第12話 四人で過ごす、秋の休日
「莉子ー! こっちこっち!」
大学の正門をくぐった途端、聞き慣れた声が飛んできた。顔を上げると、美月が大きく手を振っている。その隣には航平くん。そして、少し離れたところに朔也が立っていた。
今日は大学の秋の交流イベント。普段は講義で使っているキャンパスに、たくさんの模擬店やゲームコーナーが並び、朝から大勢の学生で賑わっている。中央ステージからは軽快な音楽が聞こえ、どこからか焼きそばのいい匂いまで漂ってきた。
私は三人に向かって駆け寄った。
「おはよう! みんな早いね」
「莉子が最後だよ。まあ、集合時間ぴったりだけど」
「俺なんか楽しみすぎて三十分前に来たからな!」
「航平、それは単に暇だっただけでしょ」
「違う! 今日は運命の出会いがあるかもしれないだろ!」
「はいはい。頑張ってね」
美月の適当な返事に、航平くんが大げさに肩を落とす。そのやり取りがおかしくて笑っていると、朔也が私の隣に来た。
「おはよう、莉子」
「おはよう、朔也」
「ちゃんと寝られた?」
「うん! 楽しみでちょっと早く起きちゃったけど」
「子供みたい」
「もう、朔也だって楽しみにしてたでしょ?」
「……まあね」
そう言って、朔也が私の手を取った。指と指が自然に絡まり、温かな手のひらが重なる。恋人になってから、こうして手を繋ぐことにも少しずつ慣れてきた。以前なら人前で手を繋ぐだけで緊張していたのに、今では自分から握り返せるようになっている。それでも、こうして隣にいてくれることが嬉しい。
すると、隣からわざとらしいため息が聞こえた。
「はいはい、朝から仲良しですねー」
「航平、うるさい」
「俺にもおはようの握手くらいしてくれよ」
「嫌だ」
「即答!?」
美月が吹き出し、私もつられて笑ってしまった。
こうして四人で過ごす休日は、なんだか特別なものになりそうだった。
◇
「まずは食べ歩きでしょ!」
美月のひと言で、私たちは模擬店が並ぶ広場へ向かった。
焼きそばにフランクフルト、クレープ、揚げたてのポテト。どのお店も学生たちが工夫を凝らしていて、見ているだけで楽しい。手書きの看板や色とりどりの飾りつけも、お祭りらしい雰囲気を盛り上げていた。
航平くんは早速、大きな焼きそばを買っていた。
「うまっ! こういうイベントの焼きそばって、なんでこんなにうまいんだろうな」
「雰囲気じゃない?」
「それだ! 美月、お前たまにはいいこと言うな」
「たまには余計よ」
私はクレープのお店の前で足を止めた。
看板には、いちごチョコ、生クリームバナナ、キャラメルナッツと、魅力的な名前がずらりと並んでいる。甘い香りに誘われて、ついつい目移りしてしまった。
「わあ、どれにしよう……」
「莉子、いちご好きだろ」
「うん。でもバナナも捨てがたいんだよね」
「じゃあ、両方頼んで半分ずつ食べる?」
「えっ、いいの?」
「俺も食べたいし」
結局、いちごチョコとチョコバナナを一つずつ買い、朔也と交換しながら食べることになった。
「んー! おいしい!」
「よかったね」
「朔也も食べてみて。こっち、いちごが甘いよ」
「うん」
私が差し出したクレープに、朔也がそのまま口をつける。
……あれ?
今、普通に食べさせちゃった?
自分から差し出したくせに、急に恥ずかしくなってしまった。朔也は何事もなかったように頷いている。
「おいしい」
「そ、そうだね!」
そんな私をよそに、航平くんが口を開いた。
「なあ、美月。俺たちもクレープ半分こしない?」
「自分で買いなさい」
「冷たっ! もうちょっと優しさをくれよ!」
「じゃあ、一口ちょうだいって言えば?」
「おっ、いいのか?」
「私のじゃなくて、朔也の」
「柊ー! 俺にもクレープ!」
「もう食べた」
朔也が最後の一口を食べ終えると、航平くんがその場に崩れ落ちた。
「こいつ、親友に対する愛情が足りない……」
「航平くん、私の少し残ってるよ?」
「莉子ちゃん、天使!」
「莉子、あげなくていい」
「お前、独占欲をクレープにまで発揮するなよ!」
航平くんの言葉に、美月がとうとう声を上げて笑った。
「もう、航平ってば! そんなに食べたいなら買ってあげるから!」
「えっ、マジ!?」
「ただし、自分でお金払ってね」
「それ、買ってあげるって言わないだろ!」
私も笑いすぎて、お腹が痛くなってしまった。
……ああ、楽しい!
