよ! 卵くらい割れるわ!」
「じゃあお願いします」
「任せろ!」
航平くんは得意げに卵を手に取った。そして、ボウルの縁に打ちつける。
ぱきっ。
「……あ」
殻が、見事にボウルの中へ落ちた。
「…………」
全員が黙った。
「……三浦先輩」
美月が静かに呼ぶ。
「……はい」
「殻も具材にするんですか?」
「違います!」
「じゃあ、取ってください」
「はい!」
航平くんが慌てて殻を取り出す。私は笑いをこらえるのに必死だった。
「航平くん、大丈夫ですか?」
「莉子ちゃん! 大丈夫! これはちょっとした事故!」
「次は気をつけてくださいね」
「莉子ちゃんまで心配してくれるなんて……!」
「三浦先輩、早く混ぜてください」
「はいはい!」
そんな二人を横目に、朔也は黙々とタコを切っていた。包丁を持つ手つきが、妙に慣れている。そういえば、一人暮らしを始めてからは、ほとんど自炊しているらしい。
「朔也、料理上手だよね」
「一人暮らしだし」
「でも、私より絶対上手」
「莉子もできるだろ」
「簡単なのならね!」
私は胸を張った。
「卵焼きとか!」
「うん」
「チャーハンとか!」
「うん」
「あと、カップラーメン!」
「最後のは料理じゃねえだろ!」
航平くんのツッコミが飛んできた。
「ええっ! ちゃんとお湯沸かすもん!」
「そこから!?」
美月が吹き出した。
「あははっ! 莉子、それはちょっと苦しい!」
「もう! みんなして!」
私が頬を膨らませると、朔也が小さく笑った。
「今度、一緒に作ろ」
「……え?」
「料理」
「いいの?」
「うん」
朔也は切ったタコを皿に移しながら、さらりと言った。
「莉子となら、楽しそうだし」
「…………っ!」
……っ! また!
また、そんなこと言う!
「……おい、朔也」
航平くんが包丁を片づけている朔也を見た。
「お前、料理中でも彼氏モードなの?」
「何それ」
「こっちが聞きてえよ!」
◇
「よーし! 焼くぞー!」
航平くんの掛け声で、いよいよたこ焼き作りが始まった。
朔也がプレートに油を塗り、美月が生地を流し込む。私はタコを入れる係で、航平くんは天かすとねぎを担当することになった。じゅうじゅうと音を立てる生地から、おいしそうな香りが漂ってくる。
「莉子、チーズも入れる?」
「入れる!」
「じゃあ、こっち多めにしとく」
「ありがとう!」
朔也が私の好きなチーズを、端の六個にたっぷり入れてくれる。
その様子を見ていた航平くんが、すかさず口を開いた。
「朔也くーん? 俺もチーズ好きなんですけどー?」
「自分で入れれば」
「扱いの差!」
「三浦先輩、自立してください」
「高梨ちゃん! 俺だって甘やかされたい!」
「二十歳なんですから頑張ってください」
「俺、今日ずっとこれ!?」
笑いながら具材を入れているうちに、生地の表面が少しずつ固まってきた。
「そろそろひっくり返せるかな?」
「うん。端からやってみよ」
朔也が竹串を二本持って、器用にたこ焼きを回した。
くるん。
丸い生地が、きれいにひっくり返る。
「わぁ! すごい!」
「莉子もやる?」
「やる!」
私も竹串を持って、そっと生地の端に差し込んだ。
「……えいっ!」
くるっ。
「あっ! できた!」
「上手」
「えへへ!」
嬉しくなって、次のたこ焼きにも挑戦する。
ところが。
「……あれ?」
今度はうまく回らない。
「んんっ……!」
力を入れすぎたのか、生地が崩れそうになった。
「莉子」
朔也が隣から手を伸ばしてきた。
「こうすると回しやすい」
