研修初日から
突如、背筋がぞわりと粟立った。
奈律は反射的に地面を蹴って上空に飛び退く。
「あわわわッ! 千葉さん、避けて下さいぃぃ!!」
白井の慌てた声が聞こえて避けた場所を見れば、激しい轟音とともに奈律ごと巻き込む威力の旋風が放たれ、魔物の集団を切り裂いていった。
地面に着地して深谷の傍まで後退する。
(過剰にも程があるでしょッ!)
あと一歩遅かったら奈律まで怪我を負っていた。
少し離れた位置にいた白井が半泣きで駆け寄ってきている。
「ご、ごめんなさいぃ! 怪我しませんでしたか〜!?」
「これが、ドジ?」
白井の魔法が直撃した場所を見て奈律は息を呑む。一撃で絶命した魔物もだが、地面の抉れが凄まじかった。
最初は順調そのものだった。
白井も探索者として経験豊富だし、深谷や奈律が苦戦するような等級ダンジョンでもない。
数は多かったが、白井をメインに奈律がサポートの域を超えることもなかった。
先程も白井が大技を撃つために、奈律が足止めをしていたのだ。
その結果、奈律を巻き込んだのである。
「怪我はありませんが……」
「ああ、ドジにしちゃあヤラカシがデケェな。今までどうしてたんよ?」
奈律の目配せに一つ頷いた深谷が近くに来た白井に問いかける。息を切らした白井が申し訳なさそうにしょんぼりとした顔で語り出した。
「えっと、最初は我慢して組んでもらってたんですけど、やらかし過ぎて少しずつ一人になっていったんです。足を引っ張るあたしをクランに置き続けてくれただけで感謝しかなかったんですけど……もっと上の等級を攻略するのに、一人じゃ厳しくなっちゃって」
「移籍したってわけか」
「そうです。……もしかして不合格になりますか?」
「初日で決めねぇわ。それァ暴発か?」
深谷の質問に白井は大きく首を振る。
「違います! あたし、魔物の数に合った調整をするのが難しくて。最初にこのくらいかな? って魔力を練る最中に、足りないかもって不安になっちゃって……そこから増やそうとしたら手元で維持出来なくなるんです」
「なるほど。白井さんは自分が何とかしなくては、という気持ちが強いんですね」
「え?」
「別の言い方をするなら、討伐を仕損じるのが怖い、といったところでしょうか。先程の攻撃で周辺の魔物は倒し切りました。見事な魔法です」
「あ、ありがとうございます……?」
怪我を負いそうになった奈律に何故褒められているのか分からずに、白井は疑問符を浮かべながらも感謝を告げる。
「では、自分だけで何とかしようとしないで下さい。気持ちが焦ると魔力操作も不安定になります。私たちが見ているのは“連携”なので、白井さんが止めを刺さずとも動きを鈍らせるだけで意味はあります」
「で、でもぉ」
「おい、おめーの目の前にいんのは誰だ?」
「え、深谷さんと千葉さんです」
「ネクサスの現役メンバーで、おめーの先輩でもある。おめーが気にすんのは自分のことだけだろーが。それともなんだ? 俺らに気を回す余裕があるってんか?」
「あっ——」
前のクランでの白井の立場など奈律たちに関係ない。今この状況で白井は一番後輩であり、研修中の新人なのだ。
それを理解出来なければ、白井はいつまで経っても「合格」を貰えないだろう。
なにより、奈律たちは白井に守ってもらうほど弱くない。
例え白井が仕損じたとしても、奈律か深谷が仕留めればいいだけの話だ。
二人に言われてようやく気付いたのか、白井は若干青ざめた顔で目を見開いて右手で口を覆った。
「そう、ですよね! あたしの考えは二人に失礼でした! あたしがやりきらなくても、二人なら何とかしてくれる。それを頭に入れてこれから頑張ります!」
やはり、白井は素直だ。
奈律たちの忠告を受け入れ、次に活かそうとする姿勢を見せる。
この様子なら、すぐには無理でも数をこなせば徐々に慣れていくだろう。
***
「ふおおお! ほ、ホントにあたしが全部貰ってもいいんですか?」
C級ダンジョンのボス個体を倒してゲートを出たあと。
回収した魔石を両腕に抱えて興奮する白井がいた。目をギラギラさせて遠慮気味に聞いてくる白井に、やっぱり等分しようなんて言えやしない。言うつもりもないが。
「ルールですのでお気になさらず」
「でもC級ダンジョンだったのに、あそこのボスB級だったじゃないですか!? 見てくださいよ、この魔石の大きさ! あたし初めて見ました! こんなの中々お目にかかれませんよ!」
「なんだァ? 等分してーなら最初っからそう言えや」
「いいえ! 貰えるなら貰いますんで! 撤回とかはなしですよ!」
……素直すぎるのも問題かもしれないな。
欲に忠実というか、あんなに緊張してたのにもう見る影もなくなっている。
あれくらい分かりやすい方が、むしろ良いのだろうか?
白井のドジも二回しかなかったから、頻度はそこまで多くないはずだ。
慣れた頃に座学が入ってきたら合格したと言っても過言ではない。
早ければ一ヶ月もせずに終わるだろう。
白井の今後の成長に期待、と言ったところだ。
「そんまま持って帰るか? こっちでも換金出来んぞ」
「え、そんなことまでしてくれるんですか?」
「出来ますよ。魔石はウチでも使いますし、協会を経由するより手数料が安くなります。つまりお得です」
「ぜひ! お願いします!」
「では一度お預かりしておきますね。今度一緒に事務所で手続きをしましょう」
「はーい!」
今日の研修はこれで終わりだと告げて、白井と別れた奈律は深谷と事務所に戻った。
回収した魔石の保管と換金手続きの連絡をしなければならない。
奈律一人で十分できる作業なので、深谷とはエレベーターの前でお別れだ。
「あとは私がやっておきます」
「頼むわ。……初日で随分気ィ許してんな」
「そう見えますか?」
顔に出ていただろうか。試しに頬を揉んでみるが、大して得られるものはなかった。
「おめーは打ち解けた人間に甘くなんだろ。そのせいで評価に影響させんなよ」
「それは、当然です。仕事に私情は挟みません。……深谷先輩から見た私はそんなに頼りないですか?」
「たりめェだろーが。新米が生意気言ってんじゃねェ」
「……白井さんがいる今、その呼び名は相応しくないかと。私よりも白井さんの方が身長は低いですよね。継承されたらどうです?」
白井の姿を思い浮かべて自分の肩の位置で手を横にする。
彼女の身長は確かこのくらいのはずだ。
そして、深谷の返事を聞く前に到着したエレベーターの扉の隙間に身体を滑り込ませた。三階のボタンを押して、エレベーターの中から深谷と向き合う。
「ばーか。事実言ったらイジメになんだろ。嘘だからイジリで済むんだわ」
「はあ? 人の嫌がっている時点で嫌がらせでしょ——」
深谷のとんでも理論に対する奈律の反論は、閉じた扉に遮られてしまう。
上に動き出したエレベーターの壁に寄りかかって小さく息をついた。深谷の相手はダンジョン攻略よりも疲れる。
「イジリのつもりだったの……? 意味分かんない」
ただ一つ分かるのは、深谷はこれからも新米呼びは辞めないだろう、ということだけであった。




