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おっぱいコンプレックスの私を、幼馴染が全肯定してくる  作者: 黒猫と珈琲


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20/20

番外編 紹介するわけないだろ―朔也視点

 大学生になれば、何かが変わると思っていた。


 高校を卒業して、新しい環境に進んで。少しは大人になって、昔より自分の気持ちを素直に伝えられるようになるんじゃないか。


 そんな期待をしていた時期もあった。


 けれど、大学二年生になった今でも、俺は相変わらずだった。


 桃瀬莉子。


 家が近くて、小さい頃から一緒に育った幼馴染。昔は俺より背が高かった時期もあったのに、今では俺の肩にも届かない。明るくて、優しくて、少し天然で。嬉しいことがあると、いつだって全身で喜ぶ。


 俺が中学生の頃から、ずっと好きな女の子。


 その莉子が、この春、大学生になった。


 ……正直、困っている。


 高校生の頃から可愛かったけれど、最近はますます目が離せない。


 本人は、まったく自覚がないみたいだけど。


     ◇


「朔也ー!」


 四月のある日。


 講義を終えて大学の正門へ向かっていると、聞き慣れた声がした。


 振り返ると、莉子が小走りで近づいてくる。


 淡い水色のブラウスに、白いカーディガン。肩にかかるダークブラウンの髪は、生まれつきの天然パーマで、春風にふわふわと揺れている。俺を見つけた途端、ぱっと笑顔になった。


「お疲れさま!」

「……お疲れ。講義終わった?」

「うん! 今日は早く終わったの!」


 莉子は俺の隣に並ぶと、嬉しそうに笑った。


「ねえ、朔也! 今日、一緒に帰れる?」

「うん。もう終わりだから」

「やったあ!」


 ……本当に、困る。


 一緒に帰れるだけで、そんなに喜ぶなよ。


 こっちまで嬉しくなるだろ。


「今日ね、大学で新しい友達ができたんだ!」

「そっか。よかったな」

「うん! 美月っていう子なんだけど、すっごくおしゃれで、話してて楽しいの!」


 莉子は楽しそうに話し始めた。


 入学して間もない大学で、すでに友達ができたらしい。まあ、莉子ならそうだろうと思った。昔から誰に対しても気さくで、困っている人がいれば自然に声をかける。


 俺とは正反対だ。


「それでね、今度一緒に服を見に行くことになったの!」

「へえ」

「可愛いお店をいっぱい知ってるんだって!」


 莉子が嬉しそうに笑う。


 その笑顔を見ながら、俺はふと思った。


 大学に入れば、莉子の世界はもっと広がる。


 新しい友達もできるし、知らない場所へ出かけることも増えるだろう。


 当然、男と知り合う機会も増える。


 ……考えたくない。


「……朔也?」

「ん?」

「どうしたの? 急に黙っちゃって」

「いや、別に」


 そう答えると、莉子は不思議そうに首を傾げた。


 昔から変わらない仕草だった。


「……今日、寒くない?」

「えっ? 大丈夫だよ!」

「そっか」

「朔也は?」

「平気」


 何でもない会話。


 それでも、こうして隣を歩ける時間が、俺には何より大切だった。


 莉子にとっては、昔から当たり前のことなんだろうけど。


     ◇


「なあ、柊」


 数日後。


 大学のカフェテリアで昼食を取っていると、向かいに座っていた航平が突然、声をかけてきた。


「……何」

「この前、一緒にいた女の子ってさ」

「……誰のこと?」

「ほら、正門のところでお前に手振ってた子」


 嫌な予感がした。


「……莉子?」

「そうそう! 莉子ちゃん!」


 航平がにやりと笑う。


「相変わらず仲いいな、お前ら」

「幼馴染だから」

「はいはい、出た。便利な言葉、幼馴染」


 俺は黙ってコーヒーを飲んだ。


 航平とは高校時代からの付き合いだ。俺が莉子を好きだということも、ずっと前から知られている。ことあるごとにからかってくるけれど、余計なところで口が堅いのは助かっていた。