私の手元を指さしながら、丁寧に教えてくれる。
「……なるほど!」
言われたとおりにすると、今度は綺麗に回った。
「できた!」
「うん」
朔也の口元が、ほんの少し緩む。
「上手」
「…………」
……なんだろう。
たこ焼きを褒められただけなのに、ものすごく嬉しい。
「……おい」
航平くんが低い声を出した。
「朔也」
「何」
「俺にも教えて」
「見てただろ」
「教えてくれよ!」
「端から回せばいい」
「説明が雑!」
航平くんは勢いよく竹串を差し込んだ。
「よーし! 俺だってできる!」
「三浦先輩、ちょっと待っ――」
美月が止めるより早く。
ぐしゃっ。
「…………」
たこ焼きが、見事に潰れた。しかも、無理にひっくり返そうとしたせいで、周囲の生地まで巻き込んでいる。
「……あ」
航平くんが固まった。美月が静かに目を閉じる。
「三浦先輩」
「……はい」
「これは、たこ焼きですか?」
「……たぶん」
「お好み焼きのなりそこないに見えますけど」
「ひどくね!?」
私はとうとう我慢できなくなった。
「あはははっ!」
朔也まで、肩を震わせて笑っている。
「朔也! お前まで笑うな!」
「……いや、無理」
「お前がそんなに笑うの、珍しいぞ!?」
部屋いっぱいに、笑い声が響いた。
◇
「いただきまーす!」
最初のたこ焼きが焼き上がると、私たちはさっそく食べ始めた。
外側はこんがり、中はとろとろ。ソースとマヨネーズの香りが食欲をそそる。焼きたてだから、少しずつ冷ましながら口に運んだ。
「……んー! おいしい!」
私は思わず頬を押さえた。
「これ、すっごくおいしい!」
「熱くない?」
朔也が隣から尋ねる。
「うん! 大丈夫!」
「そっか」
朔也は私の皿に、チーズ入りのたこ焼きを二つ取り分けてくれた。
「こっち、チーズ」
「ありがとう!」
……本当に、自然だなぁ。
何も言わなくても、私の好きなものを覚えていてくれる。もちろん、付き合う前からそうだった。でも、今はその優しさが少しだけ違って感じられる。
「……おい」
航平くんが、またこちらを見ていた。
「今度は何」
「お前、莉子ちゃんの世話焼きすぎじゃね?」
「そう?」
「そうだよ! 俺の皿には一個も取り分けてくれねえのに!」
「航平、目の前にあるだろ」
「そういう問題じゃねえ!」
「三浦先輩、そろそろ自分で取ることを覚えてください」
「高梨ちゃん! 俺、まだ二十歳だぞ!?」
「もう二十歳です」
「ぐうの音も出ねえ!」
そんなやり取りを聞きながら、私は笑っていた。
……ああ、楽しい。
朔也と二人きりで過ごす時間も大好きだけど、こうしてみんなで騒ぐのも好き。友達と笑って、おいしいものを食べて。その隣には、大好きな彼氏がいる。
……なんだか、すごく贅沢な時間だ。
そう思っていた、そのとき。
テーブルの下で、そっと指先に何かが触れた。
「……え?」
私は思わず、動きを止めた。
隣に座っている朔也の手だった。膝の上に置いていた私の左手に、彼の指がそっと重なる。
……っ!
私は慌てて朔也を見た。朔也は何事もなかったかのように、たこ焼きを食べている。
「……朔也?」
小さな声で呼ぶ。
「ん?」
「……手」
朔也がちらりとこちらを見る。そして、ほんの少しだけ目元を緩めた。
「嫌?」
私は小さく首を振った。
「……嫌じゃない、けど」
「そっか」
朔也の指が、私の指に絡む。
テーブルの下で、こっそり手を繋いでしまった。
……ちょっと待って。
みんな、目の前にいるんだけど!?
