第16話 冬の夜は、みんなでお鍋!
「莉子、白菜って一玉で足りると思う?」
「えっと……四人だから、半分でもいいんじゃないかな?」
「そうよね。ほかにも具材いっぱいあるし」
十二月に入って最初の土曜日。私は美月と一緒に、大学近くのスーパーに来ていた。
今日は待ちに待った鍋パーティーの日だ。場所はもちろん、朔也の部屋。秋の交流イベントで航平くんが言い出した計画が、ついに実現することになった。以前のたこ焼きパーティーも楽しかったけれど、寒い季節にみんなで囲むお鍋も、きっとおいしいはずだ。
今夜のメニューは豆乳鍋。朔也がスープとお肉を用意してくれるので、私たちは野菜と豆腐の買い出し担当だ。カートにはすでに長ねぎやきのこ、春菊などが入っている。
「ねえ、美月。朔也って、豆乳鍋好きだったかな?」
「好きなんじゃない? 莉子が食べたいって言ったら即決だったし」
「えっ、そうだった?」
「自覚ないの? 莉子が『豆乳鍋おいしそう!』って言った瞬間、柊先輩が『じゃあ、それにしよう』って」
私は思わず笑ってしまった。
「そういえば、そんなこと言ってたかも」
「まったく、あの人は莉子に甘すぎるのよ」
美月は呆れたように言いながらも、楽しそうに笑っていた。
買い物を終えてスーパーを出ると、冷たい風が頬を撫でた。街路樹にはイルミネーションが飾られ、商店街からはクリスマスソングが聞こえてくる。ついこの間まで秋だったのに、街はすっかり冬の装いだ。私は買い物袋を持ち直しながら、きらきらと輝く飾りを見上げた。
「もうすぐクリスマスだね」
「ほんと、一年って早いわよね。莉子は柊先輩とデートするんでしょ?」
「うん! まだ何するか決めてないけど」
「ふふっ。楽しみね」
私は笑顔で頷いた。
朔也と恋人になってから、初めて迎えるクリスマス。幼馴染だった頃も一緒に過ごしたことはあるけれど、今年はきっと特別な一日になる。プレゼントは何にしようかな。せっかくだから、朔也が本当に喜んでくれるものを選びたい。
そんなことを考えていたら、今からわくわくしてきた。
◇
「お邪魔しまーす!」
「お邪魔します!」
朔也の部屋に着くと、キッチンからいい匂いが漂ってきた。
玄関には見慣れた靴が一足増えている。どうやら航平くんは、もう到着しているみたいだ。リビングからは、何やら楽しそうな声が聞こえてきた。
「おっ、女子組到着!」
顔を出した航平くんが、両手を広げた。
「ようこそ、冬の鍋パーティーへ!」
「航平、あんたの部屋じゃないでしょ」
「細かいことは気にするな!」
「お前、さっきから何もしてないだろ」
キッチンから朔也の声が飛んできた。
「いやいや! 飲み物とうどん持ってきただろ!」
「それで仕事終わったと思うなよ」
「柊が冷たい!」
私は笑いながら靴を脱いだ。
リビングのローテーブルには、すでに卓上コンロと大きな土鍋が用意されている。コンロの周りには取り皿や箸が並び、朔也が手際よく準備してくれたことがわかった。
「朔也、準備ありがとう!」
「うん。重くなかった?」
「大丈夫! 美月と半分ずつ持ってきたから」
「そっか。じゃあ、野菜切ろうか」
「うん!」
私は買い物袋をキッチンに運んだ。
狭いキッチンに三人で立つのは難しいので、朔也が白菜と長ねぎを切り、私はテーブルでしめじとえのきの石づきを取ることになった。美月は別のまな板を借りて、豆腐を切り分けている。みんなで手分けすると、思っていたより準備が早く進みそうだ。私はほぐしたきのこをざるに移しながら、ふとソファのほうを見た。
その間、航平くんは一人でくつろいでいた。
「……航平くん?」
「ん? どうした、莉子ちゃん」
「航平くんも、何かする?」
「もちろん! 俺に任せて!」
