途中経過の報告にて
新人研修はすこぶる順調、と言ってもいいほど良好であった。
白井は探索者の基礎も出来ているし魔力の扱いも上手い。
たまに起こるドジにさえ目を瞑れば、白井の実力は優良物件も良いところであった。
そこは深谷も同じ反応のため、奈律の私情ではないのは確かだ。
白井の緊張がとけて攻略スピードが上がり、ここ数日は別のダンジョンをはしごしたりしている。
ドジの回数も減って、直近のボス個体との戦闘では全く起こらなくなった。
「長年染みついた癖を直すのは簡単ではありません。一週間という短い期間でここまで改善されたという成長の柔軟性を鑑みても白井さんは優秀な人だと思います」
奈律は深谷と共に、新人研修一週間分の報告を蓮希の執務室で行っていた。
部屋には奈律を含めて三人だけで、蓮希と対面する形で深谷と横並びになっている。
蓮希はデスクで資料を確認しながら奈律の報告に時折反応を見せ、話し終わった頃に顔を上げた彼女は奈律に向かって上機嫌で微笑んだ。
「奈律はずいぶん彼女のことを買っているみたいだな」
「私は客観的に見た結果を述べただけです。……私情などは入っていません」
「ふふ、そこは信頼しているさ。データ上だけじゃ分からないことの方が多い。実感に勝る情報はないからな。しぐれはどうだ?」
蓮希の視線が深谷に移る。
名指しされた深谷は面倒くさそうに頭をかきながら口を開いた。
「ほぼ変わんねぇよ。実力、期待値はどっちもマル。欠点も自覚してっから改善も時間の問題だ」
「ふむ、それで?」
「しいて挙げんなら体力と自衛の無さ。今まで火力でゴリ押せてたんだろーな。“次”の切り替えが遅せぇ……切り替えた後の行動もか」
「持久不足と自衛手段か」
「ま、致命的な問題でもねェだろ」
深谷の後半の話を聞いていた奈律は密かに驚く。
意識して白井の様子を観察していたはずなのに、彼が指摘した点は全然目につかなかった。
見極める立場の奈律が白井の欠点に気付けなかった……と自分の未熟さを自覚して一人で反省する。
「成長の余地あり。鍛えて直せるなら問題ではないな。自衛手段は人それぞれだから合格したらしばらく四人で組ませようか。持久不足もウチに入れば自ずと解決する。それじゃあ、一つ。彼女は“合格”には足らないか?」
「足りねぇな」
「そうか。奈律は?」
「……すみません。今は回答を控えてもよろしいでしょうか」
蓮希の問いに答えられない自分を不甲斐なく思いながら頭を下げる。
今回発覚した観察不足もあり、合否を決めるには判断材料が少ないと奈律は判断した。
蓮希は落ち込む奈律の名前を呼び、
「ふふ、構わない。まだ一週間しか経っていないんだから、ゆっくり考えなさい」
と顔を上げた奈律に優しい眼差しを向けて励ました。
「ひぐれ、足りない理由はなんだ?」
「アイツは“迷い”がある。無鉄砲に動くには歳過ぎてんだろーな。行動を迷う奴に誰が背中は預けんだ。これは、経験だけじゃどうにもなんねェよ」
もっともな指摘だ。
目を閉じて思い返せば、ダンジョン内で白井の行動が止まる瞬間は確かにあった。
奈律はドジの延長線で力んでいるだけだろうと気に止めなかったが、深谷はそれを“迷い”だと判断したようだ。
蓮希は顎に手を添えて深谷の発言を熟考し始めた。執務室に沈黙が落ちる。
トントンと人差し指でデスクを叩き、数分経った頃に腕を組んで背もたれに寄りかかった。
「追々、にしよう。まだ研修は始まったばかりなんだ。これで判決を下すには少し惜しい。今は白井菫の成長に期待しようじゃないか」
「分かりました」
「了解。つってもよぉ——」
蓮希の決定に場の空気が緩み、深谷が砕けた口調で切り出した。
「今んままじゃ変わんねェぞ。予定通り進めていいんか?」
予定通り、という深谷の発言に奈律が反応して声を上げる。
「あの、予定通りとは? 計画表みたいなものがあったんですか? 私に知らされていないんですけど」
「詳細は教育担当に任せているが、大まかな流れは通知しているだろう。深谷から聞いていないか?」
「……聞いてません。深谷先輩、これはどういうことでしょうか」
「あ、やべ」
深谷の焦りを含んだ上擦った声に目を剥いた奈律は思わず彼に詰め寄る。
「はい?」
「いや、態々最初っから最後まで伝える必要ねぇだろ! 次いく時に言えば十分だって思ったんだよ! 忘れてた訳じゃねェ!」
「ほう。忘れていた訳ではないと。それなら「あ、やべ」と言ったのはなぜでしょうか。焦る必要はありませんよね。忘れてた、と一言謝罪するべきでは?」
「……スミマセンでした」
降参だと言わんばかりに両手を上げて素直に謝罪を口にした深谷に、険しい表情だった奈律も多少冷静になる。
「それが深谷先輩の判断なら私は何も言いません。ですが、すべき報連相を怠るようなことは二度としないで下さいね。……話を中断させてすみません」
「構わない。それで、予定に関してはひぐれに任せよう。教育担当として適切な対応を取ってくれ」
「了解。ちっと考えるわ。もう用がねーなら帰んぞ」
返事を待たずに部屋を出た深谷の後に続いて、奈律も退室しようとしたのを蓮希に呼び止められる。
「ああ。奈律は少し残ってくれ」
「——? はい」
背筋を伸ばして蓮希へ向き直ったところで背後からノック音が響いた。
蓮希に変わった様子はないのを見るに、予め予定していた来客のようだ。
「入ってくれ」
「失礼するわ〜」
「朝日先輩……?」
「久しぶりね〜、なっちゃん♪」
「お久しぶりですね。半年ぶりくらいでしようか」
胸元で手を振りながら歩いてくる女が親しげに奈律の名を呼んだ。奈律は久しぶりの再会に胸を踊らせながら自然に挨拶する。
引き締まった豊満な身体を隠すように長い二藍の髪に、蒲公英色のタレ目。
艶やかな唇を緩く上げて微笑む上品な姿。
朝日真理——彼女も奈律の先輩であり、ネクサスの古参メンバーでもある。
「そうね〜。このまま楽しくお喋りしたいけど、今回は用事があるのよね」
「用事ですか?」
「あら、蓮希ちゃんってば、まだ伝えてなかったの?」
「今言おうとしたところだよ」
「タイミングが重なっちゃったのね〜。私から伝えていいかしら?」
「ああ」
「なっちゃん——」
「な、なんでしょうか……?」
何やら二人で話し込んでいるのを静かに見守っていた奈律の手を、朝日が両手でしっかりと握り締めた。
奈律より背の低い朝日が上目遣いであざとく首を傾げる。
「明日から、私と一緒に行動しましょうね」
「えっと……はい?」




