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おっぱいコンプレックスの私を、幼馴染が全肯定してくる  作者: 黒猫と珈琲


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10/20

第10話 おっぱいコンプレックスと、彼の本音

「……やっぱり、目立つよね」


 日曜日の午後。私は自分の部屋で、姿見の前に立っていた。


 今日着ているのは、淡い水色のリブニット。先日、美月と買い物に行ったときに見つけたもので、柔らかな色も、袖口の小さなパールボタンもすごく可愛い。普段なら迷わず手に取りたくなるような、私好みの一枚だ。


 ただし、問題がひとつ。


 身体にほどよくフィットするデザインなので、胸のラインがはっきりわかってしまうのだ。


「……うーん」


 横を向いてみる。やっぱり、気になる。


 身長百五十三センチの私にとって、洋服選びはなかなか難しい。胸に合わせると肩幅が余るし、肩に合わせると胸元が窮屈になる。せっかく可愛い服を見つけても、結局いつものゆったりしたブラウスに戻ってしまうことが多かった。


 ……でも、今日は。


「……着てみたいな」


 私は鏡の中の自分を見つめた。


 だって、せっかく買ったんだもん。それに今日は、朔也の部屋に遊びに行く予定だ。


 ……彼氏に、可愛いって思ってもらいたい。


「…………っ!」


 自分で考えて、顔が熱くなった。


 もう! 付き合ってからというもの、私の頭の中は朔也でいっぱいだ。


 私は薄手の白いカーディガンを羽織り、もう一度鏡を見た。水色のニットがほどよく見えて、さっきよりも落ち着いて感じる。


 ……うん。これなら、大丈夫。


「……よし!」


 小さく頷いて、鞄を手に取った。


     ◇


「莉子、いらっしゃい」

「お邪魔しまーす!」


 朔也の部屋に入ると、いつものコーヒーの香りが迎えてくれた。


 キッチンの横には、お気に入りのコーヒーミルとガラスの保存瓶。ローテーブルには、二人分のマグカップと、小さなお菓子の袋が置いてある。


「あっ!」


 私は思わず目を輝かせた。


「これ、新発売のクッキー!」

「うん。莉子、好きそうだったから」

「すごい! 私、昨日買おうか迷ってたの!」

「そっか」


 朔也が少しだけ笑った。


 今日の朔也は黒いTシャツにグレーのパンツという、いつものラフな部屋着姿。大学で見るときよりも、なんとなく柔らかい雰囲気だ。


「カフェラテ、飲む?」

「飲む!」

「了解」


 朔也は私の返事を聞くと、キッチンへ向かった。


 私はソファに鞄を置き、カーディガンの裾をそっと引っ張る。


 ……大丈夫。


 今日は、可愛い服を着てきた。


 朔也なら、きっと。


「莉子」

「ひゃいっ!?」

「……どうしたの、そんなに驚いて」

「な、なんでもない!」


 振り返ると、朔也が私を見ていた。


「今日の服、新しい?」

「……え?」

「その水色のニット」

「あっ、うん!」


 私は思わず裾を握った。


「この前買ったんだけど……どうかな?」


 朔也は少しだけ私を見つめた。


「似合ってる」

「……ほんと?」

「うん。色、好き」


 朔也の目元が、ふっと柔らかくなる。


「莉子らしい」


 その言葉に、胸が温かくなった。


「……ありがとう!」


 私は笑顔で答えた。


 ……うん。


 やっぱり、着てきてよかった。


     ◇


「……おいしい!」


 淹れたてのカフェラテを一口飲んで、私は思わず声を上げた。


 ふわふわのミルクと、ほんのり甘いコーヒーの香り。苦味は控えめで、後味がすっきりしている。


「朔也、今日の豆もおいしいね!」

「うん。前のより少し軽いと思う」

「私、こっちも好き!」

「そっか」


 朔也は向かい側でブラックコーヒーを飲んでいた。


 ローテーブルには、さっきのクッキー。窓の外からは柔らかな日差しが差し込んでいて、部屋の中はとても静かだった。


 ……こういう時間、好きだなぁ。


 私はクッキーを一枚手に取った。


「朔也も食べる?」

「ん。ひとつもらう」

「はい!」


 袋を差し出すと、朔也が一枚取った。


「……甘い」

「クッキーだからね!」

「そうだけど」

「朔也、ブラックコーヒーと一緒ならちょうどいいんじゃない?」

「確かに」