「……おい、莉子ちゃん」
「ひゃいっ!?」
航平くんの声に、思わず変な返事をしてしまった。
「……どうした?」
「な、なんでもないです!」
「……そう?」
航平くんが首を傾げる。
その隣で、美月がじっとこちらを見ていた。
……あ。
これは、絶対に気づいてる顔だ。
「莉子」
美月がにっこり笑う。
「たこ焼き、おいしい?」
「う、うん!」
「そっか。よかったねぇ」
「……うん?」
なぜか、ものすごく意味ありげな言い方だった。
そして。
「……あー」
航平くんが、突然ため息をついた。
「なるほどな」
「何が?」
朔也が静かに尋ねる。
航平くんは、私たちを交互に見た。
「お前らさぁ……」
「うん」
「目の前でイチャつくのやめてくんね!?」
「…………っ!」
私は真っ赤になった。
「な、なんでわかったんですか!?」
「莉子ちゃん! 今ので完全に認めた!」
「……あっ!」
しまった!
私は慌てて口元を押さえた。美月がとうとう吹き出す。
「あははっ! 莉子、わかりやすすぎ!」
「み、美月ぃ!」
「いやぁ、柊先輩もなかなかやりますね」
「何が?」
朔也は相変わらず平然としている。
……ずるい。
この人だけ、なんでこんなに落ち着いてるの!?
「朔也」
私は小声で呼んだ。
「ん?」
「もう、ばれちゃったよ」
「うん」
「……恥ずかしい」
すると、朔也が少しだけ笑った。
「ごめん」
そう言いながら、繋いだ手をそっと離してくれる。
……あ。
離れちゃった。
自分で恥ずかしいって言ったのに、ちょっとだけ寂しい。
そんな私の顔を見て、朔也が小さく囁いた。
「……あとで」
「……え?」
「二人になったら」
「…………っ!」
……っ!
もう!
なんなの、この人!
たこ焼きの味が、わからなくなっちゃうじゃない!
◇
「さあ! ここからが本番だ!」
航平くんが突然、立ち上がった。
手には、小さなチューブ。
「……何ですか、それ」
美月が眉をひそめる。
「ふっふっふ。ロシアンたこ焼き用の秘密兵器!」
航平くんが得意げに掲げたのは、わさびだった。
「三浦先輩」
「何だ、高梨ちゃん」
「それ、普通に嫌がらせでは?」
「違う! ゲームだ!」
「じゃあ、三浦先輩が食べてください」
「なんで俺!?」
私は思わず笑ってしまった。
「あははっ! 航平くん、自分で考えたんですよね?」
「そうだけど!」
「じゃあ、責任持って!」
「莉子ちゃんまで!?」
結局、わさび入りたこ焼きは一個だけ作ることになった。
航平くんがこっそりわさびを仕込んだたこ焼きを、残りの三個と一緒に皿へ並べる。どれに入っているかわからないように、私たちが目を閉じている間に皿の向きを変えた。最後は航平くんも目を閉じて、みんなで一個ずつ選ぶ。
「よーし! せーので食べるぞ!」
「はーい!」
私は少し緊張しながら、たこ焼きを口に運んだ。
……もぐもぐ。
「……おいしい!」
普通のたこ焼きだ。
ほっとして隣を見ると、朔也もいつもどおりの顔をしている。美月も平然としていた。
……ということは。
「…………っ!」
航平くんの顔が、みるみる赤くなった。
「……かっ……!」
「三浦先輩?」
「かっらああああい!!」
航平くんが飛び上がった。
「み、水! 水ぅ!」
「はい、どうぞ」
美月が冷静に水を差し出す。
「自業自得ですね」
「高梨ちゃん! もっと心配して!」
「ちゃんと水を渡しましたよ?」
「そうだけど!」
私はお腹を抱えて笑ってしまった。
「あはははっ!」
朔也も珍しく、声を漏らして笑っている。
「航平」
「な、なんだよ!」
「……持ってるな」
「嬉しくねえよ!」
その後も、たこ焼き器を囲んで何度も笑った。
チーズが伸びすぎて航平くんが大騒ぎしたり、美月が誰よりも綺麗なたこ焼きを作ったり、私がウインナー入りを気に入って何個も食べたり。焼いては食べ、食べてはまた焼いているうちに、用意した材料もずいぶん減っていた。
気がつけば、外はすっかり夕方になっていた。
◇
「はぁー! 食った食った!」
