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おっぱいコンプレックスの私を、幼馴染が全肯定してくる  作者: 黒猫と珈琲


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19/20

番外編 好きだなんて、言えるわけがない ―朔也視点

 俺が桃瀬莉子を好きになったのは、いつだったんだろう。


 小学生の頃から、莉子はいつも俺の隣にいた。家が近くて、親同士も仲がよくて、気づけば一緒に遊ぶのが当たり前になっていた。朝は待ち合わせて学校へ行き、放課後は公園で遊ぶ。休日だって、どちらかの家に入り浸っていた。


 あの頃の俺にとって、莉子は一番近くにいる女の子だった。


 それが、いつから特別になったのか。


 今となっては、はっきり思い出せない。


     ◇


「朔也ー! 早く早く!」


 小学校五年生の秋。


 放課後の校庭で、莉子が大きく手を振っていた。


 当時の莉子は、クラスの女子の中でも背が高いほうだった。少しふっくらした頬に、笑うと細くなる目。走ることが大好きで、休み時間になると、いつも真っ先に校庭へ飛び出していた。


「また競走?」

「うん! 今日は絶対、朔也に勝つから!」

「昨日もそう言ってなかった?」

「今日は勝つの!」


 莉子は両手を腰に当て、得意げに胸を張った。


 俺は思わず笑った。


「じゃあ、あの木まで」

「よーい、どん!」


「……って、おい! まだ!」


 最後まで言う前に、莉子が走り出した。


 慌てて追いかける。


 秋の風に、肩より少し短いダークブラウンの髪をふわふわと揺らしながら、莉子は楽しそうに笑っていた。運動靴が土を蹴るたび、小さな砂埃が舞う。少し前まで俺のほうが速かったのに、最近は油断すると本当に負けそうになる。


「朔也、遅いよー!」

「そっちが先に走ったんだろ!」


 結局、莉子が先に木へたどり着いた。


「やったあ! 勝った!」


 両手を上げて喜ぶ莉子を見て、俺は息を整えながら肩をすくめた。


「……ずるい」

「えへへ。でも、勝ちは勝ちだもん!」


 その笑顔があまりに嬉しそうで、文句を言う気もなくなった。


 莉子は昔から、こういうやつだった。


 嬉しいときは全身で喜ぶ。楽しいときは遠慮なく笑う。誰かが落ち込んでいたら、放っておけない。


 そして、俺に対しては少しも遠慮がなかった。


「ねえ、朔也! 帰りにアイス食べよう!」

「また?」

「だって、今日は勝った記念日だもん!」

「毎日何かの記念日じゃん」

「いいの!」


 そう言って、莉子が俺の手を掴んだ。


「早く行こ!」


 引っ張られるまま歩き出す。


 小学生の頃は、それが普通だった。


 莉子が手を繋いできても、何も考えなかった。隣にいるのが当たり前で、笑っているのが当たり前で。


 この先も、ずっとそうなんだと思っていた。


     ◇


 中学生になってから、少しずつ何かが変わり始めた。


 莉子は小学校の高学年頃から背があまり伸びなくなり、いつの間にか俺のほうがずっと高くなっていた。以前は並んで歩けば目線が近かったのに、気づけば莉子を見下ろすことが増えた。