 二人で顔を見合わせて笑った。


 ……うん。


 いつもどおり。


 大好きな朔也と、何でもない話をして。すごく幸せな時間を過ごしている。


 ……なのに。


 ふと、視線が自分の胸元に落ちた。カーディガンの前が少し開いていて、水色のニットが見えている。


 私は無意識に、カーディガンの端を引き寄せた。


 ……昔から、こうだった。


     ◇


 小学生の頃の私は、今とは少し違う体型をしていた。


 同級生の中では背が高いほうで、少しぽっちゃりしていたけれど、走ることが大好きだった。運動会の徒競走ではいつも張り切っていたし、休み時間には男の子たちに混ざって校庭を駆け回っていた。


 あの頃は、自分の身体について深く考えたことなんてなかった。


 でも、親戚の集まりで、いとこに体型をからかわれたことがある。


『莉子、また太ったんじゃない?』

『そんなに食べたら、もっと丸くなるよ』


 何気なく言われた言葉だったのかもしれない。


 だけど、幼かった私はひどく傷ついた。


 ……太っていると、可愛くないんだ。


 そう思うようになってから、食べることが少しずつ怖くなった。


 中学生になると、私は痩せたくて、無理なダイエットをしたこともある。食事を抜いたり、りんごばかり食べたり。今思えば、身体に悪いことばかりしていた。


 ある日、学校でひどいめまいがして、病院に連れていかれた。


 診断は貧血だった。


 先生には、成長期に必要な栄養を取らないと、身体の発達や将来の骨の健康にも影響することがあると説明された。


 ……怖かった。


 綺麗になりたかっただけなのに、自分の身体を傷つけていたなんて。


 それからは、ちゃんと食事を取るようになった。無理に痩せようとするのもやめて、普段からよく歩く生活に戻した。成長とともに体格も変わり、今では標準的な体型になっている。


 でも、悩みがなくなったわけじゃなかった。


 中学生になってから、今度は胸が大きくなり始めたのだ。


 身長はほとんど伸びなくなったのに、胸だけは成長を続けていく。体育の授業で走ると大きく揺れてしまうし、痛みを感じることもあった。周りの視線が気になって、いつの間にか大好きだった走ることまで苦手になっていた。


 胸をしっかり支えてくれるスポーツブラを探すのにも苦労した。近所のお店ではなかなかサイズが見つからなくて、何軒も回ったこともある。


 大学生になった今は、自分に合うスポーツブラや揺れを抑えるサポート用品も知っている。昔より、ずっと楽になった。


 だけど、身体への視線だけは、どうにもならないことがある。


 高校二年生の頃。


 私は一度、友達に勧められて、少し身体にフィットする服を着て出かけたことがあった。私服で参加する校外行事があって、いつもよりおしゃれをしてみようと思ったのだ。


 自分では、結構気に入っていた。


 でも。


『桃瀬って、そういう服着るとすごいな』

『胸、何カップあるの?』

『隠してるの、もったいなくね?』


 男子たちが笑いながら言った言葉。


 私は恥ずかしくて、何も言い返せなかった。


 それだけじゃない。


『莉子はいいよね。大きくて』

『私なんか全然ないのに、贅沢な悩みだよ』


 そんなふうに言われたこともあった。


 ……違うの。


 大きいからいいとか、小さいから悪いとか、そういうことじゃない。


 私は、ただ普通に可愛い服を着てみたかっただけなのに。


 誰かに見せびらかしたいわけでも、注目されたかったわけでもない。それなのに、いつの間にか胸のことばかり気にするようになってしまった。


「……莉子?」


 不意に声をかけられて、はっとした。


 朔也が、こちらを見ている。


「どうした?」

「……え?」

「さっきから、カーディガン引っ張ってる」


 私は慌てて手を離した。


「あっ……ごめん」

「謝らなくていいけど」


 朔也はマグカップをテーブルに置いた。


「何か気になる?」


 その声が、あまりにも優しくて。


 私は、少しだけ迷った。


 ……言っても、いいのかな。


 ずっと気になっていたこと。でも、聞くのが怖かったこと。


「……朔也」

「うん」

「ちょっと、変なこと聞いてもいい?」

「いいよ」


 私は膝の上で、ぎゅっと指を握った。


「……朔也ってさ」

「うん」

「胸が大きい女の子、好き?」


 言った瞬間、顔が熱くなった。


 ……っ!


