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おっぱいコンプレックスの私を、幼馴染が全肯定してくる  作者: 黒猫と珈琲


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15/20

第15話 突然のお泊まりと、甘い夜

「……えっ、電車が止まってる?」


 スマートフォンの画面を見つめながら、私は思わず声を上げた。


 窓の外では、激しい雨が降っている。さっきから雷も鳴っていて、ときどき稲光で部屋の中まで一瞬明るくなるほどだった。今日は講義が終わったあと、朔也の部屋に遊びに来ていたのだけれど、まさかこんな天気になるなんて思わなかった。天気予報では、夕方から少し雨が降ると言っていたはずなのに、いつの間にか本格的な雷雨になっていた。


「どうした?」


 キッチンにいた朔也が、こちらを振り返った。


「落雷の影響で、電車が運転見合わせだって。再開の見込みもまだわからないみたい」

「……ほんとだ」


 朔也もスマートフォンを確認する。


 私は窓の外を見た。雨粒が勢いよくガラスを叩き、遠くでまた雷が鳴っている。駅まで歩くだけでも、びしょ濡れになりそうだった。


「どうしよう……」

「とりあえず、雨が落ち着くまでここにいればいいよ」

「でも、もう結構遅いし……」

「莉子」


 朔也が私の隣に腰を下ろした。


「無理して帰る必要ないだろ。電車が動かなかったら、泊まっていけばいい」

「……えっ?」


 思わず、朔也の顔を見つめた。


 泊まる。朔也の部屋に。


 今まで何度も遊びに来ているし、二人きりで過ごすことにも慣れてきた。だけど、夜になったらいつも家に帰っていた。それが、今日は帰らないかもしれない。そう考えた途端、急に落ち着かなくなった。


「……お、お泊まり?」

「うん。ベッドは莉子が使って。俺はソファで寝るから」

「でも、朔也に悪いよ」

「俺の部屋なんだから、気にしなくていい」


 いつもと変わらない落ち着いた声だった。


 私は少し考えてから、スマートフォンを手に取った。


「じゃあ……家に連絡してみるね」


 母に電話をかけ、電車が止まっていることと、朔也の部屋にいることを説明した。朔也のことは小さい頃から知っているとはいえ、突然のお泊まりだ。心配されるかもしれないと思ったけれど、母は事情を聞いて了承してくれた。


『この雨じゃ危ないものね。朔也くんなら安心だけど、迷惑かけないようにね』

「うん。明日、帰るときにまた連絡する」

『わかった。おやすみなさい』

「おやすみ!」


 電話を切って、私は朔也を見た。


「……泊まってもいいって」

「そっか」

「うん」


 そこで、急に静かになった。


 雨の音だけが部屋に響いている。私は膝の上で両手をぎゅっと握った。


「……朔也」

「ん?」

「なんか、緊張してきちゃった」


 正直に言うと、朔也は少しだけ笑った。


「……俺も」

「えっ!? 朔也も?」

「そりゃ、するよ」


 そう言って、私の頭をぽんと撫でる。


「でも、いつもどおりでいいから」

「……うん!」


 私は大きく頷いた。


 そうだよね。お泊まりだからって、急に何かが変わるわけじゃない。


 ……たぶん。


     ◇


「莉子、そっちの玉ねぎ切れる?」

「任せて!」


 夕食は、二人でクリームパスタを作ることになった。


 朔也が冷蔵庫からベーコンとしめじを取り出し、私は玉ねぎを切る担当。普段は朔也が料理を作ってくれることが多いけれど、今日はせっかくだから一緒に作ろうということになった。前にたこ焼きパーティーをしたときも、今度は二人で料理をしようと話していたから、ちょうどいい機会かもしれない。キッチンは二人で立つと少し狭いけれど、それもなんだか楽しかった。


「朔也、玉ねぎってこれくらいの薄さ?」

「うん。ちょうどいい」

「やった!」

「……そんなに嬉しい?」

「だって、朔也って料理上手だから!」


 私が笑うと、朔也も小さく笑った。


 フライパンでベーコンと玉ねぎを炒めると、香ばしい匂いが広がってきた。そこにしめじを加え、牛乳とコンソメ、チーズで味を整える。朔也がソースを混ぜている間、私は茹で上がったパスタの湯切りを担当した。


