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おっぱいコンプレックスの私を、幼馴染が全肯定してくる  作者: 黒猫と珈琲


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3/20

第3話 可愛いって、そんな簡単に言わないで

「莉子、今日は絶対に可愛い服を買おうね!」

「う、うん!」


 土曜日の午前十一時。私は親友の高梨美月と、駅前のショッピングモールに来ていた。


 今日の目的は、ずばり洋服探し。先日買ったピンクのTシャツに合わせるカーディガンも欲しいし、できれば新しいワンピースも見てみたい。せっかく大学生になったんだから、もう少しおしゃれを楽しみたいと思っている。


 ……問題は、私の体型なんだけど。


「莉子、また胸のこと考えてるでしょ」

「な、なんでわかるの!?」

「顔に書いてある」

「美月って、もしかして超能力者?」

「親友だからね」


 美月は得意げに笑うと、私の手を引いた。


「今日は試着だけでもいいんだから。まずは好きな服を探そ!」

「うん!」


 そうだよね。気に入った服があっても、絶対に買わなきゃいけないわけじゃない。試着して、似合うかどうか確かめるだけでもいいんだ。そう自分に言い聞かせながら、私は美月と一緒にお店へ入った。


     ◇


「……わぁ」


 思わず声が漏れた。


 店内には、可愛い洋服がずらりと並んでいる。淡い色のブラウス、花柄のスカート、ふんわりしたカーディガン。どれも可愛くて、見ているだけで気分が上がってくる。美月と一緒に何着か手に取っているうちに、私は奥のラックに掛けられた一着のワンピースに目を奪われた。


 淡いラベンダー色の、膝下丈のワンピース。小さな花柄が散りばめられていて、袖は少しふんわりしている。ウエストには細いリボンがついていて、全体的に優しい雰囲気だ。


「……可愛い」

「ん? どれ?」

「これ……」


 指さすと、美月がぱっと笑顔になった。


「いいじゃん! 絶対莉子に似合う!」

「ほ、ほんと?」

「ほんと! 色も可愛いし、丈もちょうどよさそう」

「でも……」

「胸?」

「……うん」


 私は小さく頷いた。


 ワンピースって、可愛いんだけど難しい。ウエストが絞られているものは胸元が目立ちやすいし、逆にゆったりしたものだと、胸のところから布が広がって、全体的に大きく見えてしまうこともある。しかも、胸に合わせてサイズを選ぶと、今度は肩が余ってしまう。


 ……本当に、洋服選びって大変。


「とりあえず着てみようよ」

「えっ」

「似合うかどうかは、着てから考えればいいじゃん」

「……そっか」

「そうそう。私も別の服試着するから、一緒に行こ!」


 美月に背中を押され、私はワンピースを手に取った。


     ◇


「……どうしよう」


 試着室の鏡の前で、私は固まっていた。


 着てみたワンピースは、想像以上に可愛かった。ラベンダー色が肌によく馴染んでいるし、ふんわりした袖も、膝下まで広がるスカートも、すごく好みだ。ウエストのリボンを少し緩めると、胸元も思ったほど窮屈じゃない。肩の位置も合っているし、動きにくさも感じなかった。


 ……ただ。


「やっぱり、目立つよね……」


 鏡の中の自分を見つめる。


 いつものゆったりしたブラウスとは違って、身体のラインが少しわかる。胸元が大きく開いているわけでもないし、別に派手な服でもない。それでも、どうしても気になってしまう。


「莉子ー? どう?」


 カーテンの向こうから、美月の声がした。


「う、うん。着られたよ」

「見せて見せて!」

「……笑わない?」

「なんで笑うのよ」

「だ、だって……」

「大丈夫。似合ってなかったら正直に言うから」

「それはそれで怖い!」


 思わず笑ってしまった。私は深呼吸をして、そっとカーテンを開けた。


「……どう、かな?」


 美月が私を見た。


 そして。


「……え、可愛い」

「ほ、ほんと!?」

「めちゃくちゃ可愛いじゃん!」


 美月は目を輝かせた。


「ちょっと待って。これ、すごく似合ってる! 丈もちょうどいいし、色もいい!」

「で、でも、胸が……」

「胸元、苦しくない?」

「ううん。大丈夫」

「じゃあ、着心地は?」

「……すごくいい」

「だったらいいじゃん。莉子はどう思う?」


 そう聞かれて、私はもう一度鏡を見た。


 可愛い。正直に言えば、すごく気に入っている。今までなら、体型が気になった時点で諦めていたかもしれない。だけど、このワンピースを着た自分は、思っていたよりずっと楽しそうに見えた。