 何聞いてるの、私!?


 でも、もう言ってしまった。


 朔也は一瞬だけ目を丸くした。


「……胸?」

「……うん」


 私は俯いた。


「男の子って、やっぱり大きい方が好きなのかなって」

「……なんで、そう思った?」

「昔、いろいろ言われたから」


 私はぽつぽつと話し始めた。


 小学生の頃、体型をからかわれたこと。中学生になって、無理なダイエットをして身体を壊してしまったこと。胸が大きくなってから、体育の授業や洋服選びが苦手になったこと。


 朔也は途中で口を挟まず、静かに聞いてくれた。


「……私ね、昔は走るのが大好きだったんだ」

「うん。覚えてる」

「えっ?」

「莉子、足速かっただろ。小学校の運動会、いつも楽しみにしてたし」

「……覚えてたんだ」

「そりゃ、覚えてるよ」


 朔也が当たり前のように言った。


 その言葉が嬉しくて、少しだけ泣きそうになった。


「でも、中学生になってから、走るのが恥ずかしくなっちゃって。胸が揺れるのも嫌だったし、男子に見られるのも怖くて」

「……うん」

「それで、だんだん身体のラインが出る服も着なくなったの」


 私は自分の胸元に視線を落とした。


「今日のニットだって、本当はすごく気に入ってる。でも、やっぱり目立つかなって思うと、気になっちゃうんだ」


 朔也は何も言わず、私の言葉を待ってくれていた。


「……それにね」


 声が少しだけ小さくなった。


「朔也にまで、胸ばっかり見られたらどうしようって……ちょっと怖かったの」


 言ってから、胸がきゅっと苦しくなった。


 ……ああ。


 言っちゃった。


 朔也は私の彼氏なのに、私のことを好きだと言ってくれているのに。こんなことを聞いたら、嫌な気持ちになるかもしれない。


「……ごめん」


 思わず謝ると、朔也が小さく首を振った。


「謝らなくていい」

「……でも」

「莉子がずっと気にしてたことなんだろ」


 朔也は私をまっすぐ見た。


「話してくれて、ありがとう」


 その言葉に、私は思わず顔を上げた。


「……怒らないの?」

「なんで怒るの?」

「だって、朔也のこと、疑ってるみたいで……」

「そんなふうに思わないよ」


 朔也は少しだけ眉を下げた。


「それより、そんなに悩んでたんだなって」

「……うん」

「昔から知ってたつもりだったけど、気づかなかったこともあったんだな」


 その声には、責めるような響きが少しもなかった。


 私は、膝の上で握っていた指の力をそっと緩めた。


     ◇


「……俺さ」


 朔也は少しだけ考えるように間を置いた。


「胸が大きいから、莉子を好きになったわけじゃないよ」

「……うん」

「中学の頃から、ずっと好きだったし」


 その言葉に、胸の奥が温かくなる。


 ……そうだった。


 朔也は、ずっと前から私を好きでいてくれたんだ。


「でも、正直に言うと」

「……うん?」

「莉子のこと、女の子として魅力的だと思ってる」

「…………っ!」


 私は思わず顔を上げた。


「さ、朔也……!」

「好きな子だから、意識することだってあるよ」


 朔也は少しだけ照れたように視線を逸らした。


「……嫌だった?」

「う、ううん!」


 私は慌てて首を振った。


 ……そっか。


 朔也は、私を女の子として好きでいてくれるんだ。


 だけど、身体だけを見ているわけじゃない。


 その違いが、今なら少しわかる気がした。


「莉子」

「……うん」

「俺はどんな莉子も好きだよ。今も昔も」


 朔也は、静かにそう言った。


「……昔も?」

「うん。小学生の頃から、ずっと一緒にいただろ」

「……そうだけど」

「走るのが好きだった莉子も、今みたいにお菓子を見つけて喜んでる莉子も、俺にとっては同じ莉子だよ」


 朔也の黒い瞳が、まっすぐ私を見つめている。


「よく笑うところも、好きなものを見つけるとすぐ嬉しそうになるところも。困ってる人を放っておけないところも」