「で? 大学生になったんだろ、莉子ちゃん」

「……うん」

「どうよ。そろそろ告白する気になった?」

「……何でそうなる」

「何でって、お前、何年片思いしてんだよ」


 俺は返事をしなかった。


 航平は大げさにため息をつく。


「中学からだろ? もう十分待ったじゃん」

「……わかってる」

「本当にわかってる?」

「うるさい」


 航平は楽しそうに笑った。


「でもさ、大学って出会い多いぞ?」

「……知ってる」

「サークルとか、ゼミとか、バイトとか。可愛い子なら、そりゃ声かけられるだろうし」

「…………」

「お、眉間にしわ寄ってる」

「……寄ってない」

「いや、めっちゃ寄ってるって!」


 俺はコーヒーカップを置いた。


 そんなこと、わざわざ言われなくてもわかっている。


 莉子が可愛いことなんて、誰よりも知っているつもりだ。


 本人は自分の外見に自信がない。


 昔から体型のことで悩むことがあったし、中学生になってからは服選びにも慎重になった。周囲の視線を気にして、気に入った服を諦めることもある。


 だけど、俺が好きなのは、莉子の見た目だけじゃない。


 小学生の頃、競走に勝って得意げに笑っていた莉子。


 中学生の頃、忘れ物をした俺にノートを届けてくれた莉子。


 高校生になって、学校が別々になっても、何でもない出来事を嬉しそうに話してくれた莉子。


 全部、好きだった。


 ……まあ、本人に言えたことは一度もないけど。


「……なあ、朔也」


 航平が急に真面目な顔になった。


「お前さ、そろそろ本当に動かないと、後悔するぞ」

「……わかってるって」

「ならいいけど」


 航平はストローをくわえながら、楽しそうに付け加えた。


「まあ、俺は莉子ちゃんがほかの男と付き合い始めても、慰めてやるから」

「……縁起でもないこと言うな」

「うわ、こわ!」


 航平が笑う。


 俺は思わずため息をついた。


 ……まったく。


 人の気も知らないで。


     ◇


 事件が起きたのは、それから数日後だった。


 午後の講義が終わり、俺は航平と一緒にカフェテリアへ向かっていた。


 途中、同じ講義を取っている男子学生が声をかけてきた。


「なあ、柊」

「ん?」

「この前、お前と一緒にいた女の子って誰?」


 足が止まった。


 航平が隣で、ぴくりと反応したのがわかった。


「……どの子?」

「ほら、正門のところで手振ってた、小柄な子。髪が茶色っぽい」


 ……莉子だ。


「幼馴染だけど」

「へえ! やっぱそうなんだ!」


 男子学生は嬉しそうに笑った。


「莉子ちゃん、可愛いよね」


 ……ん?


 今、何て言った?


