振り回され、選択する *
遠藤がもった千葉奈律への印象は“変な女”だった。
遠藤の前に突然現れて、ダンジョンの中で説教たれて、すぐに帰った身勝手な女。
「では、今日はこれで帰ります」
そう言って迷わず遠藤たちから遠ざかっていく背中を見て、遠藤は思わず顔を歪める。あの態度はなんだ、と横で楽しそうに笑う朝日に盛大に不満を零した。
「それで朝日さん! アイツはこれっきりなんですよね!?」
「んふ、そう思う?」
「……まさか、次からも一緒なんですか?」
「そうよ〜。さ、雅希ちゃん、行きましょうか」
「どこにですか? というか、僕は反対でッ——」
「いいからいいから〜」
朝日に話している途中で遮られ背中を押された遠藤は、状況を理解出来ていないのに様々な場所に連れ回された。
まず連れてこららたのは探索者協会。
朝日に手を引かれ、受付で何か話したと思ったらはそのまま別室に案内され、数人の人間に囲まれて水晶に触れるよう言われた。
遠藤と水晶を取り囲むなんて異様な状況だ。
「あの、これは……?」
「いいからいいから〜」
「はあ……」
困惑を口にしたが、朝日に宥められて言われた通りに水晶に手をかざす。数分かけて鈍く光った水晶を見て、協会の職員がタブレットを操作し始めた。
「結果は数時間後に報告いたします。待たれますか?」
「いいえ、判ったら連絡してちょうだい」
「分かりました」
「じゃあ、雅希ちゃん。次行くわよ〜」
「え、ちょ、あの!?」
再び背中を押されて次に向かったのは人気の少ない通りにある小さな店だった。年季の入った外装は小さな衝撃で崩れそうなくらいボロボロに見える。
「ここは?」
「鍛冶屋よ〜。私の行きつけなの。武器だけじゃなくて、装備品も扱ってくれてるから」
「嫌です」
ドアノブに手をかけた朝日に向かってハッキリと告げる。
朝日の言葉でこれから何をするのか察してしまった。
彼女はダンジョンで奈律が言っていたように遠藤の装備を替えようとしているんだ。それだけは、絶対に拒否しなければならない。
(この鎧は僕の、期待の全部なんだから)
遠藤が“覚醒”したのは22歳の時である。
両親が探索者という職業に強く関心を持ち、投資など積極的に行っていたから、遠藤も自然と憧れるようになった。
世間一般では遅咲きでも、遠藤が覚醒したと知った時、彼らが大変喜んでいたのを今でも鮮明に思い出せる。
この鎧は、覚醒祝いで貰ったものだ。
これがなければ遠藤は探索者ではない。
物に寿命があるのも、人によって適正品が違うのも知っている。けれど、遠藤は両親からの贈り物を無下にしたくなかった。
強くなればいい。鎧を装備して遠藤が強くなれば誰にも文句は言われない。そのための努力は怠らなかった。
そのことは、朝日も知ってるはずなのに!
「いいから、着いてきてちょうだい」
朝日の諭すような声色が耳に届く。立ち尽くしている遠藤の方が我儘を言ってるみたいだ。コツコツとヒールの音がして、朝日が遠藤の目の前に立つ。
「知ってるわ〜。雅希ちゃんが教えてくれたから、どれだけ大切にしているのか、ちゃんと知ってる」
「なら、どうして」
「今のままじゃいけないの。雅希ちゃんも理解してるでしょう?」
「……でも」
「あなたの嫌がることはしないわ。私が信じられない?」
ずるい言い方だ。遠藤は唇を噛み締めて朝日を睨みつけた。
「信じてますよ! そりゃあもう! ……約束ですからね。破ったら母さんに言いつけます」
「あら、それは怖いわね〜」
ふい、と拗ねて顔を逸らした遠藤の頭を朝日さ優しく撫でた。
母の古い友人である朝日。長らく会っていなかったから、新人研修で再開した時は驚いたものだ。
遠藤は頭に置かれた手を払って、鍛冶屋に足を踏み入れた。
扉を開けてすぐに生暖かい熱風と金属音が聞こえてきた。
「こんにちわ〜」
「いらっしゃい。要件は?」
「ええ、雅希ちゃん」
作業着を着た男が保護メガネを外して、遠藤たちを一瞥する。朝日に促されて、渋々鞄から鎧を取り出した。
「ほお、魔法の鞄か。珍しいもん持ってんな。それで?」
男は一瞬、魔法の鞄に興味を示して、すぐに鎧に意識を向けた。しばらく鎧を見て触れて「なんの用だ」と朝日に問う。
「オプションを付けて欲しくって。できるかしら?」