 ……私、こんな服が着たかったんだ。


「……私、これ好き」


 小さな声で言うと、美月が嬉しそうに笑った。


「うん。それが一番大事」


 その言葉に、少しだけ勇気が湧いてくる。


 ……買っちゃおうかな。


 そんなふうに思った、そのときだった。


「おっ、高梨ちゃんじゃん!」


 聞き覚えのある、やたら元気な声。振り返ると、お店の入口付近に三浦航平くんが立っていた。


 そして、その隣には。


「……朔也?」


 黒髪の幼馴染、柊朔也の姿があった。


     ◇


「莉子ちゃんもいたのか! 偶然だな!」

「航平くん! こんにちは!」

「おう! 何、二人で買い物?」

「そうです。三浦先輩たちは?」


 美月が尋ねると、航平くんは隣の朔也を親指で指した。


「こいつに付き合って、コーヒー豆買いに来たんだよ」

「コーヒー豆?」

「うん。いつもの店、ここに入ってるから」


 朔也が短く答える。


 そういえば、朔也は昔からコーヒーが好きだ。大学に入って一人暮らしを始めてからは、自分で豆を挽いて淹れているらしい。この前も、豆の種類によって香りが違うんだと話してくれた。私は苦いコーヒーがあまり得意じゃないけれど、ミルクたっぷりのカフェラテなら大好きだ。


「へえ。今日は何買ったの?」

「浅煎りのやつ」

「美味しいの?」

「うん。莉子にも飲みやすいと思う」

「ほんと? 今度飲んでみたい!」

「じゃあ、今度淹れる」

「やったぁ!」


 朔也の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


 ……あ。また、その顔。


 最近、朔也が笑うたびに、なんだか落ち着かなくなる。


「……っていうか」


 航平くんが突然、私を見た。


「莉子ちゃん、その服……」

「……えっ?」


 思わず身体がこわばる。


 あ。そうだった。


 私、今、試着中だった!


「似合うじゃん! めっちゃ可愛い!」

「……あ、ありがとうございます」


 航平くんは明るく褒めてくれた。もちろん、嬉しい。でも、いきなりだったから、どう反応していいかわからない。


 そんな私の隣で、美月がにやりと笑った。


「三浦先輩、珍しくまともなこと言いましたね」

「珍しくって何!?」

「そのままの意味です」

「高梨ちゃん、俺への当たり強くない!?」


 二人がいつものように言い合いを始める。その間、朔也は何も言わなかった。


 ……あれ?


 私はそっと、朔也を見上げた。


「……朔也?」


 返事がない。


 朔也は、私を見ていた。いつも少し眠たそうな黒い瞳が、ほんのわずかに見開かれている。驚いたような、何か言いたそうな。そんな表情を見たのは、初めてかもしれない。


「……朔也?」

「……ん?」

「……変、かな?」


 不安になって尋ねると、朔也がはっとしたように瞬きをした。


「違う」

「ほんと?」

「うん」


 それから、少しだけ視線を逸らして。


「……似合ってる」


 ぽつりと、そう言った。


「……え?」

「そのワンピース」


 朔也は再び私を見る。


「すごく似合ってると思う」

「ほ、ほんと?」

「うん」


 少しだけ、間が空いた。


 それから。


「……可愛いよ、莉子」

「…………っ!」


 かああっ、と顔が熱くなった。


 ……え?


 今、何て言った?


 可愛い?


 朔也が? 私に!?


「……り、莉子?」


 美月が、妙に楽しそうな声を出した。


「顔、真っ赤だよ?」

「ち、違っ……!」

「何が違うの?」

「な、なんでもない!」


 私は慌てて両手で頬を押さえた。


 朔也は相変わらず落ち着いた顔をしている。


 ……ずるい。


 そんな顔で、そんなこと言わないでよ。


 心臓が、全然落ち着かないんだけど!