 それだけじゃない。


 莉子は昔より、周りの目を気にするようになった。


「……朔也、私って太ってる?」


 ある日の帰り道。


 突然そう聞かれて、俺は足を止めた。


「……何で?」

「この前ね、親戚の集まりで、いとこに言われたの」


 莉子は足元を見つめた。


「もっと痩せたほうがいいって。そしたら可愛くなるって」


 いつもなら、どうでもいいことまで楽しそうに話す莉子が、その日は珍しく元気がなかった。


 俺は少し考えてから答えた。


「別に、そんなことないだろ」

「……ほんと?」

「うん」

「でも、痩せたほうが可愛いって……」

「俺は今の莉子でいいと思うけど」


 莉子が顔を上げた。


「……そう?」

「うん。それに、莉子って走るの速いじゃん」

「えっ?」

「今日も体育で一番だっただろ」

「……うん!」


 莉子が少しだけ笑った。


 その顔を見て、俺もほっとした。


 誰かに何を言われたのか、詳しくは知らない。でも、莉子が自分のことを嫌いになるのは嫌だった。


 小学生の頃、あんなに楽しそうに走っていたくせに。


 誰よりもよく笑っていたくせに。


 どうして、他人のひと言でそんな顔をしなきゃいけないんだろう。


 そう思った。


 ただ、当時の俺は、莉子がそれからどれだけ悩むことになるのか、まだ知らなかった。


     ◇


 恋だと自覚したのは、中学二年生の頃だったと思う。


 きっかけは、拍子抜けするほど些細なことだった。


「朔也!」


 放課後、教室の前で莉子が俺を呼び止めた。


 振り返ると、少し息を切らしながら立っている。


「どうした?」

「これ、忘れてたでしょ?」


 差し出されたのは、俺のノートだった。


「あ……」

「机の上に置きっぱなしだったよ。明日提出なんでしょ?」

「……助かった」

「えへへ。よかった!」


 莉子は嬉しそうに笑った。


 ただ、それだけだった。


 昔から何度も見てきた笑顔。何度も聞いてきた声。


 なのに、その日は妙に目が離せなかった。


「……朔也?」

「……ん?」

「どうしたの? ぼーっとして」

「いや、別に」


 慌てて目を逸らした。


 心臓が、やけにうるさかった。


 帰り道も、家に帰ってからも、莉子の笑顔が頭から離れなかった。


 翌日、学校で顔を合わせたときも同じだった。


「朔也、おはよう!」

「……おはよ」

「ねえ、今日の小テスト、勉強した?」

「まあ」

「私、昨日ちょっとだけ頑張ったんだよ!」


 隣で楽しそうに話す莉子を、まともに見られない。


 何なんだ、これ。


 そう思った。


 そして、ようやく気づいた。


 ……ああ。


 俺、莉子が好きなんだ。


 気づいてしまえば、もう誤魔化せなかった。


 莉子がほかの男子と話していると、なぜか気になる。廊下で笑っている姿を見つけると、無意識に目で追ってしまう。帰り道に一緒になれる日は、それだけで少し機嫌がよくなる。


