白井 菫
ダンジョンを攻略するのに外の天気は関係ないのだが、やはり晴れているだけで気分が上がるというもの。
教育担当としてやることは、主にクランのルール説明とダンジョン攻略の付き添い。
これは相手がどんな経歴を持っていても変わらない。
そして一番重要なのが、新人研修中に行う“見極め”である。
今日からクラン管轄のダンジョンにて新人研修が始まった。
「は、初めまして! あたし、白井菫っていいます!」
「今日から教育担当になる深谷だ。んで、こっちが」
「同じく教育担当になりました千葉奈律です。白井さん、今日からよろしくお願いします」
新人である白井の第一印象は、小さくて可愛い。
身長は150センチくらいで、薄紫色の耳まで隠れたマッシュルヘアー。
腰を90度に曲げていた白井が頭を上げると、緊張で揺らした浅緋の瞳がこちらを見上げていた。
「じゃ、手始めに。お前はまだ“仮加入”ってのを理解してろ。試験に合格して終わりじゃねーぞ」
「ええ! そうなんですか!?」
普通は仮加入なんて制度はないため、白井が驚くのも無理はない。
主導は深谷であるため、奈律は彼の隣で控えた位置から静かに白井を観察する。最終決定権は深谷にあるが、彼をサポートする立場の奈律もしっかりと見極めなければならないのだ。
「ん。研修やって俺らから「合格」を貰ったら正式加入になる。それがウチのルールだ。応募要項にも書いてあったからな。不満なら帰れ」
深谷の言い方は悪いが、奈律も最初に同じような言葉を市川から言われた。
組織に所属する人間として上のルールに従えるか、不満があっても表に出さないか。
不満な素振りや舐めた態度を見せた時点で深谷から「不合格」を突き付けられる。
いざという時、意味もなく反抗する人間は探索者として致命的なのだ。探索者の現場は常に命懸けだということを忘れてはいけない。
過去に変な人間を入れてしまい、トラブルが起こってから蓮希の判断でこの制度が生まれた。
ネクサスは規模の大きい分、応募人数も多くなる。
多い分、色んな人間が集まる。
五回失格になったら応募出来なくなるという要項もあるから、減ってもおかしくないのだが応募人数は年々増えているらしい。
「いえ、お二人から合格を貰えるよう、精一杯頑張ります!」
(素直な反応……うん、印象は悪くない)
深谷の態度に萎縮した様子も反発しそうな気配も見られない。
事前の資料で、白井は別のクランからの移籍だと書かれていた。小さなクランで力をつけて大きなクランへ移籍する。よくある話だ。
「今回入るんはC級ダンジョン。開けた岩石地帯で岩で足場は悪いが、視界を遮る障害物はねぇ。はい質問。ゲートに入って最初にすることを答えろ」
「安全の確保です! ダンジョンに入った瞬間に魔物から襲われる可能性を視野に入れて行動しなきゃいけないんですよね」
「正解。障害物がねぇってことは、隠れる場所がねぇってことだ。これは魔物にも俺らにも言える。障害物があるから安全ってわけでもねぇから、そこんとこ忘れんなよ」
「はい! あの、一つ質問してもいいですか?」
「なんだ?」
「仮加入ならクラン管轄のダンジョンに入るのに申請が必要になりますか? それとも、その間は深谷さんたちが付き添いがなければ入れないんでしょうか?」
通常、ダンジョンにはクランが管理しているものと探索者協会が管理しているものがあり、探索者協会が管理しているダンジョンは申請すれば誰でも攻略が可能である。
白井が聞いているのは、仮加入の立場でクラン管轄のダンジョンを利用出来るか否か。
白井の質問に深谷は片眉を上げて目を鋭くさせる。
「あ? 一人で入りてェってか?」
「そうじゃなくて、仮加入の間ダンジョン攻略を制限されたくないんです! 無理なら探索者協会の方に行きます!」
「ほーん。理由は?」
「お金を稼ぎたいからです!」
「ああ、稼ぎが減るのは嫌ってか。くく、そりゃあ悪くねぇがいらねー心配だろ。研修で出た魔石は全部お前のもんだかんな。なあ?」
深谷の視線を受けて奈律も肯定する。
白井は少々明け透けすぎる気はするが、その質問も想定済みである。
「はい。白井さん一人でウチのダンジョンを利用することは出来ませんが、ダンジョン攻略で出た魔石は全て白井さんの手に入ります」
「ええ!? それってアリなんですか? 普通に三等分だと思ってました」
「そうですね。ありかなしかで聞かれれば、“あり”かと。報酬の等分は探索者として当たり前ですが、話し合えば問題になりません。研修中に出た報酬は全て新人に、というのがウチのルールですので」
奈律の言葉に白井は驚いて、すぐに嬉しそうに飛び跳ねた。頬に手を当てて喜びを顕にしている。
報酬が全部自分のものになるのが嬉しいのは分かるがはしゃぎ過ぎではないのか。
「うっそ〜! じゃあ前よりも稼げるってこと!? いい事尽くしじゃん!」
「でけー独り言だな」
これは、独り言だろうか。
白井のラフな喋り方に返事をした方がいいのか迷う奈律を横目に、深谷が彼女へ躊躇なく話しかけた。
「は! すみません! ちょっとはしゃぎ過ぎました!」
深谷の言葉に我に返った白井が顔を真っ赤にして頭を下ようとした。それを深谷が手で制して話を続ける。
「いい、ダンジョンで気ぃ緩めんな。実力はもう分かってっから、研修で見るのは連携だけだ。こいつは前衛、俺は前後衛どっちも。そんでお前は後衛だな?」
「はい! 風属性の魔法を使います。……でもあたしドジだから連携出来るか不安です」
「んなもん興味ねぇわ。ドジる以上の有用性を示せばいいだけだろ」
「はい! 頑張ります!」
(いや、ドジって気にする要素では?)
深谷は軽く流したが、本人が不安になるなんて余っ程だろう。
白井は後衛だからしわ寄せは絶対に奈律にくる可能性が高い。
「んじゃ、行くぞ。しっかり着いてこいよ」
「はい!」
「了解」
これからのことを考えて、奈律は早くも憂鬱な気分になった。




