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おっぱいコンプレックスの私を、幼馴染が全肯定してくる  作者: 黒猫と珈琲


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13/20

第13話 突然の告白と、彼氏の本音

「桃瀬さん、ここの説明、お願いしてもいい?」

「う、うん! 大丈夫!」


 大学の講義室で、私は手元の資料をぎゅっと握りしめた。


 今日は、ここ数週間かけて準備してきたグループ課題の発表日。広告が消費者の行動に与える影響について、ほかの学生たちの前で発表することになっている。普段の講義なら、先生の話を聞いてノートを取るだけでいい。でも、人前で話すとなると話は別だ。教室の前に立って大勢の視線を浴びることを考えただけで、心臓がどきどきしてしまう。


 そんな私の隣で、有坂くんはいつもと変わらない穏やかな顔をしていた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。桃瀬さん、昨日もちゃんと説明できてたし」

「で、でも、本番で頭が真っ白になったらどうしよう……」

「そのときは僕がフォローするから。焦らずに、練習どおり話せばいいよ」

「ありがとう、有坂くん」

「どういたしまして」


 有坂くんが優しく微笑む。


 グループ課題が始まった頃は、こんなに話しやすい人だとは思っていなかった。落ち着いていて、頭がよくて、誰に対しても丁寧。私が資料のまとめ方に困っていたときも、嫌な顔一つせずに教えてくれた。おかげで、苦手だった発表にも少しだけ自信がついた気がする。


「次、第三グループ。準備してください」


 先生の声が響いた。


「……よし!」


 私は小さく拳を握り、椅子から立ち上がった。


     ◇


「以上で、私たちの発表を終わります。ありがとうございました!」


 最後の言葉を言い終えた瞬間、講義室に拍手が響いた。


 私はほっと息を吐いた。途中、一度だけ説明する順番を間違えそうになったけれど、有坂くんがさりげなくスライドを示してくれたおかげで、最後まで無事に発表することができた。何より、練習で何度もつまずいた部分を、自分の言葉で説明できたことが嬉しかった。


 席に戻ると、同じグループの学生たちも安心したように笑っていた。


「お疲れ! 結構うまくいったんじゃない?」

「うん! みんな、ありがとう!」

「桃瀬さんの説明、わかりやすかったよ」

「ほ、本当?」

「うん。練習のときよりずっとよかった」


 有坂くんにそう言われて、胸の奥がじんわり温かくなる。


「有坂くんのおかげだよ。何回も練習に付き合ってくれたし」

「僕は少し手伝っただけだよ。頑張ったのは桃瀬さんでしょ」

「そんなことないよ。でも……ありがとう!」


 そう言って笑うと、有坂くんは一瞬だけ何かを言いかけた。けれど、すぐにいつもの穏やかな表情に戻る。


「……うん。お疲れさま」


 私は机の上の資料を片づけながら、ようやく肩の力を抜いた。


 ……ああ、終わったぁ!


 今日は帰ったら、自分へのご褒美においしいケーキでも食べようかな。それとも、朔也にカフェラテを淹れてもらおうかな。


 そんなことを考えていたら、自然と笑顔になってしまった。


     ◇


 講義が終わると、私は美月にメッセージを送った。


『発表、無事に終わったよ!』


 すると、すぐに返事が届いた。


『お疲れ! 頑張ったじゃん!』

『うん! すっごく緊張した!』

『今日は柊先輩にいっぱい褒めてもらいなよ♡』


 最後のハートマークに、思わず頬が緩んでしまう。


 朔也には、朝も「頑張っておいで」と言ってもらったばかりだ。発表が終わったら連絡する約束もしている。早く会って、ちゃんとできたよって報告したかった。


 スマートフォンをしまおうとした、そのときだった。


「桃瀬さん」


 振り返ると、有坂くんが立っていた。


「有坂くん? どうしたの?」

「このあと、少し時間あるかな」

「えっ?」

「話したいことがあるんだ。できれば、二人で」


 いつもと同じ優しい声。でも、その表情はどこか真剣だった。


 私は少し不思議に思いながら頷いた。


「うん。少しなら大丈夫だよ」

「ありがとう。じゃあ、中庭でもいい?」


 有坂くんに案内され、私たちは講義棟を出た。


 外に出ると、秋の風が頬を撫でた。中庭の木々は赤や黄色に色づいていて、足元には落ち葉が散らばっている。昼休みを過ぎた時間だからか、ベンチに座っている学生はまばらだった。


 有坂くんは、大きなイチョウの木の近くで足を止めた。


「……桃瀬さん」

「うん?」


 振り返った彼の顔を見て、私は思わず背筋を伸ばした。


 いつも柔らかく笑っている有坂くんが、今日は少し緊張しているように見えたからだ。


「突然こんなことを言って、困らせるかもしれないけど」

「……うん」

「ちゃんと伝えておきたくて」


 有坂くんは一度だけ深く息を吸った。そして、まっすぐに私を見つめた。


「桃瀬さん。僕、君のことが好きです」

「……えっ?」


 一瞬、何を言われたのかわからなかった。


 ……好き?


