バディの伴い
久瀬は無事だ、という前提を立てた。
奈律は被害が広がる前にオーガを仕留めればいい。
動くたび汗で肌に張り付くスーツに奈律は眉間に皺を寄せる。オーガの放つ熱気のせいで、スーツの中は汗まみれだった。
「暑苦しいだけのオーガのくせに、私の前で大技撃とうっていうの?」
奈律の戦闘スタイルは速戦即決である。
地面を蹴って、急接近したオーガの首に斬りつけた。
(浅いか……)
刃が数センチ食い込んだ所で、凍ってない方の腕をハエを払うように動かした。攻撃が当たる前に避けて、そのまま後退する。
一閃で首を飛ばせなかったことに奈律は舌を打った。
なにより、オーガに接近すると凄まじい熱気が猛威を振るう。
熱気が周囲の火花に届いた瞬間、小さな爆発を起こしている。その度に火傷のような感覚が奈律の肌を突き刺した。
厄介、の一言に尽きる。
オーガはゴブリンやオークよりも図体が大きいくせに、俊敏性まで優れている。
炎を扱い感情の幅で威力が増幅し、戦闘を長引かせて怒らせるほど厄介な相手になる。
オーガの肩にある氷塊。
深谷が攻撃した痕跡だ。
あの中途半端な攻撃がオーガの怒りを増幅させ、限界まで威力が増しているんだろう。
一度攻撃したんなら最後まで始末しろ!
この場にいない深谷への文句が出てきた。
優先順位があるのは理解している。
足止めの攻撃であろうことも。
それでもふつふつと不満が湧き出るのを止められない。
増員が来るまで時間を稼ごうかと思ったが、怒り心頭といったオーガの様子を見て諦めた。
「厄介……だけど、私の敵じゃない」
首は駄目だ。
一度失敗して警戒されてるし、奈律の想像以上にオーガは怒っている。この状態で首を飛ばせば、斬った断面から炎が噴火して被害は甚大になってしまう。
暴れるオーガの攻撃を避けながら、奈律は視線を巡らせる。
オーガの魔力の根幹を探して、ぶち抜く。
頭部、胸部、下腹部——よし、見つけた。
オーガの心臓——魔力の根幹だ。
あの心臓が魔力を全身に送り、血流を活性化させることで火力を上げている。つまり、炎を生み出している器官である。
面倒なことに、魔物の心臓は必ずしも胸部にあるとは限らないのだ。
あのオーガの心臓は、脇腹にある。
奈律は刀を横にして、オーガの心臓部分に狙いを定めた。
「——『一点斬』」
刀を脇腹に突き込ませ、分厚い筋肉や硬い肋骨ごと貫く。
奈律が「ここを斬る」と明確に定めた一点に対して、斬撃の威力を極端に集中させる。
必要な場所だけを、一撃で壊すスキルだ。
心臓を破壊されたオーガの体内から、爆発音が断続的に発生する。
だが、炎が外へ漏れ出すことはない。
オーガの口から黒い煙が吹き出し、ぐら、と地面に倒れて絶命した。
確実に死んだのを確認して、奈律は刀を鞘に収める。
「はあ、心臓を見つけるのに時間がかかっちゃった。もっと精進しないと」
「そお? 心臓一突きでオーガを仕留めたんだから、まずは自分を褒めるべきじゃない?」
背後から奈律の独り言に返事をする声があった。聞き覚えのある声に驚いて振り返ると、ヘラヘラ笑いながら久瀬がこちらに歩いてきていた。
「——久瀬先輩!? 生きてたんですか!」
「やだなぁ、勝手に殺さないでよ」
駆け足で久瀬の傍に寄って、彼の全身を観察する。擦り傷、切り傷。引き裂かれて使い物にならなくなったスウェットを除けば、そこまで怪我をしているように見えなかった。
「……バスに潰されて死ぬ、という未来はどうなったんですか?」
「バナナちゃんのおかげで、も〜バッチリ解決したよ!」
「千葉です。……本当に? どうやって助かったんですか?」
久瀬の視線が上を向き、それから奈律と目を合わせた。
「まあ、いっか。これは俺の予想になるけど、それでもいい?」
「はい。久瀬先輩が全部を見通せているわけじゃないことは理解したので、見解で構いません」
「ふひ、ご理解感謝しま〜す。まず俺の視る未来ってね、基本、俺一人で行動してんの。昔視た未来でそうだったから、法則は変わらないと思う」
「……バディがいることで、その前提を崩しているということですか?」
「ぴんぽ〜ん!」
奈律の疑問に、久瀬が頭の上で丸を作って肯定する。
「完全回避は無理だけどね。俺が動くより確かに変化があるんだ。バディが作った変化を俺がいい感じに利用することで、明るい未来を掴み取るってわけ!」
「明るい、未来」
「そ! バナナちゃんは俺の命の恩人なんだよ〜」
「そうですか。なら、命の恩人のお願いを聞いて——そのふざけた渾名呼びをやめてください」
「え〜、無理!」
イラ。奈律が真顔で吐き捨てたお願いを、久瀬にウインク付きで断られた。
顎髭毟って、頬を引っぱたいてやろうか。
……落ち着け。久瀬に反応するだけ時間の無駄なのだ。
未来を回避した時点で、奈律の任務は終わったも同然である。さっさと話を終わらせて蓮希に報告に行こう。
「はあ……それで、予想とは?」
「オーガ、俺に向かって炎を吐こうとしてたでしょ」
「そうですね」
「アレはね、防げたの。ただ、二激目が問題だった」
「二激目……?」
「思い出したんだよね〜。俺さァ、バスと一緒に壁に衝突した時に死んでなかったんだよ。防御に回ってオーガの炎を防いだその後、更に衝撃が来たんだ。それが致命傷」
「……あ、オーガの追い討ち」
オーガは溜め込んだ炎を吐き出すことで、多少気分を落ち着かせる。落ち着いて周りを見る余裕が生まれて、見つけた獲物目掛けて突進する習性があるのだ。
一般的に「オーガの追い討ち」と呼ばれる習性である。
「正解! オーガにバスごと潰されたからこその、圧死。どう? これが俺の予想」
「私がオーガ相手をしたから、致命傷には至らなかった」
久瀬がバスに潰されることは防げなかったが、死因そのものは防げたということか。
彼の未来視が不明瞭だからこそ、こうして変化を差し込む余地があった。
「なるほど。教えて下さりありがとうございます。さて——」
「ん?」
疑問を解消した奈律は次の行動に移ることにした。
「「ダンジョンブレイク」の事後処理をしましょうか。マスターが呼んだ他の探索者が来るまで、逃げ遅れた民間人を安全な場所に移動させますよ」
「ん? んん??」
「何を驚いているんですか。専門機関に引き継ぐまで、現場対応は探索者の仕事でしょうが」
目を白黒させている久瀬を放置して、奈律は蓮希に連絡を取った。