「俺、めちゃタイプなんだけど」


 その言葉に、胸の奥がざわついた。


 隣で航平が口元を押さえている。


 ……笑うな。


「なあ、今度紹介してよ」


 男子学生が、何でもないことのように言った。


 俺は思わず相手を見た。


「……は?」

「いや、だから。莉子ちゃん紹介してほしいんだけど」

「…………」


 紹介。


 俺が、莉子を。


 ほかの男に。


 ……冗談じゃない。


「……何で俺が」

「だって幼馴染なんだろ? 仲いいなら頼みやすいじゃん」

「…………」

「彼氏とかいるのかな? いなかったら、今度一緒にごはんでも――」


「馴れ馴れしく名前呼ぶな。紹介するわけないだろ」


 気づけば、そう言っていた。


 相手が目を丸くする。


「……えっ?」

「紹介しないって言ってる」

「いや、そんな怒らなくても……」


 俺は小さく息を吐いた。


 ……まずい。


 つい、感情が出た。


「……悪い。でも、本人の気持ちも聞かずに、勝手に紹介するつもりはないから」


 できるだけ落ち着いた声で言い直す。


 相手は少し困ったように笑った。


「そっか。まあ、無理ならいいけど」

「……うん」

「ごめんな、変なこと頼んで」


 男子学生は軽く手を上げ、その場を離れていった。


 俺はしばらく黙っていた。


 すると。


「……っ、ははっ!」


 隣から、笑い声が聞こえてきた。


「……航平」

「いや、ごめん! 無理! 今のは無理!」


 航平が腹を抱えて笑っている。


「お前、顔怖すぎ!」

「……うるさい」

「『馴れ馴れしく名前呼ぶな』って! お前、保護者かよ!」

「……黙れ」

「しかも、即答! 紹介するわけないだろって!」


 ……本当に、うるさい。


 俺は航平を置いて歩き出した。


「ちょ、待てって!」


 航平が慌てて追いかけてくる。


「悪かった! いや、でもさ!」


 俺の隣に並ぶと、にやにや笑いながら言った。


「お前、もう完全に彼氏の反応じゃん」

「……違う」

「違わないって」

「……彼氏じゃないし」


 そう言った途端、自分で少し嫌になった。


 そうだ。


 俺は莉子の彼氏じゃない。


 ただの幼馴染だ。


 どれだけ好きでも、どれだけ一緒に過ごしてきても。


 莉子が誰と付き合うかは、莉子が決めることだ。


 それを、俺が勝手に決める権利なんてない。


 ……そんなこと、わかってる。


 わかっているから、余計に苦しかった。


     ◇


「……なあ、朔也」


 カフェテリアの席に着くと、航平が珍しく真面目な声で言った。


「さっきのやつ、別に悪いやつじゃないぞ」

「……知ってる」

「ただ、可愛い子を紹介してほしかっただけだろうし」

「……うん」


 俺は紙コップのコーヒーを見つめた。


 頭では理解している。


 あいつは何も悪くない。


 好きなタイプの女の子がいて、たまたま知り合いだった俺に紹介を頼んだ。


 それだけの話だ。


 なのに、あんなふうに言ってしまった。


「……悪かったとは思ってる」

「まあ、ちょっと怖かったな」


 航平が笑った。


「でも、俺は少し安心したわ」

「……何が」

「お前、ちゃんと嫉妬するんだなって」

「……は?」


 航平は真剣な顔で頷いた。


「いや、高校のときからずっと見てるけどさ。お前、莉子ちゃんのことになると無駄に我慢するじゃん」

「…………」

「好きなのに、好きって言わない。嫉妬しても、平気なふりする。そりゃしんどいだろ」


 俺は何も答えなかった。


 航平の言うとおりだった。


 莉子が誰かに褒められた話をすると、嬉しそうな顔を見られて幸せな反面、相手が男だと妙に落ち着かなくなる。


 別々の高校に通っていた頃は、知らない男子の名前が出るたびに気になっていた。


 大学生になった今も、同じだ。


 ……いや、むしろ悪化している。


「……俺さ」


 気づけば、口を開いていた。


「莉子が誰と仲よくするかは、莉子が決めることだって思ってる」

「うん」

「だから、勝手に制限したくないし、嫌な思いもさせたくない」


 航平が静かに聞いていた。


「……でも、ほかの男に取られるのは嫌なんだよ」


 言ってから、自分でも驚いた。


 こんなにはっきり口にしたのは、初めてだったかもしれない。


 航平は少し目を丸くしたあと、にやりと笑った。


「……やっと言ったな」

「……何が」

「本音」


 俺は目を逸らした。


「……うるさい」

「で? どうすんの?」