「……おい、朔也」


 航平くんが、にやにやしながら朔也の肩を叩いた。


「お前、今ちょっと固まってたよな?」

「別に」

「いやいや! 絶対固まってたって!」

「うるさい」

「莉子ちゃんのワンピース姿、そんなに可愛かった?」

「……航平」

「はいはい、黙りまーす!」


 航平くんは両手を上げた。美月は口元を押さえて笑っている。


 ……もう!


 なんでみんな、そんなに楽しそうなの!?


     ◇


 その後、私は試着室に戻って、元の服に着替えた。カーテンを閉めると、ようやく少しだけ落ち着いた。


「……可愛い、かぁ」


 小さく呟いてしまう。


 鏡の中の私は、相変わらず頬が赤かった。別に、可愛いって言われたことがないわけじゃない。美月だって、さっき褒めてくれた。航平くんも、明るく可愛いと言ってくれた。


 なのに、朔也に言われた途端、どうしてこんなに嬉しくなったんだろう。


「……もう」


 私は両手で顔を覆った。


 朔也は幼馴染。小さい頃からずっと一緒にいる、気楽な男の子。……だったはずなのに。最近、その「気楽」が、どこかへ行ってしまった気がする。


 私はワンピースをハンガーに戻すと、もう一度眺めた。淡いラベンダー色に、小さな花柄。ふんわりした袖も、やっぱり可愛い。


 それに、さっき朔也が。


『……可愛いよ、莉子』


「…………」


 思い出しただけで、また顔が熱くなる。


 ……よし。


 私はワンピースをそっと抱きしめた。


「……買おう」


 誰かに褒められたから、というだけじゃない。


 私が、この服を好きだから。


 それに。


 ……朔也に、もう一回見てもらいたい。


 そんなことを思ってしまったのは、ちょっとだけ秘密だ。


     ◇


「お待たせ!」


 会計を終えてお店を出ると、美月たちが近くのベンチで待っていた。


「おっ、買ったの?」


 航平くんが紙袋を見て尋ねる。


「はい! 買っちゃいました!」

「いいじゃん! 似合ってたもんな!」

「ありがとうございます!」

「高梨ちゃんも何か買った?」

「私はカーディガンを一枚。三浦先輩は?」

「俺? 何も買ってねえ!」

「……何しに来たんですか?」

「朔也の付き添いだって言っただろ!?」


 また二人の掛け合いが始まる。


 私は笑いながら、朔也の隣に並んだ。


「……朔也」

「ん?」

「さっきは、ありがとう」

「何が?」

「ワンピース。似合ってるって言ってくれて」

「本当のことだし」

「……っ!」


 ま、また!


 どうしてそんなにさらっと言えるの!?


「……朔也ってさ」

「うん」

「最近、ちょっとおかしくない?」

「……俺が?」

「うん」

「どのへん?」

「……えーっと」


 言えない。


 距離が近いとか。優しすぎるとか。可愛いって言われるとドキドキするとか。


 そんなこと、本人に言えるわけがない。


「……なんでもない!」

「……そ」


 朔也は少しだけ首を傾げた。それから、私の持っている紙袋に目を落とす。


「……今度、それ着て」

「え?」

「そのワンピース」

「……うん?」


 朔也は少しだけ間を置いた。そして、いつもと同じ落ち着いた声で言った。


「一緒に出かけない?」

「…………え?」


 私は思わず足を止めた。


「……ど、どこに?」

「水族館」

「……水族館?」

「うん。前に行きたいって言ってたから」


 ……あ。


 そういえば、先月、テレビで水族館の特集を見たとき、朔也に話したことがあった。新しくできたクラゲの展示がすごく綺麗らしくて、いつか行ってみたいって。


 ……覚えてたんだ。


「……えっと」


 私は思わず、朔也を見上げた。彼はいつものように静かな顔をしている。でも、なんとなく、いつもより少しだけ真剣な気がした。


「……二人で?」


 聞いてから、心臓が跳ねた。


 朔也は一瞬だけ私を見つめて。


「うん」


 短く頷いた。


「二人で」

「…………っ!」


 ……え? えええっ!?


 二人で水族館!?


 それって。それって、もしかして。


「……デ、デート?」


 思わず口から出てしまった。


 言った瞬間、顔から火が出そうになる。


 やだ! 何聞いてるの、私!?


 幼馴染同士で出かけるだけなのに!