「莉子、熱いから気をつけて」

「うん!」


 少し緊張しながら、鍋の中身をざるにあける。湯気がふわっと立ち上ったけれど、無事に湯切りができた。


「こっちに入れて」

「はーい!」


 朔也の合図でパスタをフライパンに移し、ソースと絡めていく。最後に黒こしょうを振って、お皿に盛りつけた。


 二人で作ったクリームパスタは、思っていた以上においしくできた。


 テーブルに向かい合って座り、いただきますをする。


「んー! おいしい!」

「うん。いい感じ」

「私たち、なかなかいいコンビじゃない?」

「昔からだろ」

「あっ、そうだった!」


 そう言って笑うと、朔也も楽しそうに目を細めた。


 小さい頃は、一緒にお菓子を作ったこともあった。あの頃は、粉をこぼして怒られたり、クッキーを焦がしたりしてばかりだったけれど、今はこうして二人で夕食を作っている。まさかあの頃の私たちが、大学生になって恋人同士になるなんて。


 なんだか不思議だ。


「……ねえ、朔也」

「ん?」

「いつか、もっといろんな料理を一緒に作りたいね」

「いいね。何がいい?」

「グラタンとか、オムライスとか……あっ、ハンバーグも!」

「じゃあ、今度作ろうか」

「うん!」


 そんな話をしながら食べる夕食は、いつもより少しだけ特別な味がした。


     ◇


 食器を片づけ終えた頃には、夜の九時を過ぎていた。


 外の雨は少し弱まったものの、電車はまだ動いていない。朔也が先にお風呂を済ませ、そのあと私も借りることになった。


「タオル、ここに置いておくから」

「ありがとう」

「シャンプーとか、好きなの使っていいよ」

「うん!」


 朔也が用意してくれたタオルを受け取り、私は浴室へ向かった。


 何度も来ている部屋なのに、知らなかったことがまだたくさんある。洗面台に並ぶ日用品や、きれいに畳まれたタオル。浴室に置かれたシャンプーの香り。どれも朔也の日常の一部なんだと思うと、なんだかくすぐったかった。


 お風呂から上がると、洗面台には朔也が用意してくれた部屋着が置いてあった。


 柔らかいグレーの長袖シャツと、ウエストを紐で調節できるスウェットパンツ。着てみると、袖が指先まですっぽり隠れてしまった。ズボンの裾も長かったので、何度か折り返す。


「……大きい」


 思わず笑ってしまう。


 身長が二十九センチも違うんだから、当たり前なんだけど。いつも朔也が着ている服なのに、私が着るとこんなに大きいんだ。


 ただ、胸元は少し窮屈だったので、裾を軽く整える。ゆったりした服でも、肩や胸のサイズが合うとは限らない。少し迷ったけれど、着心地は悪くなかったので、そのまま部屋へ戻ることにした。


「お風呂、ありがとう!」

「うん。寒くなかった?」

「大丈夫!」


 私が両手を広げて見せると、ソファに座っていた朔也が小さく笑った。


「やっぱり、袖長いね」

「うん! 見て、こんなに余ってる!」

「動きにくくない?」

「大丈夫。着心地いいよ」

「それならよかった」


 朔也は立ち上がると、棚からドライヤーを取り出した。


「莉子、髪まだ濡れてる」

「あっ、乾かさなきゃ」

「俺がやろうか?」

「えっ?」


 思わず目を丸くする。


「朔也が?」

「うん。嫌じゃなければ」

「……じゃあ、お願いしちゃおうかな」


 朔也が椅子を引いてくれたので、私は少し照れながら腰を下ろした。


 背後でドライヤーの音が鳴り始める。温かな風が髪に当たり、朔也の指が優しく髪を梳いていく。強く引っ張らないように毛先から丁寧に乾かしてくれるので、思わず目を細めてしまった。


「熱くない?」

「うん。ちょうどいいよ」


 鏡越しに朔也を見ると、真剣な顔で私の髪を乾かしていた。


 その姿がおかしくて、少し笑ってしまう。


「どうした?」

「ううん。朔也って、何でも上手だなって」

「髪乾かしてるだけだよ」

「でも、すっごく気持ちいい!」


 そう言うと、朔也が鏡越しに微笑んだ。


「……なら、よかった」


 ドライヤーの音が止まる頃には、髪がさらさらになっていた。私は振り返って、朔也を見上げる。


「ありがとう!」

「どういたしまして」


 朔也が私の髪を一房だけ指に取り、さらりと離した。


「……きれいになった」

「……っ!」


 不意に言われた言葉に、胸がどきんと鳴る。


 こういうところだ。朔也はいつも、何でもない顔で私をドキドキさせる。


     ◇


 夜の十一時前。


 私たちはソファに並んで座り、テレビを見ていた。


 雨はすっかり弱まり、窓の外からは時折、車の走る音が聞こえてくる。テレビでは旅番組が流れていたけれど、正直なところ、私は内容をほとんど覚えていなかった。だって、今日は朔也の部屋に泊まるんだもん。もう何時間も一緒にいるのに、まだ帰らなくていい。それが嬉しいような、落ち着かないような、不思議な気持ちだった。