 有坂くんが、私を?


 驚いて言葉を失っていると、彼は少し困ったように笑った。


「急にごめんね。びっくりするよね」

「う、うん……」

「最初は、ただ同じグループになっただけだったんだ。でも、一緒に課題を進めているうちに、桃瀬さんと話す時間が楽しみになってた」


 有坂くんは、ゆっくりと言葉を続けた。


「わからないことがあっても一生懸命考えるところとか、誰かが困っていたら自然に声をかけるところとか。そういうところが、いいなって思って」


 私は黙って彼の話を聞いた。


 有坂くんの気持ちは、驚くほどまっすぐだった。冗談でも、その場の勢いでもない。言葉を選びながら、一生懸命に伝えてくれているのがわかった。


「柊先輩と付き合ってることは知ってる。だから、こんなことを言うのは迷惑かもしれない。でも、何も言わずに終わらせるより、自分の気持ちにちゃんと向き合いたかったんだ」

「……有坂くん」

「返事は、今すぐじゃなくても――」

「ありがとう」


 私は静かに口を開いた。


 彼が勇気を出して伝えてくれたのだから、私も曖昧な返事はしたくなかった。期待を持たせるようなことを言うのも、きっと違うと思う。


「そんなふうに思ってくれて、すごく嬉しい。課題もいっぱい助けてもらったし、有坂くんと一緒のグループでよかったって、本当に思ってる」

「……うん」

「でも、ごめんなさい」


 有坂くんが、静かに私を見つめた。


「私には、大好きな人がいるの」


 その名前を口にするだけで、心が温かくなる人。


 小さい頃からずっと一緒にいて、いつも私のことを大切にしてくれた人。幼馴染だった頃には気づけなかった想いを、今はちゃんと自分の言葉で伝えたいと思える人。


 そして、私が心から大好きな、たった一人の恋人。


「私が好きなのは、朔也だから」


 迷いはなかった。


 有坂くんはしばらく黙っていたけれど、やがて小さく息を吐いた。


「……そっか」

「うん」

「やっぱり、そうだよね」


 彼は少しだけ笑った。


「桃瀬さん、柊先輩の話をするとき、すごく嬉しそうだから」

「えっ、そうなの?」

「うん。自分では気づいてない?」

「……全然」


 私が驚くと、有坂くんはくすっと笑った。


「この前も、課題の休憩中にコーヒーの話になったでしょ。柊先輩が淹れてくれるカフェラテの話、すごく楽しそうにしてた」

「あっ……!」


 思い当たる節がありすぎて、顔が熱くなる。


 確かに、朔也がコーヒー豆を挽くのが好きだとか、私にはいつもカフェラテを作ってくれるとか、そんな話をした気がする。自分では何気ない世間話のつもりだったのに、そんなに嬉しそうな顔をしていたんだろうか。


「……私、そんなに朔也の話ばっかりしてた?」

「ううん。話の回数じゃなくて、表情でわかったんだ」


 有坂くんは穏やかに笑った。


「だから、難しいってわかってた。でも、やっぱり好きになっちゃったんだよね」


 その笑顔を見て、胸が少しだけ痛くなった。


 誰かに好きだと言ってもらえるのは、嬉しいことだ。でも、私はその気持ちに応えられない。優しい人だからこそ、傷つけてしまったことが申し訳なかった。


 有坂くんは、そんな私の気持ちを察したように首を横に振った。


「そんな顔しないで。桃瀬さんは何も悪くないよ」

「……うん」

「ちゃんと返事をしてくれて、ありがとう」


 秋風が吹き、イチョウの葉が一枚、二人の間に落ちた。


 有坂くんはそれをちらりと見てから、少しだけ視線を伏せた。


「……ただ、少しだけ時間をもらってもいいかな」

「時間?」

「うん。気持ちを整理する時間。すぐに何もなかったみたいに振る舞うのは、ちょっと難しそうだから」


 その言葉に、私は静かに頷いた。


「うん。もちろん」

「ありがとう。しばらくは少し距離を置くかもしれないけど、気にしないでね」

「……わかった」

「でも、大学で会ったら普通に挨拶してくれると嬉しいな」

「うん! それはもちろん!」


 私が答えると、有坂くんはようやくいつもの笑顔を見せてくれた。


「よかった。じゃあ、また講義で」

「うん。またね、有坂くん」


 私たちはそこで別れた。


 振り返ると、有坂くんは一人でゆっくりと中庭を歩いていた。その背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。


 恋愛って、嬉しいことばかりじゃないんだ。


 誰かを好きになる気持ちは、自分でもどうしようもない。でも、だからこそ、相手の気持ちを大切にしたい。有坂くんが勇気を出してくれたことも、私の返事を尊重してくれたことも、忘れないでいたいと思った。