「……どうするって」

「告白するんだろ?」


 俺は黙った。


 航平はため息をついた。


「お前さ、莉子ちゃんがほかの男と付き合い始めてからじゃ遅いぞ」

「……わかってる」

「じゃあ、今度こそ動けよ」


 航平は笑いながら、俺の肩を叩いた。


「高校のときも言ったけどさ。うかうかしてると、本当に取られるぞ」

「……二回も言わなくていい」

「何回でも言ってやるよ!」


 俺は思わず笑ってしまった。


 ……まったく。


 こいつには敵わない。


     ◇


 その日の夕方。


 大学の正門前で莉子を待っていると、少しして見慣れた姿が現れた。


「朔也ー!」


 莉子が俺を見つけて、ぱっと笑顔になった。


 小走りで近づいてくる姿は、小学生の頃とあまり変わらない。


「お待たせ!」

「……うん。講義終わった?」

「終わったよ! 今日は課題も少なかったの!」


 莉子は嬉しそうに笑った。


「ねえ、朔也! 今日、時間ある?」

「……あるけど」

「じゃあ、一緒にごはん食べない?」


 俺は思わず莉子を見た。


「……いいの?」

「えっ? もちろん!」


 莉子が不思議そうに首を傾げる。


「だって、朔也と食べたいんだもん!」


 ……ああ。


 本当に、こいつは。


 何でもない顔で、そういうことを言う。


「……じゃあ、行こうか」

「うん!」


 莉子は嬉しそうに笑い、俺の隣に並んだ。


 夕方のキャンパスを抜け、駅へ向かって歩き出す。


 途中、莉子が楽しそうに話しかけてきた。


「今日ね、講義でちょっと難しいところがあって」

「……うん」

「でも、友達と一緒に考えたら、ちゃんとわかったんだ!」

「よかったな」

「うん! 大学って、思ってたより大変だけど楽しいね!」


 俺は隣を歩く莉子を見た。


 明るくて、優しくて、少し天然で。


 昔から変わらないところもあれば、少しずつ大人になっていくところもある。


 小学生の頃、一緒に走った校庭。


 中学生の頃、好きだと気づいた放課後。


 別々の高校に通いながら、たまに会える日を楽しみにしていた時間。


 全部、今の俺につながっている。


 ……もう、幼馴染という言葉だけに甘えていられない。


「……莉子」

「なぁに?」


 彼女が俺を見上げた。


 その瞳が、まっすぐ俺を見つめている。


 心臓が、少しだけ速くなった。


「……今度さ」

「うん?」

「休みの日、どこか行かない?」

「えっ? お出かけ?」


 莉子が嬉しそうに目を輝かせた。


「うん。二人で」

「いいよ! どこ行く?」

「……莉子の行きたいところでいいよ」

「えー! 朔也も行きたいところ考えてよ!」


 俺は少し笑った。


「……じゃあ、一緒に決めようか」

「うん!」


 莉子が満面の笑みを浮かべる。


 その笑顔を見て、俺は思った。


 もう、逃げたくない。


 好きなまま、何も言えずに終わるのは嫌だ。


 莉子が俺をどう思っているのかは、まだわからない。


 幼馴染としてしか見ていないのかもしれない。


 それでも。


 俺は、一度くらいちゃんと伝えたい。


 ずっと好きだったこと。


 今も、誰よりも大切に思っていること。


 そして、できることなら。


 幼馴染じゃなく、恋人になりたいこと。


「……朔也?」

「ん?」

「なんか、今日ちょっと嬉しそうだね」

「……そう?」

「うん!」


 莉子が笑った。


「私も嬉しい! 朔也とお出かけできるんだもん!」


 俺は思わず目を逸らした。


 ……本当に。


 こんなことを言われて、好きにならないほうが無理だろ。


 俺は小さく息を吐き、もう一度莉子を見た。


「……莉子」

「なぁに?」

「楽しみにしてる」

「えへへ。私も!」


 夕暮れの道を、二人で並んで歩く。


 今はまだ、幼馴染。


 だけど、いつか。


 この関係を、俺の手で少しだけ変えたい。


 莉子の笑顔を、誰よりも近くで見ていたい。


 手を繋ぐことも、抱きしめることも。


 幼馴染だからじゃなく、恋人としてできるようになりたい。


 そんな未来を想像して、俺は思わず笑った。


 ……よし。


 今度こそ、ちゃんと伝えよう。


 俺はずっと、莉子が好きだった。


 そして、今も。


 誰よりも、好きだ。


 ――幼馴染のままで終わるつもりは、もうない。


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