「…………」

「あと、ちょっと抜けてるところ」

「ええっ!?」


 思わず声が裏返った。


「ちょ、ちょっと! そこも好きなの!?」

「うん」

「ひどくない!?」

「褒めてる」

「絶対嘘!」


 朔也が小さく笑った。


 私も、つられて笑ってしまう。


 ……ああ。


 なんだろう。


 さっきまで胸の奥に引っかかっていたものが、少しずつほどけていく。


「……それに」


 朔也は、私の顔を見た。


「無理なダイエットして、貧血になったこともあったんだろ」

「……うん」

「もう、そういう無理はしないでほしい」

「……うん。今はちゃんと食べてるよ」

「知ってる。さっきもクッキー、おいしそうに食べてたし」

「も、もう! そこは見なくていいの!」


 私が頬を膨らませると、朔也は少しだけ笑った。


「でも、俺はそういう莉子が好きだよ」


 ……ずるい。


 そんなふうに言われたら、怒れないじゃない。


 朔也はふっと表情を和らげた。


「莉子が嫌だったことまで、なかったことにはできないだろ」

「……うん」

「だから、無理して平気にならなくていい」


 そして、私の手のすぐそばに、自分の手を置いた。


「手、繋いでいい?」


 私は小さく頷いた。


「……うん」


 朔也の手が、私の手を優しく包む。温かい、いつもの安心する手だった。


「好きな服を着てもいいし、隠したい日は隠したっていい」

「……うん」

「誰かの目を気にして、莉子が好きなものまで諦める必要はないと思う」

「……朔也」

「でも、怖い日は無理しなくていいから」


 朔也は繋いだ手をそっと握り直した。


「莉子が、自分の好きなものを好きでいられたらいいなって思う」


 胸の奥が、じんわり温かくなった。


 ……ああ。


 そうか。


 私はずっと、誰かにどう見られるかばかり考えていたんだ。


 太っていた頃も、胸が大きくなってからも。いつも、他人の目を気にしていた。


 でも、本当は。


 可愛い服を着たい。


 おいしいものを食べたい。


 好きな人と笑っていたい。


 ……それだけで、よかったんだ。


「……朔也」

「ん?」

「……ありがとう」


 声が、少しだけ震えた。


「なんか、安心した」


 すると、朔也の目元が柔らかくなった。


「……よかった」


 私はそっと、自分の胸元に視線を落とした。


 水色のニット。


 今日、勇気を出して選んだ服。


「……ねえ、朔也」

「うん?」

「このニット、本当はすごく気に入ってるの」

「うん。似合ってると思う」

「……ありがとう」


 私はカーディガンの端を、そっと離した。


 まだ少し恥ずかしい。でも、さっきよりも、この服を着ている自分が嫌じゃなかった。


「……今日、着てきてよかった」

「……うん」


 朔也が、嬉しそうに笑った。


     ◇


 気づけば、窓の外は夕方になっていた。


 私は鞄を持って、帰る準備を始めた。今日はたくさん話したせいか、いつもより時間が過ぎるのが早かった気がする。


「今日は、ありがとう」

「うん」

「カフェラテもおいしかったし、クッキーもおいしかった!」

「そっか」

「それに……」


 私は少しだけ言葉を探した。


「話、聞いてくれて嬉しかった」


 朔也が、私を見た。


「いつでも聞くよ」

「……うん!」


 私は笑顔で頷いた。


 そして、玄関へ向かう。靴を履き、鞄を肩にかけた。


「じゃあ、また明日ね!」

「うん」


 朔也が頷いた。


 ……そのはずだった。


 でも、私がドアノブに手を伸ばした瞬間。


「莉子」

「ん?」


 振り返ると、朔也が少しだけ困ったような顔をしていた。


「……あと五分」

「……え?」


 私は瞬きをした。


「五分?」

「うん」


 朔也は少しだけ視線を逸らす。


「もう少し、一緒にいたい」

「…………っ!」


 胸が、きゅうっとなった。


 ……え?


