創設メンバー
「えーと、俺は現場対応はしなくていいんだよね。じゃ、フカヒレくんによろしく言っといて〜!」
「は? ちょっ、久瀬先輩!?」
久瀬はそんなふざけた言葉を残して、奈律が止める間もなく現場から立ち去って行った。
あまりにも鮮やかな手腕である。
探索者として有り得ない行動に絶句した奈律がインカムから蓮希の名を呼ぶ。
もちろん、久瀬の行動を報告するためだ。
「マスター!」
『ああ、奈律か。そっちは片付いたか?』
「はい。しかし久瀬先輩が——」
『ふ、逃げたんだな?』
「……あのような行動を許してしまっては、クランの名誉に関わるのでは?」
『いい。あいつは放っておけ。ひぐれの方も終わったらしい。もうすぐ他の人間も到着するから、合流してひぐれに指示を仰ぐように。あとは任せていいな?』
「……了解しました」
蓮希が良いと言うのなら、奈律は引き下がるしかない。なんとか不満を飲み込んで、深谷がいるであろうゲートへ向かった。
「あ? 新米じゃん。お前が外の担当してたんかよ」
「……まず、ちんまいと言われるほど、私は深谷先輩とそこまで身長差はありません。新人なのは事実ですが、深谷先輩に新米と呼ばれる筋合いはないと思います」
「んだよ、相変わらず固ー奴だな」
このすこぶる態度の悪い男がネクサスの先輩であり、今回の「ダンジョンブレイク」の対処をした深谷ひぐれだ。
(深谷ひぐれで、フカヒレくんなんだ)
どうやら久瀬のふざけた渾名は誰にでもつけているようだ。
ストレッチをして汚れた服を叩いている深谷に質問を投げかける。
「マスターへの連絡は?」
「したした。あとから来る連中に魔石の回収しとけって言っといたから、おめーは俺と人命救助な」
「分かりました」
「んで、おめーだけか? あと一人はどこ行ったんだよ」
「帰りました」
「はァ!?」
目をひん剥いて驚きの感情をあらわにする深谷に、奈律は心の中で深く同意する。
やっぱり、久瀬の逃亡は深谷から見ても有り得ない行動なのだ。
「意味分かんねェんだけど」
「マスターが許可しました。久瀬先輩は放っておけと」
「は? ……おめー、今、久瀬先輩つったか?」
「はい。言いましたけど、それがなにか?」
「はァ!? 新米のくせに久瀬さんと共闘したのかよ!?」
鼻息を荒くして興奮した様子の深谷に詰め寄られて、奈律は思わず後退る。特段おかしなことを言ったつもりはないのに、何をそんなに興奮しているんだろう。
「共闘はしてませんけど。あの、なにか問題でも……?」
「俺も会いたかった! んでもって共闘したかった!」
「すればいいじゃないですか」
「生意気な後輩め! そもそも会えないんだよ! クランに顔出さねーの! おめーが共闘してんのが稀なんだよ!」
滅多に会えない、と。
ネクサスは人が多いから、有り得ない話ではない。奈律だってクランのメンバー全員とは顔を合わせていないのだから。
「へぇ、そうなんですね」
「適当に返事すんじゃねェ! ったく、さっさと終わらせんぞ! 終わったら絶対話聞くかんな!」
「え、嫌ですよ。今何時だと思ってるんですか?」
もう既に太陽は沈みかけている。
現場が片付くのは遅い時間になるはずだ。
奈律の言葉に反論しようと口を開きかけた深谷だったが、妥当な指摘だと判断したのか無言で奈律の前を歩いていった。
***
なるほど。確かに深谷の言葉通り、久瀬に会えるのは珍しいらしい。
蓮希から護衛任務を請けてから一ヶ月。
その間、久瀬は一切姿を現さなかった。廊下ですれ違うことも、遠目で見ることもない。
本当にネクサスのメンバーなのか? という疑惑が奈律の中に浮上していた。
奈律がクランに入った時、月に一回は事務所に顔を出すよう言われていたのに——いや、単にすれ違っているだけかもしれないが。
(……もしかして、創設メンバーには適用されていない?)
奈律の予想が事実なら納得だが、あの人はきちんと事務所に顔を出している。
今日、奈律を事務所に呼んだ人。
ネクサスへの加入当初、自分の教育担当になった先輩。
エレベーターを降り、廊下を曲がった先に会議室がある。扉をノックすれば、見知った声に入室を促された。
「失礼します」
渋い低音。
逆三角形の鍛え上げられた上背。スキンヘッドのその人は少々険しい顔つきをしているが、奈律にも初対面から丁寧に接してくれている。
創設メンバーの一人でもあり、奈律が尊敬する大先輩の市川——に、しがみつく久瀬がいた。
「え?」
「ゔゔゔッ……うわ〜ん! 吾朗〜! おれ……俺、なんて間抜けなんだよぉ!」
「ああ、千葉。急に呼び出してすまない。煩いのが引っ付いてるが無視してくれ」
「無視すんなってェ! お前が俺に寄り添ってくんなきゃどうすんのさ〜!」
蝉のように市川の背中にしがみついてピーピー泣き喚いてる久瀬を無視しろと。
流石に無理があるだろう。
久瀬を見ている奈律の視線に気付いた市川が、彼を引き剥がして雑に放り投げた。突然投げられ「ギャッ!」と鳴いて床に尻もちをついた久瀬が半泣きで市川を睨む。
「痛って〜! 急になにすんのさ!」
「千葉が困っていた。無理やり着いてきたくせに文句を言うんじゃない。蓮希の所へ行ってろ」
「あ〜あ〜! 俺ァ、吾朗がバナナちゃんに会うって言うから着いて来たんだぞ!」
「千葉です。久瀬先輩、私に会いに来たんですか? なぜ?」
「え? そりゃあ、会いたかったから?」
心底不思議そうにこちらを見上げる久瀬の理由に、奈律は理解できずに首を傾げた。
お互いに頭に疑問符を浮かべて見つめ合う様子に見かねた市川が奈律に声をかける。
「千葉、こいつの行動に深い意味はない。気分で生きてるような人間だから、考えるだけ無駄だ」
最終的に「静かにしていろ」と市川に釘を刺されて、久瀬は会議室の隅で大人しくしていることで話はついた。
これで、市川と一対一。
対面に座った奈律から話を始める。
「お久しぶりです、市川先輩。今日はどうされたんですか?」
「久しぶりだな。久瀬のバディを務めたと蓮希から聞いた」
一ヶ月前の護衛任務について市川の耳にも入っているようだ。蓮希が終わった任務を他の人に共有するなんて珍しい。
「はい。若輩者ですが、滞りなく達成できたと思います」
「そうか。あいつの相手をするのは大変だっただろう」
「否定はしません」
「え〜、否定してくんないの?」
「静かに」
「はいはい、静かにしてるって」
不貞腐れて机に突っ伏した久瀬を横目に、面談みたいだな、と奈律は思う。
市川が奈律を呼び出した理由が「久瀬もしくはバディ」なのは把握した。
どちらが理由でも久瀬関連なのに変わりないが、これから何を聞かれるのか奈律には予測は出来なかった。




