遠藤 雅希
すみません。投稿を忘れていた話がありました。
割り込み投稿したので、この話よりも先に 幕間 裏の展望 を確認ください。
「朝日さん、おはようございます! ……む! 隣にいる人間は誰なんですか!?」
腹から出した大きな声に、口を大きく開けて仰け反る自信たっぷりの立ち姿。細いつり気味の目に太めの眉。
細い手足に相反した全身を覆う鎧。
奈律から見て少々、態度からして小物臭が漂っている彼が、蓮希が問題視している遠藤雅希なのだろう。
朝日に向かって親しげに手を振り、奈律を見とめてあからさまに嫌そうな顔を浮かべた。腰を低く構えて歯をむき出しにしている。
「おはよ〜雅希ちゃん。この子はなっちゃんで貴方の先輩なのよ〜」
「千葉奈律です。今日から新人研修に同行させて頂くことになりました」
「ふん!」
奈律の挨拶を無視した遠藤のチクチクとした視線が全身に突き刺さっている。
隠すつもりのない、警戒。
もしくは威嚇か。
初対面だからと警戒される言われはないし、遠藤は奈律が先輩と聞いて更に視線を鋭くさせていた。
(後輩のする目つきじゃない。生意気な視線……朝日先輩にかっこつけてるの?)
生意気なことは構わないが、挨拶を無視するなんて遠藤の常識を疑ってしまう。遠藤の奈律への態度には朝日も見過ごせなかったのか、頬に手を当てて彼に注意する。
「こらこら、挨拶は基本でしょう? しっかり出来る子の方が立派よ〜」
「むむッ、遠藤雅希だ。先輩だかなんだか知らないが、貧乏臭いスーツを着て僕と親しく出来ると思うなよ!」
(ほう——)
遠藤の口撃に奈律はうっすらと目を細める。
貧乏臭い、までは許そう。
例え口からデマカセでも事実は事実。奈律はそれまで裕福な生活は送ってこなかった。
ただ、スーツを馬鹿にするのは頂けない。
奈律が着ているスーツは探索者になってからオーダーメイドで購入した特注品なのだ。
社会人ならスーツだろう、という謎の拘りで仕立て屋に依頼し、金に糸目を付けずに様々なオプションをつけてもらった。
その総額、100万円。
懐が痛い所ではない。支払い後はしばらくジリ貧生活を送っていた。
そんな思い入れのあるスーツを遠藤は馬鹿にしたのだ。
舐められぱなしでは奈律の立つ瀬がない。
一発かまそうと拳を握ったところで、背後から朝日がため息をついた。
「あら〜、喧嘩しないでね」
ひやり、と。口調は柔らかく優しく聞こえるはずなのに、どこか冷たさを感じる声だ。これ以上朝日に迷惑をかけたら不味い、と本能で理解する。
奈律は直ぐに拳を納めて背筋を伸ばした。
遠藤だけが朝日の変化に気付かず、腰に手を当ててふんぞり返っている。
「……すみませんでした。遠藤さん、貴方が私を嫌っていても関係ないです。私はマスターからの依頼でこの場にいて、貴方と親しくするつもりは一切ありませんので」
「なっ! 朝日さん!」
「蓮希ちゃんからの依頼なのは事実よ〜。雅希ちゃん、なっちゃんと一緒に今日も頑張りましょうね!」
「ひゃ、ひゃい……ゔうん! しょうがないから一緒に行動してやろう!」
「はあ」
奈律の言葉に憤慨した遠藤は、朝日に手を握られて微笑まれただけであっという間に静かになった。随分と扱いやすい男だ。
奈律は怒る気も失せて空返事で返した。
「じゃあ、さっそく行きましょうか。今日のダンジョンはD級で、草原地帯になるわ〜。メインの魔物にはゴブリン、ボス個体はトロールだったかしら」
「草原地帯ということで、比較的に遮蔽物は多いと思います。トロールはゴブリンよりも動きが遅いですが一撃の重さが段違いです。トロールに挑む時にゴブリンとのスピード差に混乱しないよう気を付けましょう」
「言われなくても分かっている! 朝日さん、では行きましょうか!」
完全に奈律を見ないふりをするようだ。
朝日にキメ顔を決めた遠藤が真っ先にゲートに入ろうとしたので、彼の肩を掴んで動きを止める。
「な、なにをするんだ」
「それはこちらの台詞です。先導は私がしますので、貴方は後ろからついてきて下さい」
***
カチャカチャ、カチャカチャ。
「はぁ、はぁ……ぜェ、ぜェ」
進む度に響く鎧の関節部分が擦れた音。
道程の半分にも達していないのに、もう息を切らした遠藤の呼吸音。
ダンジョンに入って一時間。とても新人研修とはいえないお粗末な現状であった。
これまで三度、魔物と遭遇して遠藤が倒したのはゴブリン一匹。それも、奈律が仕留め損ねた瀕死の個体である。
「……朝日先輩、少し時間を貰ってもよろしいですか」
「いいわよ〜」
「ありがとうございます」
朝日に目配せすると、彼女は緩く頷いて長杖を振るった。
ゴロゴロと雷音を響かせた空に雲が集まり奈律たちの頭上に影を差す。見守る姿勢を見せた朝日に軽く頭を下げる。
ドゴォォン!!