 朔也が?


 あの、普段はクールで無口な朔也が、私を引き止めてる?


「……だめ?」


 朔也が静かに尋ねた。


 私は、ぶんぶんと首を振った。


「だ、だめじゃない!」

「そっか」


 朔也の目元が、ふっと柔らかくなる。


「よかった」


 私は靴を脱ぎ直した。そして、朔也の前に立つ。


「……ねえ、朔也」

「ん?」

「五分だけでいいの?」


 朔也は少しだけ目を丸くした。


「……え?」

「私も、もうちょっと一緒にいたい」


 言った瞬間、頬が熱くなる。


 でも、今日は目を逸らさなかった。


 朔也が、ゆっくり笑った。


「じゃあ、十分」

「……ふふっ」


 私は思わず吹き出した。


「朔也、欲張り!」

「うん」


 珍しく、素直に認めた。


「莉子のことは、ちょっと」

「…………っ!」


 ……もう。


 そういうこと、さらっと言うんだから。


     ◇


 私たちは、もう一度ソファに座った。


 今度は、さっきより少しだけ近く。


 朔也がそっと腕を広げる。


「おいで」


 私は迷わず、彼の胸元に寄りかかった。


 大きな腕が、私を優しく包む。コーヒーの香りが、まだ少し残っている。耳を澄ませると、朔也の心臓の音が静かに響いていた。


 ……あったかい。


「……朔也」

「ん?」

「私ね」


 私は小さく息を吸った。


「まだ、自分の胸のこと、好きになれるかわからない」

「うん」

「でも、今日みたいに話せたら……少しずつ、嫌いじゃなくなる日もあるのかなって」


 朔也は、私の髪をそっと撫でた。


「急がなくていいよ」

「……うん」


 その言葉に、私は小さく頷いた。


 コンプレックスが、たった一日で消えるわけじゃない。明日になれば、また鏡の前で悩むかもしれない。


 それでも、もう自分の身体を嫌うために、好きなものまで諦めたくはなかった。


 ……いつか。


 誰かに褒められなくても、自分で自分を可愛いと思えるようになれたらいいな。


「……ありがとう」


 私は朔也の胸元に、そっと顔を寄せた。


「大好き」


 すると、朔也の腕が少しだけ強くなった。


「俺も」


 低い声が、頭の上から降ってくる。


 しばらく、そのまま抱きしめ合っていた。やがて、朔也が小さく息を吐く。


「そろそろ、送ってく」

「……うん」


 私は少しだけ名残惜しくなりながら、顔を上げた。


「……あっ」

「ん?」

「もう十分経っちゃった?」


 時計を見ると、十五分も経っていた。


「……あれ?」


 私が首を傾げると、朔也が少しだけ笑った。


「五分、延長してた」

「ええっ!?」

「言い忘れた」

「もう! 朔也!」


 私は思わず笑ってしまった。朔也も、珍しく声を出して笑った。


 ……本当に。


 この人といると、なんだか不思議だ。


 ずっと苦手だった、自分の身体の話。誰かに言うのが怖くて、ひとりで抱えていた気持ち。それを今日は、ちゃんと話すことができた。


 ……おっぱいコンプレックスは、きっと明日もある。


 だけど、今日の私は、水色のニットを着てよかったと思えた。


 朔也に褒めてもらえたからだけじゃない。


 私自身が、この服を好きだから。


 それが、なんだかとても嬉しかった。


「……ねえ、朔也」

「ん?」

「また、五分延長してもいい?」


 朔也が、少しだけ目を丸くする。


 そして。


「もちろん」


 ふっと、優しく笑った。


「莉子が帰りたくなるまで、付き合うよ」

「……ふふっ」


 私はその手を、ぎゅっと握り直した。


 ……ああ。


 やっぱり。


 私の幼馴染は、今日も私の気持ちを大切にしてくれる。


 そして私は、そんな彼が。


 どうしようもなく、大好きなのだ。

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