航平くんがソファにもたれかかった。
「もうしばらく、たこ焼き見たくねえ!」
「三浦先輩、一番食べてましたもんね」
「高梨ちゃんも結構食べてたろ!」
「私は上品に食べました」
「どこが!?」
私は笑いながら、食器を片づけていた。すると、隣に朔也がやってくる。
「莉子、俺やるよ」
「ううん! みんなで片づけよう!」
「そっか」
「朔也はたこ焼き器お願い!」
「了解」
私たちは手分けして片づけを始めた。
航平くんはゴミをまとめ、美月はテーブルを拭く。朔也は電源を切って冷ましたたこ焼き器のプレートを外し、私は食器を洗った。
……うん。
こういうの、なんだかいいな。
四人で集まって、ご飯を食べて、後片づけまで一緒にして。大学生になってから、こんな時間が増えた。これからも、みんなでいろんなことをして遊びたい。
ずっと続いたらいいな。
そんなことを思いながら、最後の皿を洗い終える。
「……よし!」
私は満足げに頷いた。
「全部終わり!」
「お疲れ」
朔也が隣から、タオルを差し出してくれた。
「ありがとう!」
手を拭いていると、朔也が少しだけ私を見つめる。
「楽しかった?」
「うん! すっごく!」
「そっか」
朔也の目元が、ふっと柔らかくなった。
「またやろ」
「うん!」
私は笑顔で頷いた。
◇
「じゃあ、俺たちそろそろ帰るわ!」
午後六時を過ぎた頃、航平くんが立ち上がった。
「えっ、もう?」
「うん。明日、朝から用事あんだよ」
「私もそろそろ帰ります」
美月も鞄を手に取る。
「莉子は?」
「私は……」
時計を見る。
まだ、もう少し大丈夫そう。
「……ちょっとだけ、残ろうかな」
そう答えると、美月がにやりと笑った。
「ふーん?」
「……な、なに?」
「別に?」
絶対、別にじゃない!
「じゃあ莉子、また月曜日ね」
「う、うん!」
「柊先輩、莉子をよろしくお願いします」
「うん」
朔也が短く頷く。
航平くんは、玄関で靴を履きながらこちらを振り返った。
「朔也!」
「何」
「ほどほどにな!」
「何が?」
「いろいろ!」
「三浦先輩、余計なこと言わない!」
美月が航平くんの背中を押す。
「痛っ! 高梨ちゃん!?」
「はいはい、帰りますよ!」
ばたばたと二人が出ていき、玄関の扉が閉まった。
……急に、静かになった。
さっきまで、あんなに賑やかだったのに。部屋には、私と朔也の二人だけ。ローテーブルの上もすっかり片づいていて、窓の外からは夕方の柔らかな光が差し込んでいる。
……あ。
なんだろう。
急に、緊張してきた。
「莉子」
「ひゃいっ!」
朔也が小さく笑う。
「またそれ?」
「だ、だって!」
「ん?」
「急に静かになったから」
「そっか」
朔也は少しだけ目を細めた。
「こっち、おいで」
「…………っ!」
……おいで。
その一言に、心臓が跳ねた。
朔也はソファに腰を下ろし、隣を軽く叩いた。
「座る?」
「……うん」
私はそっと、朔也の隣に座った。
先週のおうちデートと同じソファ。でも、今日はさっきまで友達がいたせいか、二人きりになったことが余計に意識されてしまう。
「莉子」
「ん?」
「さっき」
「……うん?」
「手、繋ぎたかった?」
「…………っ!」
私は思わず朔也を見た。
「な、なんでわかるの!?」
「離したとき、ちょっと寂しそうだったから」
「…………」
……ばれてた。
全部、ばれてた。
「……うん」
私は小さく頷いた。
「繋ぎたかった」
すると、朔也がゆっくり手を差し出した。
「じゃあ、おいで」
私はその手を取った。
大きくて、温かい手。指が自然に絡み合う。
「こうしてればよかった?」
「……うん」
恥ずかしくて俯くと、朔也が少しだけ笑った。
「莉子」
「……なに?」
「こっち向いて」
私はそっと顔を上げた。朔也の顔が、思っていたより近い。
「……っ!」
心臓が跳ねる。
「今日、楽しかった」
「うん。私も」
「でも」
「……でも?」
朔也は少しだけ視線を逸らした。
「二人になるの、待ってた」
「…………っ!」
……え?