勢いよく立ち上がった航平くんは、キッチンを覗き込んだ。
「柊! 俺は何すればいい?」
「じゃあ、テーブル拭いて」
「おう!」
「そのあと飲み物出して」
「任せろ!」
「あと、ゴミ袋も準備して」
「……俺、雑用係?」
「今まで座ってた分ね」
美月のひと言に、航平くんは肩を落とした。
でも、文句を言いながらもちゃんと働いてくれるところが、航平くんらしい。テーブルを拭き終わると、飲み物を人数分並べ、ゴミ袋まできちんと用意してくれた。
「よし! 完璧!」
「じゃあ、最後にうどんを冷蔵庫に入れといて」
「まだ仕事あんの!?」
航平くんの叫び声に、みんなで笑ってしまった。
◇
「いただきまーす!」
四人の声が重なった。
土鍋の中では、豆乳スープがことことと煮えている。白菜に長ねぎ、きのこ、豆腐、鶏肉。それから、朔也が用意してくれた豚肉も入っていて、とても豪華なお鍋になった。湯気が立ち上るたびに、優しい香りが部屋いっぱいに広がる。
「うわ、めっちゃうまそう!」
「航平、まだ熱いから気をつけなよ」
「わかってるって!」
航平くんが勢いよく白菜を口に運ぶ。
「熱っ!?」
「だから言ったでしょ!」
美月が呆れた顔でお茶を差し出した。
「お前、学習しないな」
「柊まで冷たい! 莉子ちゃん、俺を慰めて!」
「えっ? だ、大丈夫?」
「莉子、甘やかさなくていい」
朔也が落ち着いた声で言いながら、私の取り皿に鶏肉と白菜を入れてくれた。
「はい、莉子。好きなやつ」
「ありがとう!」
「豆腐もいる?」
「うん! でも、朔也もちゃんと食べてね」
「食べてるよ」
そう言いながら、朔也は私の好きなしめじも取り分けてくれる。
私はその手元を見て、ふと思った。
朔也って、いつもこうして私のことを気にかけてくれるなぁ。気づいたら飲み物が用意されていたり、好きなものを取り分けてくれたり。特別なことのように振る舞わず、当たり前みたいにしてくれるけれど、本当は当たり前じゃない。
……そうだ!
私は自分の箸を置き、取り箸を持った。
「朔也、ちょっと待ってて」
「ん?」
鍋の中から、朔也が好きな長ねぎと鶏肉を選んで取り皿に入れる。
「はい! 朔也の分!」
「……俺の?」
「うん。いつも朔也がしてくれるから、今日は私も!」
朔也は少し驚いたように私を見た。それから、ふっと笑う。
「ありがとう」
「えへへ。どういたしまして!」
なんだか、それだけで嬉しくなった。
すると、向かい側から大きな声が飛んできた。
「ちょっと待ったあああ!」
「な、何!?」
「俺にも! 俺にも取り分けサービスをお願いします!」
航平くんが取り皿を差し出した。
「お前、自分の皿に山盛り入ってるだろ」
「違うんだよ、柊! そういう問題じゃないんだ!」
「どういう問題よ」
美月が尋ねると、航平くんは真剣な顔で答えた。
「誰かに優しく取り分けてもらうことに意味があるんだ!」
「じゃあ、はい」
美月が航平くんの取り皿に、白菜を一枚入れた。
「……白菜?」
「優しく取り分けたわよ」
「もうちょっとこう、愛情とか!」
「贅沢言わない!」
私が吹き出すと、朔也も珍しく声を出して笑った。
◇
鍋も半分ほど減った頃、航平くんが突然、箸を置いた。
「……なあ、みんな」
「何よ、急に」
「俺、決めたわ」
航平くんは真剣な顔で三人を見回した。
「今年こそ、クリスマスまでに彼女を作る!」
「あと何日あると思ってるの?」
「まだ三週間くらいある!」
「去年も同じこと言ってなかった?」
「美月! 過去は振り返らない主義なんだよ!」
私は思わず笑ってしまった。
「でも、航平くんって明るいし、優しいし、きっといい人が見つかると思うよ?」
「莉子ちゃん……!」