 今まで当たり前だったことが、全部特別になった。


 ただ、一つ問題があった。


 本人には、絶対に言えない。


     ◇


「なあ、柊。お前、好きな女子いないの?」


 昼休み。


 男子数人で弁当を食べていたとき、突然そんな話題になった。


「は?」

「だから、好きな女子」

「……別に。誰も」


 考えるより先に、そう答えていた。


「えー? 絶対いるだろ!」

「いないって」

「じゃあ、桃瀬は?」

「……何で莉子?」


 思わず反応してしまった。


 男子がにやりと笑う。


「だって、お前ら幼馴染なんだろ?」

「そうだけど」

「仲いいじゃん。いつも一緒に帰ってるし」

「家が近いだけ」

「ふーん?」


 面白がるような視線が集まる。


 俺は弁当の蓋を閉じた。


「……くだらない」


 それ以上、何も言わなかった。


 本当は、好きだった。


 誰よりも。


 でも、あの頃の俺は、自分の気持ちを誰かに知られるのが怖かった。


 からかわれるのも嫌だったし、何より莉子の耳に入るのが嫌だった。


 もし、莉子に知られたら。


 気まずくなったら。


 今までみたいに笑ってくれなくなったら。


 そう考えるだけで、どうしようもなく不安になった。


 俺は、幼馴染という立場を失いたくなかった。


 だから、好きじゃないふりをした。


 ……今思えば、ずいぶん臆病だったと思う。


     ◇


 高校は、別々になった。


 俺は地元から少し離れた高校へ進学し、莉子は別の学校へ通うことになった。


 中学までは当たり前に会えていたのに、高校生になってからはそうもいかなくなった。


 朝の時間も違う。


 帰る時間も違う。


 友達も、学校での出来事も、知らないことが増えていく。


 それが、思っていた以上に落ち着かなかった。


『朔也! 今日ね、新しい友達できたよ!』


 莉子から届いたメッセージを見て、俺は思わず笑った。


『よかったな』

『うん! すっごくいい子なの! 今度一緒に遊ぶんだ!』


 嬉しそうな文面だった。


 莉子は昔から、人と仲よくなるのが上手だった。明るくて、優しくて、誰に対しても自然に接する。


 だから、きっと新しい学校でもすぐに友達ができるだろうと思っていた。


 その予想は当たった。


 ただ、俺は一つだけ考えていなかった。


 莉子の周りには、俺の知らない男子もいるということを。


     ◇


「朔也、聞いて!」


 高校一年の秋。


 久しぶりに一緒に帰ることになった日、莉子は待ち合わせ場所に着くなり、嬉しそうに話し始めた。


「今日ね、クラスの子にノート貸してあげたの!」

「……うん」

「そしたら、字が綺麗って褒めてくれたんだ!」


 莉子はにこにこしていた。


 俺は何気ないふりをして尋ねた。


「……それって、もしかして男?」

「うん! なんで分かったの?」


 当たった。


 ……当たってほしくなかった。


「すごく喜んでくれたんだよ。今度お礼に何か奢るって!」

「……へえ」

「でも、ノート貸しただけだから、そんなのいいよね?」


 莉子は不思議そうに首を傾げた。


 俺は少しだけ眉を寄せた。


「……その人、よく話すの?」

「うん。隣の席だから!」

「……そっか」


 それ以上、何も聞かなかった。


 莉子が悪いことをしたわけじゃない。


 クラスメイトにノートを貸した。ただ、それだけだ。


 そんなことはわかっていた。


 なのに、胸の奥が妙にもやもやする。


 莉子の字が綺麗なことくらい、俺だって知っている。


 ノートを貸してくれるくらい優しいことも、昔から知っている。


 ……何で、そいつに褒められてそんなに嬉しそうなんだよ。


 口には出さなかった。


 出せるわけがなかった。


「……朔也?」

「ん?」

「なんか、怒ってる?」

「怒ってない」

「ほんと?」

「うん」


 莉子は少しだけ俺を見つめたあと、ふっと笑った。


「よかった! 今日ね、ほかにも話したいこといっぱいあるんだ!」


 そう言って、また楽しそうに話し始める。


 俺は隣を歩きながら、小さく息を吐いた。


 ……まったく。


 こっちの気も知らないで。


 でも、そんな莉子が好きだった。


 だから余計に、困った。


     ◇


「お前さ、ほんっとわかりやすいよな」


 高校二年の昼休み。


 教室の窓際でスマートフォンを見ていた俺に、三浦航平が話しかけてきた。


 航平とは高校に入ってから同じクラスになり、いつの間にか一緒にいることが増えた。誰にでも気さくに話しかける、お調子者。俺とは正反対の性格なのに、不思議と気が合った。


