ピンとが合わない先輩
六時間後、というタイムリミットについて。
時間ぴったりに“何か”起こるのか。
それとも、前後に誤差が生じる可能性があるのか。
「あ、そうだ。死因はね、分かるよ。俺はバスに潰されて死ぬ。天気良かったし、空からぺっしゃんこかも?」
空から降ってきたバスによる圧死。
そんな後出し情報を聞いた時は思わず殺意が湧きそうになったが、有力な情報に間違いない。
ただでさえ久瀬から得られた情報は少ないのだ。その少ない情報の中で、奈律は取捨選択をする必要があった。
「……空からバスが降ってくるって、どんな状況なのよ」
「さあ? 降ってはこないかもよ? バスに潰される、の部分さえ合っていればさ」
「んん! なら、外出は悪手では?」
離れて歩いていた久瀬に独り言を拾われた奈律は、きまりが悪い気持ちを誤魔化すように咳払いし、護衛対象に問いかけた。
外に出なければバスを見ることもないだろうに何故外出しているんだ、という疑問を。
「も〜さっき約束したばかりでしょ。契約のこと、忘れちゃった?」
「……失礼しました」
任務を引き受けた際に課せられた契約。
その一つに触れた自覚がある奈律は素直に引き下がった。
一つ、久瀬の行動を妨げないこと。
一つ、久瀬の指示は基本的に従うこと。
一つ、久瀬を最優先にしないこと。
特に、最後の項目は厳守すること。
護衛対象を優先しない護衛任務とは? と疑問が尽きないが、深く考えないことにした。
任務に支障がでるとも思えないし、奈律の不利益になるような内容でもない。
(あと、四時間)
「久瀬先輩はこれからどちらに向かわれるんですか」
「あー、ご飯食べに行こーよ。俺、朝からなんにも食べてないから腹減ってんだよね」
「了解です。どちらのお店に行きますか?」
「おすすめの場所があるから着いてきて!」
どこかお気に入りの店でもあるのかと思っていたが、連れてこられたのはファミレスチェーン店であった。
深夜まで営業しているこのファミレスを奈律も何回か利用したことがある。
……おすすめの場所がファミレス。
もちろんファミレスを選ぶこと自体悪くはないのだが……こう、奈律の想像するおすすめとズレている気がした。
移動に三十分。
料理が運ばれてくるのに、三十分。
食べながら久瀬が一方的に喋り倒して、一時間が経過した。
(あと二時間)
逐一時計を確認していた奈律は、食べ進めながら器用にぺちゃくちゃと口を動かす久瀬を観察する。
彼から焦りも緊張も読み取れない。普通の休みを普通に満喫しているみたいだ。
とても、死が迫っているようには見えない。
死への恐怖を表に出していないだけか。
それでも普通なら、隠していても滲み出るものではないのか。
それとも、恐怖という感情が欠落しているのか。
いくら考えても、久瀬という人間が奈律には理解出来なかった。
***
(……俺の行動が理解出来ない、って顔だ)
奈律が興味を持とうが関係ない。
ただ無言が嫌いだから、久瀬にとってもどうでもいい世間話を続けた。
それに、人間性とはそういう些細な反応から察することができる。
ピシ、と綺麗に伸ばされた背筋。
会話相手である久瀬を真っ直ぐ見つめる瞳。
キチンと清潔感のある彼女の身だしなみ。
蓮希に紹介された奈律はどうやら初印象同様、真面目な性格をしているようだ。
くだらない話を遮ることはなく、相槌を打って反応するくらいだから、本当に久瀬とは正反対の人間だなと思った。
「ごちそーさま! 俺が奢るって言ったのに、本当にコーヒーだけで良かったの?」
「はい。私は大丈夫です。コーヒーご馳走になります」
「どういたしまして。じゃ、行こっか」
久瀬が伝票をもって立ち上がる。
財布なんて持ってきてないから支払いは電子決済。店員に「ごちそうさま」と軽く会釈して店を出た。
「次はどこに?」
「そこら辺を適当に〜」
「は? ……了解です」
奈律の質問に適当に返事して適当に歩いている間も、後ろを着いてくる奈律は周囲を警戒しているのが感じ取れた。
だって、さっきから重い空気が背中にピリピリと突き刺さっている。
(仕事中は常に気を張ってんのかねぇ)
もっと肩の力を抜けばいいのに。
気を張り続けるのにも限度がある。いざと言う時に動けないのは探索者として致命的だ。
まあ、オッサンの説教ほどウザイものはないと知っているから、久瀬がそれを口に出すことはないのだが。
国道沿いを進み、住宅街を抜ける。
そして、久瀬の視界に入った商店街の前に立ち止まった。夕方の時点で店のシャッターがほとんど閉まっている。
「ここを通るんですか?」
「う〜ん。いや、やっぱり行こう!」
奈律の言葉に久瀬は少し悩んだが、せっかく目に付いたので通ってみることにした。奈律と並んで歩きながら頭の後ろで手を組む。
「人いないね」
「最近ここの近くにショッピングモールが出来た影響でしょう」
「へえ、そうだったんだ」
「……結構大々的に宣伝していたと思いますけど、見てないんですか?」
「うん。んー、バス見かけないね」
「そう、ですね」
バス、という単語を聞いた瞬間、驚いて言葉が詰まらせた奈律に久瀬はニヤリと笑う。
「こいつ、適当にふらついてたんじゃないのか。って感じ?」
「そんなことはッ」
「いーって。適当に行動してんのは事実だしね。考えすぎない方がいいよ。俺も分かんないし」
「……適当ですね」
「ふは、そう、適当なの。別に警戒してもいいけどさァ、変わんないから」
「変わらない……?」
アーケードを通り抜けて商店街の出口が見えてきた。
命が危険にさらされている以上、確かに事前に回避出来るならそれに越したことはない。
でも、それだけなら久瀬にバディは必要ないのだ。