航平くんが感動したように私を見た。
「やっぱり莉子ちゃんは天使だ!」
「大げさだよ!」
「柊、お前は幸せ者だな!」
「……知ってる」
朔也がさらりと答えた。
一瞬、場が静かになる。
そして。
「うわああ! 出た! 無自覚の惚気!」
「柊先輩、今のは反則ですね」
美月まで笑い出した。私は朔也を見上げる。
「……朔也?」
「ん?」
「今の、ちょっと恥ずかしい……」
「本当のことだから」
また、そんなことを普通の顔で言う。
私は照れくさくなって、温かいお茶を一口飲んだ。
「……あれ?」
いつの間にか、朔也のマグカップが空になっていた。
私はそれを見て、そっと立ち上がる。
「朔也、お茶のおかわりいる?」
「うん。もらおうかな」
「じゃあ、私が淹れてくるね!」
「ありがとう」
電気ケトルでお湯を沸かし、朔也の好きなほうじ茶を用意する。マグカップを二つ持って戻ると、朔也が少し嬉しそうに目を細めた。
「はい、朔也!」
「ありがとう、莉子」
「熱いから気をつけてね」
そう言うと、航平くんがまた騒ぎ始めた。
「待て待て! 何その新婚夫婦みたいなやり取り!」
「新婚って、航平くん!」
「俺、今ものすごく彼女欲しい!」
「さっきからずっと言ってるじゃない」
美月が笑いながら、鍋に残っていたきのこを航平くんの取り皿へ入れた。
「ほら、これ食べて元気出しなさい」
「……美月」
「何?」
「お前、なんだかんだ優しいよな」
「そのきのこ、あんたが最後に入れたやつだけど?」
「感動を返せ!」
部屋中に笑い声が響いた。
◇
鍋の締めは、航平くんが持ってきたうどんだった。
豆乳スープを吸ったうどんは、つるつるしていておいしい。四人で最後まできれいに食べ終えると、全員が満足そうに息を吐いた。身体の芯まで温まって、さっきまで外が寒かったことも忘れてしまいそうだ。
「はあー! 食った食った!」
「航平、三杯も食べてたよね」
「だってうまかったんだよ!」
「朔也、スープの味つけ、本当においしかったよ」
私がそう言うと、朔也は穏やかに笑った。
「莉子たちが野菜切ってくれたからね」
「みんなで作ったから、おいしかったんだね!」
食器を片づけたあとは、航平くんの希望でカードゲームをすることになった。
選んだのは、数字と色を揃えて出していくゲーム。最初は順調だったのに、途中から航平くんが何度も大量のカードを引くことになり、手札がどんどん増えていった。
「なんで俺ばっかり!」
「航平、顔に出すぎなのよ」
「美月、お前絶対わざとだろ!」
「さあ?」
美月が楽しそうにカードを出す。
私は手元のカードを見つめた。あと一枚。でも、その一枚がなかなか出せない。何度も順番が回ってくるのに、肝心の色が合わなかった。
「うーん……」
「莉子、頑張れ」
隣に座る朔也が、小さく声をかけてくれた。
「うん!」
私は山札から一枚引いた。
すると、ちょうど出せる色のカードだった。
「あっ! やった!」
嬉しくて勢いよくカードを置く。
「上がり!」
「えええ!? 莉子ちゃん!?」
「やったあ!」
私は両手を上げた。
すると、朔也が隣で笑った。
「おめでとう、莉子」
「えへへ! 勝っちゃった!」
「強かったね」
「だって、朔也にも勝てたんだもん!」
そう言うと、朔也は少し目を細めた。
「……そんなに喜ばれると、負けた甲斐があるな」
「…………」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、航平くんがテーブルを叩いた。
「おい、柊! ゲーム中に惚気るなあああ!」
「別に惚気てない」
「今のが惚気じゃなかったら何なんだよ!」
美月はお腹を抱えて笑っている。