朔也と二人で過ごす時間も大好きだけど、こうしてみんなで騒ぐのも、やっぱりいいなぁ。
◇
午後になると、中央ステージで学生たちによるパフォーマンスが始まった。
ダンスサークルの発表や軽音楽部の演奏が続き、広場には朝以上の人が集まっている。私たちも見に行ったけれど、前に背の高い人が何人もいて、ステージがほとんど見えなかった。楽しそうな音楽は聞こえるのに、演奏している人たちの姿が見えない。
「わっ、すごい歓声!」
背伸びをしてみても、見えるのは前の人の肩ばかり。もう少し右に移動すれば見えるかな、と考えていると、朔也が私の手を軽く引いた。
「莉子、こっち」
「え?」
「あっちの端なら見えると思う」
朔也に連れられて少し移動すると、ステージを斜めから見渡せる場所があった。しかも、人が比較的少なくて、背伸びをしなくても演奏している学生たちがよく見える。
「わあ! ここ、すごく見やすい!」
「よかった」
「ありがとう、朔也!」
嬉しくて見上げると、朔也が小さく笑った。
「楽しんで。手は離さないから」
その言葉に、胸の奥がきゅっと温かくなる。
人混みの中でも、朔也はいつも私を気にかけてくれる。大げさなことを言うわけじゃないけれど、こういうさりげない優しさが、私は大好きだった。私の身長では見えにくいことにも、何も言わなくても気づいてくれる。
「おーい! そこの二人!」
振り返ると、航平くんがこちらに向かって手を振っていた。
「俺たちのこと忘れてない!?」
「忘れてないよー!」
「柊、お前さあ、莉子ちゃんのことになると行動が早すぎるんだよ!」
「普通だろ」
「その普通を俺にも分けてくれ!」
美月が呆れた顔で航平くんの背中を軽く叩く。
「ほら、騒いでないでステージ見ようよ」
「はいはい。まったく、カップルってやつは……」
そう言いながらも、航平くんは楽しそうだった。
私たちは四人で音楽に合わせて手拍子をし、最後の曲では周りの学生たちと一緒に大きな拍手を送った。いつの間にか私も夢中になっていて、終わったあとには少し手のひらが痛くなっていた。
◇
「次はゲームコーナー行こうぜ!」
ステージを見終えたあと、航平くんに連れられて体育館横の特設エリアへ向かった。
輪投げやボール投げ、射的などが並ぶ一角は、まるで小さなお祭りみたいだった。特に射的コーナーには可愛い景品がたくさん飾られていて、私は思わず足を止めた。
「あっ、あのくまさん可愛い!」
棚の上に、手のひらほどの大きさの白いくまのぬいぐるみがあった。首には淡いピンク色のリボンが結ばれていて、ちょこんとした丸い耳がとても可愛い。
「莉子、欲しいの?」
「うん。でも射的って難しそう」
「やってみる?」
「えっ、朔也が?」
「うん」
朔也は受付で料金を払い、コルク銃を受け取った。
……そういえば、朔也が射的をするところなんて見たことがない。小さい頃から一緒にいるけれど、まだ知らないこともあるんだなぁ。
「柊、勝負しようぜ!」
航平くんも隣に並び、得意げに銃を構えた。
「俺、こういうの結構得意だからな!」
「そうなの?」
「中学の文化祭で射的やったとき、三個も景品取ったんだぜ!」
「へえ、すごい!」
「だろ? 莉子ちゃん、見ててくれよ!」
航平くんが狙いを定めて引き金を引く。
ぱんっ。
コルクは景品の横を通り過ぎ、後ろの壁に当たった。
「……あれ?」
「航平、外したね」
「今のは銃の調子が悪かった!」
二発目も外れ、三発目は景品にかすっただけだった。
「おかしいな……昔はもっと当たったのに……」
「昔の栄光にすがらないでよ」
美月の容赦ない言葉に、航平くんががっくりと肩を落とす。
その隣で、朔也が静かに銃を構えた。狙いを定める横顔はいつもどおり落ち着いていて、余計な動きがない。
ぱんっ。
軽い音がして、棚の上の小さなくまがころんと後ろに倒れた。
「えっ!?」