 ところが、朔也は笑わなかった。からかいもしなかった。ただ、私をまっすぐ見つめて。


「そういうつもりで誘ってる」


「…………っ!」


 心臓が、どくんと大きく跳ねた。


 ……え?


 今、なんて?


「……嫌?」


 朔也が静かに尋ねる。


 私はぶんぶんと首を振った。


「い、嫌じゃない!」

「……そっか」

「むしろ、その……嬉しい、けど」


 最後の方は、ほとんど消え入りそうな声だった。それでも、朔也には聞こえたらしい。彼の目元が、ふっと柔らかくなる。


「……よかった」


 その表情を見た瞬間、胸がきゅうっとなった。


 ……ああ、もう。


 どうしよう。どうしよう、これ。


「ねえ、航平くん」


 少し離れたところから、美月の声が聞こえた。


「なんだ、高梨ちゃん」

「あの二人、私たちの存在忘れてません?」

「……たぶんな」

「じゃあ、そろそろ退散します?」

「いや、待て。俺、まだ見たい」

「何をですか」

「朔也がどこまで頑張れるか」

「……三浦先輩、性格悪いですね」

「高梨ちゃんも笑ってるだろ!」


 そんな会話が聞こえてきたけれど、今の私には返事をする余裕なんてなかった。


 だって、朔也が。


 あの朔也が。


 私を、デートに誘ったのだ。


     ◇


 その日の夜。


 私は自分の部屋で、買ってきたワンピースをベッドの上に広げていた。


 淡いラベンダー色の生地を、指先でそっと撫でる。やっぱり可愛い。買ってよかった。そう思えることが、なんだか嬉しかった。


 ……でも。


「……デート、かぁ」


 ぽつりと呟く。


 朔也と二人で出かけること自体は、別に初めてじゃない。映画を観に行ったこともあるし、買い物に付き合ってもらったことだってある。


 だけど。


『そういうつもりで誘ってる』


 今日の朔也の言葉を思い出す。


 ……あれって、本当にそういう意味だよね?


 ただの幼馴染としてじゃなくて、男の子と女の子として。


 ……って、待って待って!


 そんなふうに考えたら、ますます緊張するんだけど!


「……もう、朔也のばか」


 私はベッドに倒れ込んだ。枕に顔を埋める。頬が熱いし、心臓もうるさい。


 ……可愛いって、そんな簡単に言わないでよ。


 だって、今まで何とも思っていなかったはずなのに。そんなこと言われたら。


 ……意識しちゃうじゃない。


 そのとき、スマートフォンが震えた。画面には、朔也からのメッセージ。


『来週の土曜、空いてる?』


 私は飛び起きた。


「……っ!」


 来た。


 本当に来た。


 デートのお誘いだ。


 慌ててカレンダーを確認する。


 来週の土曜日。


 ……空いてる!


『空いてるよ!』


 送信すると、すぐに既読がついた。


『じゃあ、水族館行こ』

『うん! 楽しみ!』


 少し間が空いてから。


『俺も』


 たった二文字。なのに、それだけで胸がいっぱいになる。


「……もう」


 私はスマートフォンを胸に抱きしめた。そして、ベッドの上に広げたワンピースを見つめる。


 来週、これを着て。


 朔也と、二人で。


 ……デート。


「…………っ!」


 枕に顔を押しつけて、足をばたばたさせる。


 どうしよう。楽しみすぎる。でも、緊張する。


 それに。


 ……朔也って、私のこと、どう思ってるんだろう。


 ずっと幼馴染だったから、そんなこと考えたこともなかった。でも、今日、あんなふうに見つめられて、可愛いって言われて、デートに誘われて。


 ……もしかして。


 もしかしたら。


 朔也は、私のことを。


「……っ!」


 そこまで考えて、私は慌てて首を振った。


 だめだめ! まだ、決まったわけじゃないんだから!


 でも、胸の奥で小さな期待が膨らんでいく。


 今までずっと、幼馴染だと思っていた男の子。その隣が、当たり前だった。


 だけど、これからは。


 ……少しだけ、違う景色が見えるのかもしれない。


 私はワンピースをそっと畳んで、クローゼットにしまった。


 来週の土曜日。この服を着て、朔也に会いに行く。


 そして。


 ……もう一回、可愛いって言ってくれたら。


 きっと私は、今日よりもっと嬉しくなってしまう。


 そんな予感がしていた。

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