「……莉子」


 突然名前を呼ばれて、私は顔を上げた。


「なぁに?」


 朔也はテレビの音量を少し下げ、ソファの上で片腕を広げた。


「……おいで」

「……えっ?」


 いつもより少しだけ低い声に、思わず瞬きをした。


「こっち?」

「うん。ここ」


 朔也が自分の隣を軽く示す。


 私は少し照れながら、彼のそばに移動した。すると、朔也が背中に腕を回し、ふわりと抱き寄せてくれる。


「……っ!」


 肩に、朔也の温もりが触れた。


 近くで感じる彼の体温に、心臓が一気に跳ねる。


「さ、朔也?」

「ん?」

「ち、近い……」

「嫌?」

「……嫌じゃない」


 小さく答えると、朔也が私の髪にそっと頬を寄せた。


「……よかった」


 耳元で聞こえた声に、思わず肩がすくむ。


 私は膝の上に置かれた朔也の手に、そっと自分の手を重ねた。こんなふうに寄り添っていると、彼の温もりがいつもより近くに感じられる。何度も抱きしめてもらっているのに、今夜はなぜだか特別に意識してしまった。


 ……そっか。


 今日は、このままおやすみを言っても、同じ部屋に朔也がいるんだ。


「……ねえ、朔也」

「ん?」

「こうしてると、すごく落ち着くね」

「……うん」


 朔也が私の手を握り返した。


「俺も」


 その言葉が嬉しくて、私はそっと彼に身体を預けた。


 しばらくの間、二人とも何も話さなかった。テレビの音と、時計の針が進む音。それから、ときどき聞こえる朔也の静かな呼吸。ただそれだけなのに、胸の奥が満たされていく。


 私はゆっくりと顔を上げた。


「……朔也」

「ん?」


 思っていたよりも、顔が近かった。


 朔也の黒い瞳が、すぐ目の前にある。いつもなら恥ずかしくなって目を逸らしてしまうけれど、今夜はそのまま見つめていたかった。


 朔也が私の頬にそっと手を添える。


「……キスしていい?」


 心臓が、どきんと鳴った。


 もう何度かキスをしているのに、こんなふうに尋ねられると、やっぱり緊張する。私は小さく頷いた。


「……うん」


 朔也の顔がゆっくり近づいてくる。


 私は目を閉じた。


 唇が、優しく重なった。


 ほんの少し触れて、離れる。それだけなのに、胸がいっぱいになる。


 目を開けると、朔也が私を見つめていた。


「……莉子」

「……なぁに?」

「好きだよ」


 その声があまりにも優しくて、自然と笑みがこぼれた。


「……私も、大好き」


 今度は私から、そっと朔也の頬に触れた。そして、もう一度だけ唇を重ねる。


 朔也が少し驚いたように目を瞬かせた。


「……莉子から来るの、まだ慣れない」

「えへへ。だって、私もキスしたかったんだもん」


 そう言うと、朔也は困ったように笑った。


「……ほんと、可愛いこと言うね」


 私は照れくさくなって、再び彼の肩に顔を寄せた。朔也の腕が、もう一度優しく背中に回る。


 雨が上がった夜。二人きりの部屋で、こんなふうに寄り添っていられることが、どうしようもなく幸せだった。


     ◇


「じゃあ、俺はこっちで寝るから」


 日付が変わる少し前、朔也はソファに毛布を広げた。


 ベッドには、私のためにきれいなシーツが敷かれている。朔也が寝具を整えてくれたおかげで、すぐにでも眠れそうだった。


「本当にソファでいいの?」

「うん。莉子はベッド使って」

「でも、身体痛くならない?」

「大丈夫。一晩くらい平気だよ」


 私は少し考えてから、ベッドに腰を下ろした。


 朔也の部屋で寝るのは、もちろん初めてだ。枕元には小さな読書灯があり、サイドテーブルには私のスマートフォンと充電器が置かれていた。どちらも、朔也が準備してくれたものだった。


「……ありがとう、朔也」

「ん?」

「今日、泊めてくれて。いろいろしてくれて」


 朔也は少し不思議そうな顔をしたあと、静かに笑った。


「そんなに気を遣わなくていいよ。俺も、莉子と一緒にいられて嬉しいし」

「……うん」

「おやすみ、莉子」

「おやすみ、朔也」


 部屋の明かりが消えた。


 暗闇の中、私はそっと布団を引き上げる。いつもと違う天井に、いつもと違うベッド。でも、すぐ近くには朔也がいる。ソファで毛布を整える小さな音が聞こえてきて、それだけで安心した。