それって、もしかして。
「朔也」
「ん?」
「……私も」
小さく答える。
「朔也と、二人になりたかった」
すると、朔也が一瞬だけ目を見開いた。
そして。
「……莉子ちゃん」
「…………っ!」
また、その呼び方!
普段は莉子と呼ぶのに、私が甘えたり、朔也のほうが照れたりすると、たまにこう呼ばれる。いつもと違う響きに、余計に恥ずかしくなってしまう。
「それ、嬉しい」
朔也が、そっと私を抱き寄せた。
私は抵抗することなく、彼の胸元に頬を寄せる。
……あったかい。
安心する。
朔也の腕の中は、いつだって居心地がいい。さっきまでの緊張も、包み込まれるような温かさの中で、少しずつほどけていった。
「朔也」
「ん?」
「大好き」
小さく呟く。
すると、朔也の腕が少しだけ強くなった。
「俺も」
低い声が、頭の上から降ってくる。
私はそっと顔を上げた。すぐ近くに、朔也の顔がある。
……あ。
キス、したい。
そう思ってしまった自分に、驚いた。
今までは、朔也からしてくれるのを待っていた。
でも、今日は私から。
「朔也」
「ん?」
「あのね」
私は勇気を出して、朔也のシャツの裾をきゅっと掴んだ。
「……キス、してもいい?」
「…………」
朔也が固まった。
……え?
あ、あれ?
もしかして、変なこと言った!?
「ご、ごめん! 今の忘れ――」
「莉子」
朔也が、私の言葉を遮った。
その耳が、少しだけ赤い。
「……それ、反則」
「……え?」
「俺が何年、莉子のこと好きだったと思ってる?」
「…………っ!」
胸が、きゅうっとなった。
朔也はそっと、私の頬に手を添えた。
「……して」
「…………」
私は小さく頷いた。
そして、ゆっくり顔を近づける。
……どきどきする。
目を閉じる。
唇が、そっと触れた。
ほんの一瞬。
でも、胸の奥がいっぱいになるくらい、幸せなキスだった。
ゆっくり顔を離すと、朔也が私を見つめていた。
「莉子」
「……うん」
「もう一回、いい?」
「…………っ!」
私は真っ赤になりながら、小さく頷いた。
「……うん」
今度は朔也から、優しく唇が重なる。
短くて、温かいキス。そして、そっと額を寄せ合った。
「好きだよ」
朔也が小さく呟く。
「……私も」
私は微笑んだ。
……ああ。
本当に、幸せ。
今日一日、みんなでたくさん笑って、おいしいたこ焼きを食べて。そして、最後は大好きな彼氏と二人きり。こんな日が、これからもたくさん続いたらいいな。
「ねえ、朔也」
「ん?」
「また、みんなでパーティーしようね!」
「うん」
「今度はお鍋とか!」
「いいね」
「航平くん、また何かやらかしそうだけど!」
「絶対やる」
二人で顔を見合わせて笑った。
朔也が、私の手をそっと握り直す。
「莉子」
「なぁに?」
「また、二人でも来て」
「…………」
私は笑顔で頷いた。
「うん! もちろん!」
すると朔也は、少しだけ照れたように笑った。
「よかった」
その顔を見て、胸が温かくなる。
……本当に、うちの彼氏は私にだけ甘い。
でも、最近。私も、そんな朔也を甘やかしてあげたいと思うようになってきた。まだ、どうすればいいかわからないけれど、少しずつでいい。
いつか、朔也が私にしてくれるみたいに。
私も、たくさん「好き」を伝えられるようになりたい。
そんなことを考えながら、私はもう一度、朔也の肩にそっと寄りかかった。