「もう、柊先輩は莉子限定で甘すぎ!」
私は恥ずかしくなって、カードで顔を隠した。
「朔也……みんなの前でそういうこと言わないでよぉ……」
「……ごめん」
朔也は少しだけ笑いをこらえているようだった。
「でも、嬉しそうだったから」
「もう……!」
そんなやり取りをしているうちに、またみんなで笑ってしまった。
時計を見ると、いつの間にか夜の九時を回っていた。
◇
「今日は楽しかったね!」
帰り道。私は朔也と手を繋ぎながら、駅へ向かって歩いていた。
美月と航平くんは途中で別れ、今は二人きりだ。夜の空気は冷たく、吐く息が白い。街路樹のイルミネーションがきらきらと輝き、冬の街を彩っていた。
「うん。楽しかった」
「航平くん、相変わらず面白かったね」
「……あいつ、今日何回彼女欲しいって言ったんだろ」
「ふふっ。数えきれないね!」
私たちは顔を見合わせて笑った。
しばらく歩いていると、ふと今日の鍋パーティーでのことを思い出した。朔也が私の好きな具材を取り分けてくれたこと。私がお茶を淹れたとき、嬉しそうに笑ってくれたこと。ほんの小さなやり取りだったけれど、なんだか心に残っていた。
私は繋いでいる手を、ぎゅっと握った。
「……ねえ、朔也」
「ん?」
「私、今日ちょっと思ったことがあるんだ」
「何?」
私は朔也を見上げた。
「朔也って、いつも私のこと甘やかしてくれるでしょ?」
「……そうかな」
「そうだよ! すっごく!」
自覚がなさそうな朔也に、思わず笑ってしまう。
「だからね、私ももっと朔也に何かしてあげたいなって思ったの」
「……莉子?」
「いつもごはん作ってもらったり、カフェラテ淹れてもらったり、いろいろしてもらってるから」
私は少しだけ足を止めた。そして、朔也の前に回り込む。
「私だって、朔也を甘やかしたいもん!」
思いきって言うと、朔也が目を丸くした。
「……俺を?」
「うん!」
「……甘やかす?」
「そう!」
朔也はしばらく私を見つめていた。それから、ふっと笑う。
「……じゃあ、今度お願いしようかな」
「えっ、本当!?」
「うん。楽しみにしてる」
その言葉に、私は嬉しくなって大きく頷いた。
「任せて! 朔也がびっくりするくらい甘やかしてあげる!」
「……それは楽しみ」
朔也が私の頭を優しく撫でた。私はその手をそっと掴む。
「もう! 今は朔也が甘やかされる番なんだから!」
「……今から?」
「えっ? あ、えっと……」
突然そう聞かれると、何をすればいいのかわからない。
私は少し考えてから、両手で朔也の手を包み込んだ。
「……じゃあ、手、温めてあげる!」
朔也が一瞬驚いたあと、声を出して笑った。
「……ありがとう」
「えへへ。どういたしまして!」
大きな朔也の手を、私の両手でぎゅっと包む。
「……莉子」
「なぁに?」
「俺、今でも十分甘やかされてると思うけど」
「えっ? どこが?」
「こうしてくれるだけで、嬉しいから」
そう言って、朔也は私の手をそっと握り返した。
……もう。
そういうことを言うから、また好きになっちゃうんだよ。
でも、今日は私の方が先に言ったんだから。
「それじゃあ、もっともっと嬉しくしてあげる!」
「……期待してる」
朔也が楽しそうに笑った。
冷たい風が吹き抜ける中、私たちは再び歩き始めた。
……さて。
びっくりするくらい甘やかすって、自分で言っちゃったけど。
いったい、何をすればいいんだろう?
ごはんを作るのもいいし、朔也の好きなものを用意するのもいいかもしれない。でも、せっかくだから、もっと特別なことをしてあげたい。
私は隣を歩く朔也をちらりと見た。
いつも私を大切にしてくれる、大好きな恋人。
よし。
次は絶対、私が朔也を甘やかすんだから!




