幕間 裏の展望
ダンジョンブレイクから一ヶ月経った頃。
蓮希はネクサスの管轄ダンジョンで事件が発生した原因を探るために、選定した三人のクランメンバーを自身の執務室に集めていた。
蓮希は報告書を片手にチェアを半回転させて横並びで立つネクサスのメンバーを見据える。
「事情もロクに説明せず、急に集まって貰ってすまないな。“想定外”の出来事に早急に対処しなければなくなった」
そこで区切り、蓮希の背後にあるモニターにある写真を映す。
「今回のダンジョンブレイクで回収した魔石だ。あのダンジョンはC級なのに対して魔石はB級相当、もしくはA級に届く物が多かった。現場を対応したひぐれからも、本来いないはずの魔物を目撃したという情報が上がっている」
「普通より強さ、強度が段違いだったから“変異種”かと思ったけどよ。ガワは変わってなかったぜ」
変異種。
通常個体と異なる色素を持ち、普通とは比べ物にならないくらい強化された魔物のことを指す。目撃情報は世界中であり、出現条件などは未だに解明されていない。
周囲の視線が集まった深谷は当時の状況を思い出してそう告げた。これに関しては既に蓮希には報告済みである。
「外見に変化が見られないって、ちょっと不味いんじゃない〜?」
深谷の右隣にいたローブを着た女が頬に手を当てて懸念を吐き出した。
「そうだ。分かりやすい目印が無くなったわけだからな。既に探索者協会には報告済みだから、この件はとりあえず保留とする。今回私が気になった点は、ダンジョンブレイクが起こったことなんだ」
「あら、それは問題になることかしら?」
話の続きを促すように問いかけたローブの女に蓮希は頷いてみせる。
「ああ、ネクサスの管轄内で起こったことだからな」
「うふふ、それは問題ね〜」
「理由は他にもある。C級ダンジョンが攻略されたのはダンジョンブレイクが起こる二週間前。本来なら危険性はほぼないレベルのダンジョンから魔物が溢れようとしていた」
ダンジョンブレイクが起こるのは、すなわち長期間ダンジョンを放置していたということ。クランで管轄する最低限の条件として、「ダンジョンブレイク」のような事故が起こらぬようダンジョン攻略は必須となる。
蓮希は管轄ダンジョンの攻略を交代制で回していたにも関わらず、ダンジョンブレイクが起こったことを問題視していたのだ。
「ダンジョンブレイクが起こる平均が一ヶ月だったか。そりゃ許容範囲に収まんじゃねーのかよ」
「収まっては困るんだよ、ひぐれ。状況によっては、この件も探索者協会に報告する必要が出てくる」
「ああ、どうりで。人事の私を態々呼び出した理由が理解出来ました。マスター、攻略スパンを短くしてシフトを組み直せばいいんですね」
今まで静観していたスーツを着た眼鏡の男が一つ頷いて、蓮希の確認を取るために一歩前に出た。
「頼むぞ」
「当然です。それだけでしたら、これで退室させて頂きます。仕事が残ってますので」
眼鏡の男が退室して執務室に三人が残った。蓮希の話がまだ終わってないことを深谷とローブの女は聞くまでもなく理解していた。
「……ダンジョンブレイクが起こった場所。私はそこを「夜明けの双剣」に貸し出していた」
「ふーん、珍しいわね〜。蓮希ちゃんがそんなことするなんて」
「……しつこかったんでな。今は後悔している。貸し出していなかったらこんなに頭を悩ませる必要もなかったんだ」
「そのクランに連絡取ったんか?」
「当然だ。あそこのマスターは終始他人事で話を進めて、最終的にダンジョンを利用した人間を差し出してきた。向こうの提案を結果的には受け入れたが、どう扱おうか悩んでいる」
「つまり、要観察対象ってことよね〜。蓮希ちゃんは悩まなくて良いわよ。接触理由を作ってくれたら、あとはお姉さんに任せなさい♪」
胸を張って発言をするローブの女に、蓮希は張り詰めていた緊張を僅かに緩めて笑みを浮かべる。
「手は既に打っている。「夜明けの双剣」に推薦させて、そいつをウチの新人として受け入れようと思う。お前はひぐれと一緒に新人研修の体で接触してくれ」
観察対象を新人の枠にねじ込むと言った蓮希に深谷が待ったをかけた。
既に終わっている試験をすっ飛ばしてその人物を受け入れようとする蓮希も問題だが、それ以上に気にする点がある。
「ちょっと待て。千葉はどうすんだ。既に俺んとこの新人を請け負う手筈だろ。観察対象には関わらせんのか?」
「あら、なっちゃんも一緒なの? ひぐれちゃんったら羨ましいわ〜」
深谷に羨ましげな視線を向けて「私、しばらく会ってなにのに」とどうしようもない嘆きを洩らすローブの女を無視して、深谷は話を続ける。
「あんたが決めたんなら文句言わねーから先に言っとく。俺ァ反対だからな」
「ふふ、分かっている。奈律の負担は増やさないつもりだ。今回の件に関わらせるかはまだ決めかねている。それで、頼めるか?」
「もちろんよ〜」
事態に似合わぬ軽い返事だ。
だが、蓮希と交わす女の視線はどこまでも真摯なものであった。蓮希は彼女のことを信頼している。当然、深谷のことも。
「ひぐれは新人研修に集中しろ。奈律はこちらで判断したら報告する。それまでは他言無用で頼むぞ」
「「了解」」
深谷と女が退室し、執務室に蓮希だけが残された。細く息を吐いた蓮希が無言でタブレットを眺めている。
そこには「夜明けの双剣」とのメッセージ履歴が映っていた。
『どうでもいいから。いるならそっちにあげる』
仮にもマスターである人間がクランメンバーを物のように扱う内容に蓮希は眉をひそめる。疑う段階ではないのは理解している。
しかし、トカゲの尻尾切りのような対応に蓮希が不信感を抱くのはある意味当然であった。