私が驚いている間に、係の学生が景品を取ってくれる。
「おめでとうございます! 一発で当てるなんてすごいですね!」
朔也は軽く会釈して、受け取ったぬいぐるみを私に差し出した。
「はい、莉子」
「えっ、いいの?」
「欲しかったんでしょ」
「うん! ありがとう!」
両手で受け取ったくまは、ふわふわしていて可愛かった。小さな黒い目と丸い耳を眺めていると、自然に笑顔になってしまう。
「朔也、すごいね! 射的得意だったの?」
「昔、ちょっとやったことあるだけ」
「ちょっとで一発命中するか!?」
航平くんがものすごい勢いで振り向いた。
「柊! 俺にも取ってくれ! あの恐竜!」
「自分で取れよ」
「親友だろ!?」
「だから?」
「だからって何だよ! 少しは友情を見せろよ!」
朔也は涼しい顔で銃を返した。
「莉子のは取れたから、もういい」
「出た! 莉子ちゃん限定サービス!」
「航平も自分で頑張りなよ」
美月が笑いながら言うと、航平くんは再び銃を構えた。
「よーし! こうなったら意地でも取ってやる!」
結局、航平くんは追加で二回挑戦した。
そして。
「やったあああ!」
最後の一発で、小さな恐竜のキーホルダーを見事に落とした。
「おめでとう、航平くん!」
「ありがとう! 見たか、柊! これが努力の勝利だ!」
「……お金、結構使ってたけど」
「美月! そこは黙っててくれ!」
航平くんは嬉しそうにキーホルダーを掲げている。
……ふふっ。
なんだか、男の子って可愛いところがあるんだなぁ。
そう思いながら朔也を見ると、彼は私が抱えているくまのぬいぐるみに視線を落としていた。
「……気に入った?」
「うん! すっごく!」
私が笑顔で答えると、朔也は満足そうに微笑んだ。
◇
夕方になると、交流イベントも終わりに近づいていた。
私たちは最後に温かい飲み物を買い、広場のベンチでひと休みすることにした。昼間はあんなに賑やかだったキャンパスも、少しずつ落ち着いた雰囲気になっている。夕日に照らされた木々の葉は赤や黄色に染まり、秋の深まりを感じさせた。
私は隣に座る朔也の肩に、そっと自分の肩を寄せた。
「今日、楽しかったね」
「うん」
「私、こういうイベントって久しぶりかも」
「俺も楽しかった」
朔也がそう言ったところで、向かいのベンチにいた航平くんが勢いよく立ち上がった。
「よし! 次はクリスマスだな!」
「気が早すぎない?」
「何言ってんだ、美月! 今から準備しないと間に合わないだろ!」
「何の準備?」
「彼女を作る準備!」
「それ、毎月言ってない?」
「うっ……!」
航平くんが胸を押さえる。
「俺だってさあ、クリスマスに彼女とデートしたいわけよ。イルミネーション見たり、ケーキ食べたり!」
「まず好きな人を見つけたら?」
「そこから!?」
美月が肩をすくめ、私はくすくす笑った。
「でも、クリスマスにまた四人で集まるのも楽しそうだよね」
「莉子ちゃん、いいこと言う!」
「私は別にいいけど。鍋パーティーとか楽しそうじゃない?」
「鍋! いいな、それ!」
航平くんが目を輝かせる。
「柊! お前んちで鍋やろうぜ!」
「……また俺の部屋?」
「だって、お前んち落ち着くんだよ」
「片づけるの、いつも俺なんだけど」
「今度は俺がやる!」
「前も言ってた」
「今度こそ!」
そんな二人のやり取りを聞きながら、私は思わず笑顔になった。
朔也と恋人になって、二人で過ごす時間が増えた。でも、こうして四人で笑い合う時間も、やっぱり大好きだ。
大学に入ってから知り合った美月と、幼い頃から朔也と仲がいい航平くん。最初はそれぞれ違う関係だったのに、今ではこうして一緒に休日を過ごしている。
これから先も、こんな時間がたくさん増えていったらいいな。
◇
イベントが終わる頃には、空がすっかり茜色に染まっていた。
美月と航平くんとは大学の正門で別れ、私は朔也と二人で駅へ向かうことになった。