     ◇


 夕方。


 私は大学近くの駅前で、朔也と待ち合わせをしていた。


 発表が無事に終わったことを連絡すると、朔也は『お疲れ。帰り、一緒に帰ろう』と返してくれた。改札の近くで待っていると、人混みの向こうに見慣れた黒髪が見えた。


「莉子」

「朔也!」


 私が手を振ると、朔也はいつもの落ち着いた表情で近づいてきた。


「発表、どうだった?」

「うん! 緊張したけど、ちゃんとできたよ!」

「そっか。頑張ったね」

「えへへ。ありがとう!」


 朔也がそっと私の頭を撫でてくれる。その手の温かさに、自然と頬が緩んだ。


「お腹空いてない? 何か食べて帰る?」

「うーん……その前に、朔也に話したいことがあるの」

「話?」


 朔也が私を見た。


 私は少し迷ってから、彼の手を握った。


「……うん。ちょっとだけ、二人で話せるところに行かない?」


 朔也は一瞬だけ不思議そうな顔をしたけれど、すぐに頷いてくれた。


「いいよ」


 駅から少し歩いたところに、小さな公園がある。夕方の公園には、犬の散歩をしている人や、ベンチで休んでいる人がちらほらいた。私たちは奥のほうにある、静かなベンチに腰を下ろした。


 隣に座る朔也を見上げる。


 どう話そう。隠すようなことじゃないし、もちろん隠したいとも思っていない。ただ、朔也がどんな顔をするのか、少しだけ気になった。


「……朔也」

「ん?」

「今日ね、発表が終わったあと、有坂くんと話したの」

「……うん」


 朔也の表情は変わらなかった。でも、私の話を聞くために、少しだけ身体をこちらに向けてくれた。


「それでね……有坂くんに、好きだって言われたの」

「…………」


 朔也が黙った。


 私は慌てて言葉を続けた。


「あっ、でもね! ちゃんと断ったよ! 私には大好きな人がいるって、ちゃんと伝えたから!」

「……そっか」

「うん。それに、有坂くんもわかってくれたよ。少し時間は欲しいって言ってたけど、私の返事を尊重してくれたの」


 朔也は静かに頷いた。そして、ゆっくりと息を吐いた。


「……正直に話してくれて、ありがとう」

「ううん。朔也にはちゃんと話しておきたかったから」

「うん」


 そこまで言って、朔也は少しだけ視線を落とした。


 いつもなら、私が隣に座ると自然に手を繋いでくれる。でも、今はその手が膝の上に置かれたままだった。


 ……あれ? もしかして。


「……朔也?」

「ん?」

「……怒ってる?」


 私がそっと尋ねると、朔也はすぐに首を横に振った。


「怒ってない」

「ほんと?」

「うん。莉子が悪いことしたわけじゃないだろ」


 いつもどおりの、静かで優しい声。それなのに、どこかいつもと違う。


 朔也はしばらく黙っていたけれど、やがて小さく呟いた。


「……わかってたつもりなんだけどな」

「え?」

「莉子のこと、好きになるやつが俺以外にもいるってこと」


 私は目を瞬かせた。


 朔也は私を見つめ、少し困ったように笑う。


「……実際に聞くと、思ってたより余裕ないみたい」


 その言葉に、私の胸がどきんと鳴った。


 朔也が、余裕ない?


 いつも落ち着いていて、何でもさらりと受け止めてくれる朔也が?


「……朔也」


 そっと名前を呼ぶ。


 すると、朔也は私の手に視線を落とし、ゆっくりと指を絡めてきた。


「莉子の気持ちは、ちゃんと信じてる」

「……うん」

「だから、莉子がどうこうする必要はない。ただ……」


 そこで一度、言葉が途切れた。


 朔也は少しだけ照れくさそうに目を伏せる。


「……ちょっと、妬いてるだけ」

「……えっ」


 思わず、間の抜けた声が出てしまった。


 朔也が、嫉妬してる。


 私に?


 この前も、有坂くんと課題をしているところを見て、少し妬いていた。あのときは意外だと思ったけれど、今日はもっと素直に気持ちを話してくれている。


 そんなことを考えている間にも、朔也は繋いだ手を離さずにいた。


「……ごめん。変なこと言った」

「う、ううん!」


 私は慌てて首を振った。


 だって、嬉しくないわけじゃない。もちろん、朔也に嫌な気持ちをさせたいわけじゃないけれど、いつも私を大切にしてくれる彼が、こんなふうに素直な気持ちを見せてくれたことが、なんだか嬉しかった。


「……朔也」

「ん?」

「私ね……」


 言いかけたところで、公園の時計が夕方の時刻を告げる音を鳴らした。


 空はいつの間にか茜色から薄紫色へと変わり、街灯が一つ、また一つと灯り始めていた。朔也は私の手を握ったまま、静かにこちらを見ている。その瞳には、いつもの優しさと、ほんの少しだけ切なそうな色が混じっていた。


 私は繋いだ手を見つめた。


 今まで、朔也には何度も安心させてもらってきた。大丈夫だよって。好きだよって。私が不安になるたびに、何度も気持ちを伝えてくれた。


 だから今度は、私の番だ。


 私はそっと息を吸い、朔也のほうへ身体を向けた。


 大好きな人に、ちゃんと気持ちを伝えるために。

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