その瞬間、一定の範囲に侵入したゴブリンの頭上に雷が落ちた。
「ひぇ……」
「どうして遠藤さんが驚いているんですか。朝日先輩の魔法を見たことないんですか?」
「あ、あるに決まっているだろう! 急に大きな音がしたから少し驚いたんだ!」
へっぴり腰ではまるで説得力はないが、話が進まないため一先ず納得しておく。
「そうですか。遠藤さん、少しお聞きしたいのですが、その装備では動きにくくありませんか?」
「何を言っている! これは僕に必要な装備なんだ! ペラペラのスーツを着ているお前には理解出来ないだろうがな!」
「いいえ。自分の動きを阻害している時点で、適切な装備とは言えません。その鎧を脱いで回避に徹した方がよっぽど自衛になります」
「なんだと!?」
「これは忠告です。動くだけで体力を消耗し、サイズが合っていないから攻撃にズレが生じている。私でも分かる問題を貴方が理解出来ないはずないですよね?」
「当然だろう! あっ……」
奈律のわざとらしく煽りを含んだ問いかけに遠藤は反射的に肯定する。
(よし、言質とった)
プライドの高そうで見栄を張る性格なのは、この短期間で把握した。
見下している奈律へ一度肯定した言葉を撤回するのさぞ屈辱だろう。
今だって、どうしたものかと目を彷徨わせながら、ギリギリと歯を食いしばっている。
「理解されているならいいんです。遠藤さんはその状態でどうやって戦うつもりなんですか?」
「ど、どうやって?」
「はい。剣は持たれていますが、扱い方がなっていない。鎧も原因の一つでしょうが、そもそも剣に振り回されている。まさか、そんな状態で前衛、などとは口が裂けても言いませんよね?」
「う、うぅ……」
涙目になった遠藤はいよいよ腰が抜けて地面に尻もちをついた。遠藤と目線を合わせるために、奈律も腰を下ろす。
「適切な判断を下してください。貴方がそれでも良いと仰るのなら、私はこれ以上口を出したりしません。ですがもし死ぬような状況になった時、貴方は後悔しないと断言出来ますか?」
死ぬような状況、と言った瞬間、遠藤は彷徨わせていた視線をバッと奈律に合わせた。
予期してなかった可能性を聞かされて驚きを禁じ得ない、といった表情だ。
魔物を処理する落雷を背後に、奈律の言葉を咀嚼する遠藤を静かに待つ。
「……ふ、ふん。僕は死なない。父さんと母さんを残して死ぬもんか。……でも、お前の意見も一理ある。仕方がないから、今回だけは従ってやる」
手足を震わせながら、それでも見栄を張るのを止めない。
ここまで奈律に詰められてもなお崩さない強情な姿勢にむしろ感心を示した。
意思の強い人間は嫌いじゃない。
いざという時の判断を迷わないから。
蓮希の決定に異を唱えるつもりはないが、彼を最初から不合格にするのは少しだけ勿体ないな、と奈律は密かに考えた。




