暇の埋め方
「朝日先輩!」
遠藤の震えが治まったのを確認して立ち上がった奈律が朝日の名を呼ぶ。
「ん〜、採用よ〜! 雅希ちゃん、ちゃあんと見ててね。お姉さんの魔法魔法♪」
それだけで奈律のして欲しいことを察してくれた朝日が、呆然と口を半開きにしている遠藤へウインクを飛ばした。
「ダンジョンってのはね、どれだけ魔物を殺してもボス個体を仕留めなきゃゲートは開かないの。ほら、あっちにトロールがいるじゃない?」
「え? ええ?」
朝日が長杖で草原の向こう側を指す。
奈律が目を凝らしてようやくトロールの姿を捉えられた。見つけられなかった遠藤は目を白黒させて、それでも首を伸ばして探している。
遠藤の行動を見て可笑しそうに笑った朝日が長杖を上空に傾けた。
「逆に言えば、ボス個体さえ殺せばいつでもゲートを出れるのよ」
丁度いい位置を探るように杖先をゆらゆらと揺らし、ある一点で静止した。
「派手な方が分かりやすいかしら。いくわよ〜——『天紫電』」
一際大きな閃光に目が眩み。
遠く離れた地面の割れる音が耳に入り。
耳をつんざく雷鳴が数秒遅れて鼓膜を揺らした。
奈律が朝日の元へ駆け寄るその上空で、紫色の雷光が研ぎ澄まされた刀の一閃のような残影を残していた。
「お疲れ様です。さすがネクサス屈指の後衛、“千雷の魔女”と言ったところでしょうか」
「もう、意地悪言わないで。私はどんな呼び名も受け入れるけれど、その呼び名だけはやあよ」
柔らかな口調で放たれた優しい拒絶。
朝日に嫌な思いをさせるつもりはなかった奈律は直ぐさま詫びを入れる。
「そうですか。気付かずに失礼しました」
「んふふ、許してあげる。なっちゃんだから特別よ〜。それで? 今日はもう解散したい?」
「そう、ですね。これから他のダンジョンへ行っても大した収穫はないかと。なんと言いますか、彼は自分の力量をきちんと把握しているんでしょうか?」
「なっちゃんはそれが気になるの?」
朝日の問いを無言で肯定する。
不合格になった遠藤に関与するつもりはないが、離れたあとに直ぐ死なれるのは目覚めが悪い。これが仕事に関係のない勝手な私情だという自覚はある。
だから、蓮希には言えない。
少し離れた場所で腰を抜かしている遠藤を一瞥し、彼の態度を思い返して苦笑する。
「私は彼に嫌われてるみたいなので、朝日先輩しか頼れないんです」
「あら、嬉しいわ〜! それって、私の“解釈”でいいのかしら?」
「もちろん。朝日先輩なら私の不安要素を正確に察しているでしょうから」
信頼を乗せた奈律の目を見て、朝日は照れくさそうに身体を揺らした。
「なっちゃんからのお願いなんて珍しいものね。お姉さんに任せてちょうだい」
「ありがとうございます!」
快諾してくれた朝日に向かって奈律は勢いよく頭を下げた。
プライドが高いのは結構だ。
そんな人間、探索者の中に腐るほどいる。
ただ、プライドだけの能無しはタチが悪い。
だから奈律は朝日に頼って、遠藤の才能の有無を確かめてもらおうと思った。
その結果によっては、すぐにでも「不合格」を突きつけるために。
さて、早々に朝日たちと別れて次にとった行動は深谷への連絡であった。
今日は水曜日。
新人研修の月火水は遠藤、木金は白井の方へ向かうよう蓮希に日程を整えてもらった。
朝日から連絡を貰うまで時間が空くからと、深谷に合流の旨を伝えたのだが……。
『あ? 別に、つーか暫くこっちに来んな』
「……意味が分かりません。私、白井さんの新人研修やめてませんからね?」
『んなの知ってんよ。新人鍛えるためにやりてーことがあんだわ』
つまり奈律が一緒だと不都合だということか。
新人研修で深谷は奈律の直属の上司にあたる。深谷が考えがあると言うのなら、奈律は大人しく引き下がるしかない。
「……了解です。終わり次第、連絡して下さい」
『おー、じゃな』
通信が途切れ、奈律は平日の真っ昼間から暇になってしまい途方に暮れた。
***
ネクサスの主な仕事は、管轄ダンジョンの定期的な攻略だ。
奈律と他のメンバー、最大四人で組んで行動する。担当するダンジョンの等級で人数は変化し、低い等級の場合は一人で攻略することも多い。
深谷と朝日も仕事の時に出会った人たちだ。
メンバーによって奈律の立ち位置や戦闘行動も変化する。最初の頃はついて行くので精一杯であったが今では随分と慣れたものだ。
でも、やはり——一人で行動する方が楽だと奈律は思う。
「ふう……」
深谷との連絡が終わったその足で探索者協会へダンジョン攻略の申請を行い、次の日に響かないC級ダンジョンに赴いていた。
新人研修を請け負っている奈律は、現在仕事でのダンジョン攻略を免除されている。
休暇なりなんなり自由に過ごせばいいのだが、突然空いた日程を埋めるような趣味を奈律は持っていなかった。
単純に鍛練もできて、ダンジョン内の魔物を全滅させるつもりで動けば時間も溶ける。
副業で探索者になる人もいるというのだから、ダンジョン攻略はある意味奈律の趣味と言っても差し支えないだろう。
魔物と相対しつつ森林を真っ直ぐ進めば、このダンジョンのボス個体であるオーガを視認した。木を影に身を隠し、オーガを観察する。
周りに取り巻きはおらず、奈律に気付いた様子もない。
離れた位置からぐるりと迂回してオーガの死角を陣取り——オーガが反応する隙を与えずにその首目掛けて跳躍。空中で半身を捻り、構えた刀を大きく振り抜いた。
以前と同じ失敗はしない。
ぐぐ、と分厚い皮膚に阻まれそうな刃先をゴリ押しで、確実に斬り飛ばすように上半身に力を込める。
ツプ、とミリ単位でもひっかかればあとは簡単だ。
そのまま斜めに一閃して、オーガの首が宙を舞う。血飛沫がスーツに付着する前に着地して直ぐに後退する。
オーガが倒れた拍子に起こった突風を背に、奈律は刀を持つ反対の手を眺めてある違和感を口にした。
「……弱い?」
あの時、「ダンジョンブレイク」で相手したオーガよりも強度が弱い気がする。いや、これは奈律が強くなっただけか。
死角からの奇襲による抵抗の有無。
オーガの感情の起伏の差。
周囲に民間人がいない状況。
これらが上手く噛み合って、前より楽にオーガを倒せたという可能性を思い浮かべた。
「ま、いいか」
倒せたのは事実だ。
反省はいつでも出来る。
いい感じに時間を潰せた気がするし、今日はここまでにして魔石を回収してダンジョンを出るとしよう。