「……ねえ、朔也」

「ん?」


 暗い部屋の向こうから、すぐに返事が聞こえた。


「……起きてた?」

「まだ寝てないよ」

「そっか」


 私は小さく笑った。


「……今日、楽しかったね」

「うん」

「パスタもおいしかったし、髪も乾かしてもらっちゃったし……」

「……うん」

「それに、お泊まりまでしちゃった」


 少し間が空いたあと、朔也の笑う声が聞こえた。


「……まだ終わってないけどね」

「あっ、そうだった!」


 思わず笑ってしまう。


 すると、朔也が静かに言った。


「……莉子」

「なぁに?」

「また、泊まりにおいで」


 その言葉に、胸がじんわり温かくなった。


「……うん!」


 今度は、電車が止まっていなくても。


 そんなことを考えながら、私は目を閉じた。


     ◇


 翌朝。


 からから、という小さな音で目が覚めた。


 ……あれ? 何の音だろう。


 ぼんやりした頭で考えて、私はゆっくり目を開けた。カーテンの隙間から、柔らかな朝日が差し込んでいる。そして、キッチンのほうから聞こえる、聞き慣れた音。


 コーヒーミルだ。


「……朔也?」


 そっと身体を起こすと、キッチンに立っている朔也の姿が見えた。黒い髪が朝日に照らされ、いつもより少し柔らかく見える。


 朔也は振り返ると、穏やかに笑った。


「おはよう、莉子」

「……おはよう」

「よく眠れた?」

「うん。すっごく」


 私はベッドから下りて、キッチンへ向かった。


「朔也、もう起きてたんだね」

「うん。さっき起きたところ」

「ソファ、大丈夫だった?」

「平気。ちゃんと寝られたよ」


 朔也はそう言って、挽きたてのコーヒーをドリッパーに移した。


 お湯を注ぐと、ふわりと香ばしい匂いが広がる。私はその隣に立ち、コーヒーが落ちていく様子を眺めた。


「……いい匂い」

「今日は少し甘い香りの豆にした」

「私の好きなやつ?」

「うん」


 朔也がミルクを温め、丁寧にカフェラテを作ってくれる。出来上がったマグカップを受け取ると、手のひらまでじんわり温かくなった。


「はい、莉子」

「ありがとう!」


 私たちは小さなテーブルに向かい合って座った。


 一口飲むと、優しい甘さとコーヒーの香りが口いっぱいに広がる。


「……おいしい!」

「よかった」


 朔也はブラックコーヒーを飲みながら、静かに微笑んだ。


 私はマグカップを両手で包み込み、窓の外を眺めた。昨日の嵐が嘘のように、空は青く澄んでいる。朝日が差し込む部屋には、淹れたてのカフェラテの香りが漂っていた。


 そして、目の前には大好きな朔也がいる。


 いつもなら、朝は自分の家で迎える。でも、今日は違う。


「……ねえ、朔也」

「ん?」

「こういう朝って、いいね」


 私がそう言うと、朔也は少し首を傾げた。


「こういう朝?」

「うん。起きたら朔也がいて、一緒にコーヒー飲んで……なんか、幸せだなって」


 思ったままを口にすると、朔也は一瞬だけ驚いたような顔をした。それから、ふっと笑う。


「……俺も、そう思ってた」

「ほんと?」

「うん。また一緒に朝ごはん食べよう」

「……うん!」


 私は嬉しくなって、マグカップをそっとテーブルに置いた。そして、朔也の隣に移動する。


「……朔也」

「ん?」

「朝のぎゅー、してもいい?」


 朔也は少し驚いたあと、優しく腕を広げてくれた。


「……おいで」


 私はその腕の中に飛び込んだ。


 昨日の夜とは違う、朝の温かな抱擁。朔也の肩に顔を寄せると、コーヒーの香りがした。


「……大好き」


 小さく呟くと、朔也が私の背中を優しく撫でてくれる。


「……俺も」


 その声を聞いて、私は目を閉じた。


 初めてのお泊まりは、突然の雷雨から始まった。ちょっと緊張して、たくさんドキドキして。でも、最後には、何でもない朝を一緒に迎える幸せを知った。


 特別なデートも、もちろん大好き。


 だけど、こんなふうに一緒にごはんを作って、笑って、おやすみを言って、また朝に会えること。そんな何気ない時間も、これから少しずつ増やしていけたらいいな。


 大好きな人と過ごす日常が、また一つ増えた。


 それが、何より嬉しかった。

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