「……何が」

「また莉子ちゃん?」

「……別に」


 俺はスマートフォンを伏せた。


 航平がにやりと笑う。


「今、めっちゃ嬉しそうな顔してたぞ」

「してない」

「してたって。口元、緩んでた」

「……うるさい」


 航平は面白そうに俺の隣へ腰を下ろした。


「なあ。いつ告白すんの?」

「……は?」

「だから、莉子ちゃんに」

「……何の話だよ」

「いやいや、もうバレバレだから」


 俺は黙った。


 航平は少しだけ笑みを弱めた。


「お前、あの子のこと好きなんだろ?」

「…………」


 否定しようと思えば、できた。


 いつもみたいに「別に」と言えばよかった。


 でも、そのときはなぜか、言葉が出なかった。


 航平は俺の反応を見て、楽しそうに笑った。


「やっぱりな!」

「……声でかい」

「おっと、悪い悪い」


 航平は少し声を落とした。


「で? 何年片思いしてんの?」

「……中学から」

「えっ、マジで!?」

「声」

「あ、ごめん」


 航平は口元を押さえた。


 それから、俺をじっと見つめる。


「……長いな」

「……うん」

「で、何で告白しないの?」

「……簡単に言うなよ」


 俺は窓の外に目を向けた。


「幼馴染なんだよ。ずっと」

「うん」

「もし断られたら、今までみたいに会えなくなるかもしれないだろ」


 口にした途端、自分でも情けなくなった。


 でも、それが本音だった。


 莉子と一緒にいられなくなるくらいなら、幼馴染のままでいい。


 ずっとそう思ってきた。


 航平はしばらく黙っていた。


 そして、ぽつりと言った。


「……でもさ」

「ん?」

「うかうかしてると、莉子ちゃん取られてもしらないよ」


 俺は思わず航平を見た。


「……何だよ、それ」

「いや、普通に考えてさ。莉子ちゃん、可愛いじゃん」

「…………」

「明るいし、優しいし。しかも他校なんだろ? お前の知らないところで、誰かに告白されるかもしれないじゃん」


 そんなこと、わかってる。


 わかっているから、ずっと落ち着かないんだ。


 航平は俺の顔を見て、少し笑った。


「……想像しただけで嫌そうな顔してる」

「……うるさい」

「なあ、朔也」

「何」

「好きな子がいるなら、いつかはちゃんと言った方が俺はいいと思うな」


 俺は何も答えられなかった。


 航平は立ち上がり、俺の肩を軽く叩いた。


「まあ、焦らなくてもいいけどさ。ずっと幼馴染のままでいられる保証もないんだぜ?」


 その言葉が、妙に胸に残った。


     ◇


 高校三年の冬。


 莉子と久しぶりに会った日、俺は駅前のカフェで彼女を待っていた。


 ガラス越しに外を眺めていると、見慣れたダークブラウンの髪が目に入った。


「朔也ー!」


 莉子が小走りで近づいてくる。


 白いマフラーに、淡い色のコート。中学生の頃より少し大人びた雰囲気になったけれど、笑うと昔と変わらない。


「ごめんね! 待った?」

「いや、今来た」

「ほんと? よかった!」


 莉子は向かいの席に座ると、メニューを開いた。


「わあ、ホットチョコレートある!」

「好きだよな、それ」

「うん! 冬って感じするもん!」


 嬉しそうに笑う。


 その顔を見ているだけで、胸の奥が温かくなった。


 でも、同時に思う。


 俺が知らない時間の中で、莉子は少しずつ変わっていく。


 髪型も、服の好みも、話す内容も。


 学校での出来事を楽しそうに話す莉子を見ながら、俺は何度も思った。


 ……俺は、いつまで幼馴染でいられるんだろう。


「……ねえ、朔也」

「ん?」

「大学生になっても、また一緒に遊ぼうね!」


 莉子が突然、そんなことを言った。


 俺は思わず顔を上げた。


「……当たり前だろ」

「えへへ。よかった!」


 莉子は安心したように笑った。


「だって、朔也とはずっと仲よくしてたいもん!」


 その言葉が、嬉しかった。


 同時に、少しだけ苦しかった。


 莉子にとって、俺はきっと大切な幼馴染なんだろう。


 でも。


 俺は、もうそれだけじゃ足りなくなっていた。


 隣にいたい。


 手を繋ぎたい。


 誰よりも近くで、その笑顔を見ていたい。


 そして、いつか。


 莉子にとっての特別な男になりたい。


 そんなことを考えている自分に、俺は小さく苦笑した。


「……朔也?」

「ん?」

「どうしたの? 何か考え事?」

「……いや」


 俺は莉子を見た。


「大学生になっても、よろしくな」

「うん! もちろん!」


 莉子が満面の笑みを浮かべる。


 俺も、つられて笑った。


 好きだなんて、言えるわけがない。


 今の関係が壊れるのが、怖いから。


 でも、いつまでも黙っていられるわけじゃないことも、わかっていた。


 莉子が誰かの恋人になるところなんて、見たくない。


 だから。


 いつか、ちゃんと伝えよう。


 幼馴染としてじゃなく、一人の男として。


 俺は、莉子が好きだ。


 ずっと、ずっと前から。


 そして、これから先も。


 その気持ちだけは、きっと変わらない。


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