変化と成長、そして急転 *
白井菫には、合わせて五人の弟妹がいる。
一番下の妹とは10以上も離れており中学生になったばかりだ。
両親は白井が成人した時に失踪して行方が分からず、小さな弟妹を育てるために大学は中退した。
そして、危険だが大金を稼げる“探索者”になった。
探索者とは誰にでもなれる職業じゃない。
まず前提として才能が“覚醒”する必要がある。全人類の体内に魔力が宿っていると言われているが、それを運用するためのスキルや魔法がなければ意味がない。
最年少覚醒者は9歳の少年だという。
15になる前に覚醒すれば早熟であり、成人までに覚醒するのが普通。20を過ぎたら遅咲き扱いになる。
その中で白井は二十歳の誕生日に覚醒した——ギリギリ普通の探索者であった。
「よ、よろしくお願いします!」
初めて入ったクランの期待に満ちた視線を受けて、顔を真っ赤にした白井は緊張でブルブルと震えるしかなかった。
——君には期待している。
クランのマスターに言われた第一声がこれだ。魔力が豊富で風属性の才能がある白井はクランのメンバー全員から注目されていた。
みんな優しい人たちだ。
事前準備もせず闇雲に探索者になった白井に親切に教えてくれた。
だから、仕方がなかったのだ。
白井の魔法でメンバーの一人を怪我させたのだから。
白井が間違えなければ起こらなかった事故。
治療費を出しても、何度も謝罪をしても、メンバーが許してくれても、白井は自分自身が許せなかった。
突然芽生えた力があまりにも強大で、人を怪我させる魔法を自在に扱えない自分が怖くなった。
(もし、また怪我をさせたら——)
そうなれば、白井は一生ダンジョンに入ろうとは思わないだろう。
『姉ちゃん!』
後ろ向きになって諦めようとした白井の脳内に愛おしい家族の声が聞こえてきた。
家族がいる。
大切な家族が。
あの子たちのためにも白井は諦めてはいけないし、諦めるつもりもない。
何にも変え難い大切な存在を守るために白井は今日まで過ごしてきた。
ある時、転機が訪れた。
25を過ぎて駄目元で応募した大手クラン「ネクサス」の加入試験に合格したのだ。
「お前はまだ“仮加入”ってのを理解してろ」
飛び跳ねて喜び期待を胸に向かった場所で言われた言葉に、白井は酷く落ち込まされた。大手だからか分からないが、試験に合格して終わりじゃないらしい。
(募集要項なんて、詳しく見てないよぉ!)
これに関しては白井の落ち度であるので、すぐに気持ちを切り替えた。研修を合格すれば問題ないのだから何時までも引きずってたら駄目だ。
なんせ、ネクサスに入ることは白井とってメリットだらけである。
ネクサスの管轄ダンジョンに入れるし、大手なら白井より強い探索者がごろごろいるはず。白井の失敗もたいした問題にならないかもしれない。
それでも不安が残った“仮加入”も奈律の言葉で払拭された。報酬を全部くれるなんて、普通なら有り得ない。
目の前に報酬をぶら下げられた白井は目に見えてやる気に満ち溢れた。頑張れば頑張る分だけ稼げる。
もし、不合格でも研修中は前の何倍も収入は増える。
研修を出来るだけ長引かせ、あわよくば正式に合格したい。
そんな気持ちを胸に白井は研修初日を迎えた。
***
「つ、強い……!」
これが「ネクサス」メンバーの実力かと、白井は感嘆する。
ダンジョン内で深谷は静観、奈律はサポートという白井を完全にメインに据えた配置で進んでいった。
白井の大技で周囲の魔物を殲滅したタイミングで奈律に質問する。
「千葉さんは何のスキルを使ってるんです?」
「今は『身体強化』を使用しています」
「え、『身体強化』だけですか?」
「はい。C級ダンジョンですし、今回はサポートするだけなのでそれで十分だと判断しました」
「おい、無駄話してねぇでさっさと進むぞ」
「了解。白井さんは大丈夫ですか?」
「はい!」
深谷に諌められ話は中断されたが、白井は先程のやり取りで大きな収穫を得た。
(凄い! 若そうなのに、あたしよりもずっとずっと強い人なんだ!)
