“バディ”という役割
市川吾朗は奈律の教育係である。
加入して一ヶ月は一緒にダンジョンを攻略したり、戦闘の技術を教わった。
奈律の実力が研修の域を超えてからは滅多に会えないが、市川が自分を気にかけてくれていることは知っている。
奈律の中にある“尊敬”や“信頼”の度合いで、市川は他よりも抜きん出た位置にいた。
その市川がスキンヘッドをさすり、奈律へ頭を下げている。
市川は久瀬よりも体格がいい。
頭を下げてなお、市川の顔を見上げる奈律は彼の突然の行動に目を見張った。
「悪かったな。千葉は達成したが、本来なら新人にやらせる任務ではない。まさかお前に頼むなんて思っていなかった」
「それは市川先輩が謝ることじゃありません。最終的に引き受けたのは私なんですから頭を上げてください」
「いや、謝ることだ。知っていたら無理してでも俺が“バディ”になっていた」
「市川先輩が、バディに?」
頭を上げた市川が奈律の言葉に頷く。
久瀬の言う別のバディとは市川のことだったのか。
「元々、あいつのバディは少ない人数で回してたんだ。予定のない奴がバディになるといった感じでな。今まではそれで充分やれていたんだが、蓮希が前線から退いただろう」
それは知ってる。
奈律がネクサスに加入する前のことだ。
S級ダンジョンの攻略の際に足を損傷して、前線に立つのが難しくなったとニュースにもなっていた。
蓮希本人からも日常生活に問題はないが、戦闘は無理だと聞いている。
「……マスターも久瀬先輩のバディになったことがあるんですか?」
「ああ、俺と蓮希と、あともう一人。蓮希が欠けた穴を埋めるために一人増やすと聞いてはいたんだがな」
「マスターの穴埋めを私が? 久瀬先輩からは今回限りと聞いていたんですけど」
「ううん、違うよ。今回限りで合ってる」
静かにしていたはずの久瀬が横から口を挟んだ。腕の中から少しだけ顔を上げて、凪いだ瞳を覗かせている。
「久瀬の言う通り、蓮希にも確認した。間違いないからそこは心配するな」
「なら、どうして私を呼んだんです?」
「む……無茶な任務についての謝罪が一つ。あとは、心配したから話を聞きたかっただけだ」
なんとなく気恥しそうに、奈律を心配して話を聞きたいと市川は言った。
多分「調子はどうだ?」という、いつもの会話の延長だったのだろう。
いつも話す内容がダンジョンの成果から久瀬のバディの話になっているだけだ。
「でしたら、最初に話した通りです。特に問題はありませんでした」
「そうか……それなら良かった」
「私も市川先輩に質問してもいいですか?」
「もちろんだ。何が聞きたい?」
「マスターは私を選んだ理由について、期待しているからとおっしゃいました。マスターの言葉を疑うわけではありませんが、やはり納得できなくて」
奈律はネクサスで一番弱い。
経験も実力も、他の先輩たちと比べて足りてないのは明らかだ。
“バディ”という役割が特別なものだと判明した今、奈律の疑問はより鮮明になった。
「それは俺にも分からん」
「……そうなんですか?」
「ああ。俺たちは初期から一緒に活動しているが、だからといって全て相談し合ってるわけじゃない。だからこれは推測になるが、千葉の持つ“第六感”が一番の理由じゃないかと俺は思う。うちのクランで“第六感”のスキルを持つのは——お前と蓮希だけだからな」
「私と、マスターだけ」
「珍しいスキルだからな。その共通点が蓮希の期待に繋がったのかもしれない」
それなら蓮希が奈律を選んだ理由も理解出来る気がする。蓮希は久瀬の未来視を対応するのに“第六感”は有効的だと知っているから、同じスキルを持つ奈律に期待した。
「うーん。市川先輩、私はこれをシリアスに受け止めるべきでしょうか」
「む? シ、シリアスに?」
「はい。さきほど久瀬先輩のバディを少ない人数で回してたって聞いた時点で私が聞いていい話なのかな? と疑問に思いましたが、このままだと考え過ぎてネガティブ思考になりそうなので、この話をどう受け止めるべきか悩んでます」
「……つまり、急に情報が増え過ぎて混乱しているんだな?」
「そういうことですね」
「ブフッ……」
横から聞こえてきた吹き出すような声に奈律は自分の耳を疑った。
聞き間違え……いや、笑っている。
悩みの張本人が、奈律の悩みを聞いて肩を震わせて笑っている。
すん、と表情を消した奈律は冷ややかな眼差しで久瀬を見下ろし拳を握り締めた。
「これは、殴っても許されるのでは?」
「千葉、気持ちは分かるが落ち着くんだ」
「ごめんって! そんな深く考えるもんじゃないよ。探索者ってのは、いつだって命の危険と隣り合わせなんだからさ。俺の場合、危険を事前に知れるから対処してるってだけ」
笑いながら言われても全く説得力がないが、久瀬の言葉も一理ある。市川に宥められて渋々奈律は拳を解いた。
「便利なスキルに変わりはないと」
「そういうこと。でも俺だけだと対処しきれないから、蓮希が“バディ”って役割をつくってくれたの」
「……なるほど」
「前回はたまたま人がいなかっただけで、今のままで充分足りてる。増員の話も急いでるわけじゃあない」
奈律の不安がするすると紐解かれていく。
早とちりでネガティブ思考になりかけた自分が恥ずかしいくらいだった。
「俺の話し方が悪かったな。次から気を付けよう」
「いえ! 市川先輩はなにも悪くありませんのでお気になさらず!」
「いや、俺が」
「いえ、私が!」
考えすぎて物事を複雑にするのが、奈律の昔からの悪い癖だ。
今回の件は完全に自分の落ち度だと認識しているからこそ、目の前で落ち込む市川に慌ててフォローを入れた。
「ねぇ、その謝罪合戦いつ終わる?」
「そうだな。千葉、話はこれで終わりにしよう。どちらも悪くない。これでいいか?」
「はい。異論ありません」
目を伏せて欠伸混じりに呟いた久瀬に市川が反応して、ようやく平行線を辿っていた謝罪合戦に区切りがついたのだった。




