“第六感”
奈律は久瀬の後ろを走りながら、通信機器を装着した。
チャンネルを合わせてクランに連絡を取る。
「こちら、千葉です。周辺で異変を察知しました。何が起こっているか分かりますか?」
『蓮希だ。近くで「ダンジョンブレイク」が起こった。ダンジョンの対処はひぐれに任せている。奈律は久瀬と二人で外に溢れた魔物を殲滅しろ』
「深谷先輩が……了解しました」
通信機器にはGPS機能がついている。
現場の近くにいる探索者を探し、そのまま指示を出せるからだ。
ともかく、深谷が対応しているなら安心だ。性格に難はあるが、実力は確かだから。
「久瀬先輩」
「聞いてたよ。音からして近いし、さっさと終わらせよっか」
走ることで髪が後ろに流れ、久瀬の耳にも奈律と同じインカムがついているのが見えた。
走りながら、奈律はどんどん気温が暑くなっているのを感じた。久瀬の言葉通り、現場は近くにあったらしい。
アーケードの出口に近付き、より鮮明に魔物の唸り声と人々の悲鳴が聞こえてきた。
「マスター、あの、人員は私たちだけでしょうか?」
『今向かわせているが、まだかかるぞ。何か問題が……ああ、久瀬の心配はしなくていい。奈律はただ、選択を間違えるな』
蓮希は珍しく要領の得ない言い方をした。
久瀬の死ぬかもしれない時間まで一時間を切っている。このまま奈律だけで対処し切れるか分からない。
「選択を……? それは一体——」
その、刹那。
ドガアァァァァン!!!
右を向いて呆然としている久瀬へ、横から飛んできたバスが直撃した。
スローモーションになった視界から、久瀬が瞬きの間に消えてしまうのを見て、ドッと冷や汗が噴き出した。
「——ぁッ、久瀬先輩!」
我に返った奈律が急いで前に出る。
遠ざかるバスの反対に、殺気立ったオーガがこちらを睨み付けていた。深く息を吸って尋常じゃないくらい胸が膨らんでいる。
(デカイのがくる!)
まだ、逃げ遅れた人がいる。
けれど、護衛対象がバスと接触してしまった。
あんなに派手な音を立ててぶつかったのだ。はたして、久瀬は無事で済んでいるのだろうか。
奈律は迷った。
迷って無意識に、つま先が久瀬の方を向いて——いや、そうじゃない。
“第六感”
奈律は咄嗟にインカムのチャンネルを蓮希から近くに変えた。
カチ、という音が鳴り、腰に据えていた日本刀に手をかけ、オーガと真正面から対峙する。
すう、と息を吸い。
「久瀬先輩!!」
久瀬の名前を叫ぶ。
大声を出す意味はない。
それでも、決意を表明するために奈律は声を張り上げる。
「契約に則り! 私は貴方ではなく、オーガの対処を優先させます!」
一つ、久瀬を最優先にしないこと。
捨てた選択を再び拾い上げたりはしない。
奈律がやるべきことは、今この瞬間、目の前のオーガを殲滅することのみ。
鞘から抜いた刀を構え、奈律はオーガに向かって駆け出した。
***
(あ——しくった)
間違えた。
眼前に迫ったバスが久瀬に衝突した時、数瞬前の自分の行動を後悔した。
アーケードを抜けた先。
まだ逃げ遅れた人々がいる道路沿いで、無作為に暴れ回るオーガを発見した。
巨大な体躯が建物を破壊し、アスファルトを陥没させている。
久瀬は咄嗟に“殺気”を放った。
それがいけなかった。
錯乱しているオーガの意識を自分に向けさせるために、民間人に標的が向かないよう取った行動が悪手であったと。
「だいじょうぶ……大丈夫だから……」
優れた聴力がバスの中から聞こえた声を拾った。それを、人が残っているバスをオーガは全力で投げたのだ。
バスから響く、女と子どもの悲痛な叫び。
避けてはいけない。
久瀬が避ければ、彼女らは死んでしまう。
燃料が漏れているのか、オイルの臭いが鼻を埋め尽くした。
自分の視界に広がったオーガの周囲でチリチリと爆ぜる火花。
久瀬の中に“爆発”の可能性が浮かび上がった。
こんな場所で爆発なんかすれば、死傷者がとんでもない事になる。
(バスを火種から離す必要がある。もしくは人のいない場所なら)
まずアレから距離を取って、バスを受け止めて民間人を脱出させなければ——けれどオーガは待ってくれない。
炎を吐き出しながら背中を上下させている。肺を膨らます姿は準備動作のようだった。なにか、大きな攻撃準備のような——
そこまで確認した瞬間、バスが久瀬にぶつかった。
大きな質量と一緒に後方に吹き飛ばされる。
全身をハンマーで殴られたような感覚に顔を顰めながらも、久瀬は真っ先にバスの中にいる民間人の保護を優先した。
魔力を操り、彼女らの周りに光属性の薄い膜を作る。
衝撃を緩和するバリアのようなものだ。
これで、少なくとも彼女らが直接巻き込まれることはない。
(不味いな……一発なら何とかなると思うけど、問題は二発目)
一発目は炎の遠距離攻撃。
なら、二発目は? 同じ技を使うのか。それとも別の攻撃をするのか。
爆発だけなら久瀬一人でどうにか出来るが、オーガが邪魔だった。
久瀬が今抱えているのは、小さな衝撃で爆発する可能性のあるバスなのだ。
全神経を集中させないといけない状況で、アレほど煩わしい存在はない。
『久瀬先輩!!』
悩む久瀬の耳元から奈律の叫び声が聞こえた。ごちゃごちゃした思考をぶち壊す、迷いのない力強い声で、
『契約に則り! 私は貴方ではなく、オーガの対処を優先させます!』
お前を見捨てると宣言された。
「——あ゙ははッ!」
拒否なんて受け付けないと、言葉の端から滲ませた奈律の声に、久瀬は口角を吊り上げる。
蓮希が奈律をバディに選んだ理由を、久瀬はようやく思い知った。
彼女は二択を間違えないのだ。
久瀬の望んだ選択《正解》をキチンと拾い上げた。
それはある種の「信頼」だった。
久瀬なら大丈夫という意識が現れた行動を奈律は取った。
ならば自分も、すべき事をしよう。
やるべきことは、一つに絞られた。