「ふむ……まだ耐久面の性能しか付与されてない。素材次第、内容次第ってとこだな。坊主が使うんだろう。なにを付けるんだ?」
「鎧自体はそのままで、この子でも扱えるよう整えて欲しいの。重すぎるのと、動きを阻害しないよう調整できる?」
「そりゃあできるが……坊主、おめーさん前衛か? 後衛か?」
急に男の視線がこちらを向いて驚いた遠藤は肩を震わせる。返事を待つ男に急いで「前衛だ」と短く返した。
その答えを聞いた男は片眉を上げてまた朝日に視線を戻す。
本人に確認したくせに「本当か?」と失礼な疑問を朝日に投げかけ、彼女はおかしそうに肯定した。文句を言おうと思ったのに、その前に男が話し始める。
「そうか。坊主、この鎧、解体しても構わねーか?」
「なっ、どうして!? 特性付与だけならそんなことする必要はないはずだ!」
「んなの、坊主の身体に合ってないからだよ。どれだけ強くなろうと、骨格だけは変えられねぇ。そんなヒョロガリで動きが阻害されるなんて滅多にない。単純に重すぎて動きが鈍いってんなら別だけどな。多分違うだろ」
鍛えても、筋肉をつけても遠藤にこの鎧は合わないと言う。どうして、朝日は何も言ってくれないんだ。
朝日が味方してくれなければ、遠藤が専門家を言い負かすことなんて出来やしない。
「……どうしても、難しいのか」
「はぁ……これを着てみろ。その鎧と型番が一緒で軽量化されてる奴だ」
言い返す言葉が出てこないのが悔しい。歯がゆい思いで俯いた遠藤に、男は店に展示されている鎧を渡してきた。確かに遠藤の鎧より軽い。
「耳にくっつくまで腕上げてみな。そんで、縦に回転してみろ」
「……上がらない」
指示通りに腕を上げようとしたが、中途半端な位置でカチャンと関節部分がかち合う音がした。頭より少し上まで上がったところで動きが止まる。それでも諦めずに今度は回転しようとしたが、これも中途半端に終わってしまった。
「それが動きの阻害だ。魔物を相手する時に自分の装備品で致命傷を負いたくないだろ。どれだけ硬くても結局は“消耗品”だからな」
「…………鎧を使うなってことか」
「あのな、別に他の装備に変えろって言ってるわけじゃねぇよ。俺は最初に“できる”って言っただろ。坊主の身体に合わせるために解体するのは駄目かって聞いたんだ」
「それは、同じ意味だろう!?」
「違う。解体ってのは壊すことじゃねえよ。坊主に合った形に組み直すために分解するだけだ。おめーさんは外見が変わったら全部意味がなくなんのか?」
男は肩をすくめて「それならお手上げだな」と呆れ顔で吐き捨てた。
遠藤が大切なのは“両親から貰った鎧”だ。
男の手を加えると、意味がなくなるのかと聞かれたら……NOと答えるだろう。男の行動はアレンジであって、破壊ではないといえる。
形が変わっても、両親が贈ってくれたという事実は変わらない。鎧を使い続けたいという遠藤の気持ちも消えるわけではない。
「……装備に拘る人間は沢山見てきたから、俺は軽量化だけしてもいいんだ。ただな、そいつらは成長してねーからな。強くなりてーなら、よく考えろ」
強くなるための努力は怠らない。
ずっと、決めていたことだ。
「……分かった。一つだけ頼みたいことがある」
「なんだ?」
「形を変えても、削ることはしないでくれ」
「分かった。約束する」
即答した男に遠藤は少し安心した。
まだ抵抗感はある。けど、朝日と男と約束したんだ。それを信じようと思った。
それから、奥の部屋に移動して採寸されたあと、手持ちがなかったので朝日がお金を支払ってもらって退店した。
「受け取りは三日後よ〜。一緒に行きましょうね」
「う、分かりました。代金はあとで請求して下さいね。絶対ですよ!」
「うふふ、やあよ。子どもに払わせるわけないでしょう?」
「僕はもう立派な大人なんですけど!」
「関係ないわよ〜。今日はこれで解散するから、明日また会いましょう」
「まったく……そういえば、探索者協会でしたのってなんだったんですか?」
「それは明日のお楽しみよ〜!」
遠藤の疑問を適当にはぐらかされて、拒否したはずなのに家まで送ってもらった。
明日、なにがあるのか。
少し怖いなと思いながら、明日に備えて準備するのであった。