「じゃあね、莉子! また月曜日ね!」
「うん! 美月も気をつけてね」
「莉子ちゃん、柊! また遊ぼうな!」
「航平くんも気をつけて!」
大きく手を振って二人を見送る。
姿が見えなくなると、さっきまで賑やかだったのが嘘みたいに、周りが静かになった気がした。
朔也が隣から手を差し出す。
「帰ろうか」
「うん!」
私はその手を握り、ゆっくり歩き始めた。
大学から駅へ続く並木道には、落ち葉がたくさん積もっている。歩くたびにかさかさと音がして、秋の夕方らしい少し冷たい風が頬を撫でた。
私は今日もらった白いくまを、バッグにつけた。
「見て、朔也! ここにつけたら可愛いと思わない?」
「うん。いいと思う」
「えへへ。大事にするね」
「そんなに喜んでくれるなら、取ってよかった」
「だって、朔也が取ってくれたんだもん」
そう答えると、朔也が少しだけ目を細めた。
私は繋いだ手を軽く揺らしながら、今日一日のことを思い返した。
「本当に楽しかったなあ。クレープもおいしかったし、ステージもすごかったし、航平くんの射的も面白かった!」
「最後は取れてたけどね」
「うん! あんなに喜ぶとは思わなかった」
「あいつ、単純だから」
「ふふっ。でも、そういうところが航平くんらしいよね」
夕焼けの向こうに、駅の建物が見えてきた。
「ねえ、朔也」
「ん?」
「これからも、四人でいろんなところに行きたいね。映画とか、遊園地とか、旅行とか!」
「うん。いいと思う」
「みんなで思い出、いっぱい作りたいな」
私が笑顔でそう言うと、朔也は少し考えるように黙った。そして、繋いだ手をきゅっと握り直す。
「……俺は、二人の時間も欲しいけど」
「えっ?」
思わず見上げると、朔也は前を向いたままだった。
「四人で遊ぶのも楽しい。でも、莉子と二人で出かけるのも好きだから」
「……朔也」
何気ない言葉なのに、胸がきゅんとする。
そうだ。今日はみんなで過ごすのが楽しくて、次の予定も四人で考えていたけれど、私だって朔也と二人でデートしたい。
私は少しだけ歩く速度を落とした。
「じゃあ、次のお休みは二人で出かけようよ」
「いいの?」
「もちろん! 私も朔也とデートしたいもん」
「……そっか」
朔也がこちらを向いて、ふっと笑った。
「じゃあ、どこ行きたい?」
「うーん。雑貨屋さんも見たいし、映画も行きたいし……あっ、新しくできたカフェも気になる!」
「全部行く?」
「えっ、全部?」
「一日あれば回れるだろ」
「ふふっ、欲張りなデートになっちゃうね」
「いいんじゃない?」
私は嬉しくなって、朔也の腕にぎゅっと抱きついた。
「じゃあ、朔也の行きたいところも一つ入れよう!」
「俺の?」
「うん。私ばっかり行きたいところ決めるの、ずるいもん」
「……そうだな」
朔也は少し考えてから、私を見下ろした。
「最後は、俺の部屋に来て」
「おうち?」
「うん。新しい豆、買ったから。莉子に飲ませたい」
「わあ! カフェラテ?」
「もちろん」
その答えが嬉しくて、私は思わず笑った。
「楽しみにしてるね!」
朔也も笑って、私の手を握り直した。
四人で笑い合った、賑やかな休日。そして、二人で過ごす次の休日の約束。どちらも私にとって、かけがえのない大切な時間だ。
ふと隣を見ると、朔也もこちらを見ていた。
「……莉子」
「なぁに?」
「今日、楽しかった?」
「うん! すっごく!」
「なら、よかった」
その優しい声を聞いて、私はもう一度、繋いだ手に力を込めた。
「でもね、朔也」
「ん?」
「今度のデートも、今日と同じくらい楽しみだよ」
朔也は一瞬だけ驚いたような顔をして、それから嬉しそうに微笑んだ。
「……俺も」
秋の夕暮れ。隣にいる大好きな人と、次のデートの話をしながら歩く。こんな何気ない時間が、私はたまらなく幸せだった。
そして、次の休日が待ち遠しくて仕方なくなった。




