もう一人の新人
奈律の返事未満の言葉を聞いた朝日が、嬉しそうに握った両手を緩く上下に振る。
「あら、いいお返事! じゃあ、続きはカフェで話しましょう。お姉さんが奢ってあげちゃうわ〜」
「いや、ちょっと話が見えなくて——朝日先輩、私、今新人研修を担当しているので、一緒に行動するのは難しいと言いますか」
「そんなの知ってるわよ〜。私も担当になってるんだから」
「朝日先輩もですか!?」
奈律は唖然とした顔で頭だけを蓮希の方へ向ける。
新人一人に三人も担当する余裕があるのか。本当に朝日も追加されるのかという疑問が奈律の頭を埋めつくした。
「奈律、お前さては『人事報告』のメール最後まで読んでないな?」
「え、最後までは……読んでませんね」
白井の名前とその下に書いてある教育担当の欄を確認して読むのを止めたから最後まで読んではいない。
蓮希の言葉に何かを察した奈律はそっと朝日の手を外し、急いでメールをスクロールした。
「し、新人が二人いる……」
白井のページの下にはまだ続きがあった。
遠藤雅希という、もう一人の新人の教育担当である朝日。
スマホから目を離した奈律に朝日がウインクする。
「その子が私が担当してる子よ〜。なっちゃんには雅希ちゃんの教育担当にもなってもらいたいの!」
「私が、新人二人も? マスター、私には荷が重過ぎます。考え直して下さい!」
「奈律——少し落ち着け」
余裕な態度を崩さない蓮希に奈律は言葉を詰まらせる。予想だにしない話に動揺した奈律だが、それは当然と言えば当然だ。
一年経過したとはいえ奈律はまだ新人と呼ばれてもおかしくない立場であり、新人を二人見ろなんて話は本来なら有り得ない話である。
蓮希が何を考えているのか奈律には分からなかったが、自分の手に負える仕事ではないことは理解出来ていた。
だから、蓮希に何を言われても奈律は断るつもりだ。
固い意思を乗せて蓮希と視線を交わす。
「教育担当、というのは大げさな言い方だ。奈律には並行ではなく、分離して動いてもらう」
「分離、ですか?」
「そうだ。元々奈律には白井菫だけ見てもらう予定だったが、遠藤雅希……奴が問題でな」
「問題のある人間を加入させる道理はありませんよね。不合格になされば良いのでは?」
「それがそうもいかないんだ。そいつは“推薦”で突破した人間だからな」
クランに応募してくる人間は基本二つのタイプに分かれる。
一つはフリーの探索者又は探索者になりたての人間。もう一つが他のクランからの移籍してくる人間。
蓮希の言う推薦とは、後者の人間が元いたクランから推されて移籍することだ。
この人材は有能なのだがウチでは持て余すとか、サポートを十全に行えないなど様々な理由で推薦される場合がある。
「推薦を受けたこの人になにか問題でもあるんですか?」
珍しいこともあるものだ。
こと“推薦”される人材においては即戦力として扱うはずなのに研修を受けさせている。
「いや? 彼のいたクランに頼まれただけで遠藤自体はさほど有能だとは言えない」
「そうね〜一週間見てたけど、ちょおっとウチに見合う子じゃないわねぇ」
「だそうだ」
「推薦なのに有能じゃない。……頼まれたことに関係が?」
「『夜明けの双剣』からの推薦だよ」
「あ——」
『夜明けの双剣』
ネクサスに並ぶほど有名なクランだ。
マスターが“剣聖”の称号を持ち、日本最強とまで呼ばれている。
何が問題って、実力以外に別の意味でも有名なのだ。あのクランを一言で表すとしたら——
「ワンマンクラン」
マスターの圧倒的な実力だけで引っ張ってきた、いわばマスター以外パッとしない人間が集まったクランである。
マスター以外の『夜明けの双剣』メンバーの名前を挙げろ言われたら、奈律は口を閉ざしてしまうだろう。
「うふふ、ずいぶん率直な評価ね〜」
「あ、すみません」
「いいさ。マスター以外が有象無象なのは探索者の間で有名だからな。来る者拒まずで定員まで無差別に加入させるクランが悪い」
「しかし、断られる可能性の高いウチに何故頼んだのでしょう?」
仮にもマスターの人間がネクサスの研修制度を知らないはずがない。加入難易度が天と地の差があるのによく頼んだものだ。
「さあな。あちらの突拍子のない思考は私でも理解出来ないからな。折を見て不合格にするつもりなんだが、奈律には遠藤雅希の監視を頼みたい」
「監視、ですか。他のメンバーに頼めない案件なんでしょうか?」
「奈律に頼みたいんだ。人間の本性というのは、自分が下の立場だと思った人間へむき出しやすい。だから、ウチで唯一彼の歳下にあたるお前にな」
ということは遠藤は歳が下というだけで侮るタイプの人間なのか。
正直奈律の苦手なタイプだ。
「白井さんの教育担当はどうなるんですか」
「深谷もいるし、奈律が希望するなら外れても構わないよ。私としては今回の件を優先して頼みたいんだ」
蓮希の中での優先順位は遠藤の方が上か。
けれど白井と遠藤のどちらが奈律の成長に繋がるかと聞かれれば、圧倒的に前者に傾く。
奈律は少し考えて蓮希に問う。
「……完全に分離されているんですよね?」
「ああ、詳しい日程は後で伝達しよう。新人研修の予定もついでに送る」
「分かりました。それなら両方とも引き受けます」
「ありがとう」
マスターなら無茶な日程は組まないだろう、という蓮希への信頼が後押しとなって最終的に奈律は了承した。
「話がまとまって良かったわ〜。なっちゃん、これからよろしくお願いね」
「はい、よろしくお願いします」
こうして、もう一人は仮になるが奈律の新人担当の兼任が始まった。