奈律の強さを見て期待に胸を膨らませた白井は、次の瞬間、ハッとして逸る気持ちを落ち着かせた。白井は今、過去に向けられた視線を奈律に向けてしまった。
期待とは時折、重責となって足枷になる場合がある。
白井が挫折しかけた原因も元いたクランの純粋な期待からだ。
周囲から向けられる重圧の負担を理解しているからこそ、白井は彼女にそれを向けてはいけない。
「集団が来ます! 白井さん、いけますか!」
「いけますッ!」
魔物の集団へ杖を構え、広範囲に攻撃するための魔力を練る。練った魔力が身体を伝い、杖の先端に集中していく。
(このくらい……で、いけるの? 失敗したら、二人の足を引っ張っちゃう)
奥底に潜んでいた不安が、過去の経験による自信を上回った瞬間だった。
(もう、ちょっとだけ——あッ!!)
バチバチッ!
杖を持っていた右手に電流が走った。白井の制御から隔たった魔力が止める間もなく杖先に迸っていく。
『天穿風臥』
ぐわ、と瞬発的に魔力が大きく膨らみ、魔法を口にする前に巨大なエネルギーが白井の手から離れてしまった。
結果的に奈律は無事だったし、魔物の集団も倒せた。そして、教育担当の二人から懐疑的な視線を向けられもした。
言い訳する言葉が震えていないか。
表情に負の感情が映っていないか。
誤魔化すつもりはないけど、正直に話して失望されて、初日で“不合格”になるのがいっとう怖かった。
「なるほど。白井さんは自分がなんとかしなくては、という気持ちが強いんですね」
白井の攻撃で身の危険に晒されたのに、どうして冷静でいられるんだろう。
「先程の攻撃で周囲の魔物は倒し切りました。見事な魔法です」
制御しきれなかっただけの中途半端な魔法を、どうして褒めてくれるんだろう。
白井が奈律の言葉を素直に受け入れられないでいると、ずっと後ろで静観していた深谷が前に出てきた。
「おめーが気にすんのは自分のことだけだろーが。それともなんだ? 俺らに気を回す余裕があるってんか?」
無愛想な顔でほとんど睨み付けたような深谷の言葉に、白井の中で巣食っていた霧が晴れる思いであった。
そして理解する。
二人は白井の期待ごときで潰れるような人間ではない。どれだけ重圧をかけられても、きっと涼しい顔で背負うんだろう。
「そう、ですよね! あたしの考えは二人に失礼でした! あたしがやりきらなくても、二人なら何とかしてくれる。それを頭に入れてこれから頑張ります!」
前提から間違っていたのだ。
失敗を恐れて動けないなんて、探索者として失格だ。
前のクランで教わっただろう。
(——足を動かすことを絶対に止めるな)
前に進めなくても動かし続ける。
いつか結果として実を結ぶことを願って。
研修中でどれだけ成長出来るのかは、まだ分からない。
分からないけれど、二人と一緒に行動することが白井の成長に繋がると確信している。
していたのに——
「あの、深谷さん」
「んだよ」
「千葉さんはどこです? もしかして今日はお休みですか?」
新人研修から一週間以上が経過した頃。
待ち合わせのダンジョンの前にいつもなら奈律と深谷が並んで待っているはずが、深谷しかいなかった。
嫌な予感に疑問を漏らせば、深谷が意地の悪い顔でニヤリと笑い、
「アイツは別件が入りやがった。今日からしばらく俺と二人になんよ」
心底愉しそうに奈律の不在を告げた。
「え、ええぇぇぇ!!!」
未知である。
今までの攻略はほとんど奈律と二人でしか戦っていない。深谷の能力は未知数なのだ。
挑戦しようと決意した最中のこの出来事は白井にとって酷く衝撃で、不安が思わず叫び声となって漏れ出たのだった。




