9 未練がましい婚約者 ③
ポッポとポポーポは元々は違う名前で可愛がられていた。
しかし、命の恩人であり美味しい餌をくれるティファリーを気に入った鳩たちは、いつしか本当の名前を忘れてしまい、ポッポとポポーポと呼ばれなければ反応しなくなっていた。
ティファリーには知らされていないが、二羽の飼い主を兄たちは知っていた。
その名は、ケイン・ディール。フランダ王国の第二王子である。
ケインは、ティファリーの長兄とは仕事で関わりがあり、次兄とは同級生で友人関係である。
二人以外にポッポとポポーポの飼い主が誰か知っているのは、イトメニア公爵家内では両親だけ。
なるべく人には知られないようにと、ケインから指示されていたからだ。
ポッポたちが怪我をして、ティファリーが看病したことや、ポッポとポポーポと名付けたことは、兄たちによってケインに報告されている。
今回、ティファリーがゲッティとの婚約を破棄しようとしていると聞き、ケインはティファリーとコンタクトを取ろうとしていた。
まさか、そんなことになっているとは知らないティファリーは、今日も二羽に笑顔で話しかけていた。
「ポッポ、ポポーポ、今日もお仕事お疲れ様でした。ゆっくり休んでいってくださいね」
餌を一心不乱につついていた二羽は、顔を上げ、つぶらな黒い瞳をティファリーに向ける。
そして、首を上下に動かし「ホッホロー」と鳴いた。
最初は二羽の見分けがつかなかったティファリーだが、触れ合っていくうちに見間違うことはなくなった。
それと同じようにポッポたちも、ティファリーに心を許し「コイツ、スキ」という状態になっていた。
二羽に癒されていたティファリーだったが、幸せな時間は、ゲッティによって邪魔される。
「ティファリー! 婚約の破棄なんて絶対に駄目だ! 君が絶対に後悔することになる! 本当は婚約の破棄なんてしたくないんだろう? 僕を困らせて愛を確かめたいだけだってことはわかっている!」
朝から公爵邸の門の前で騒ぐゲッティに、ティファリーは苛立ちを覚えた。
(愛を確かめるために、婚約を破棄するふりをするような人間だと思われているのなら心外です!)
「今なら素直に謝れば許してあげるから! 早く仲直りをしよう!」
「ああ、もう! いい加減にしてほしいです!」
兵士に追い払ってもらおうと部屋を出ようとした時、兄二人の声が聞こえてきた。
「ティファリーがお前への愛を確かめたいだと? そんなわけがあるか!」
「二度とここに来るな! 次に来たら、どうなるかわかっているんだろうな!?」
慌てて窓際に駆け寄る。
ティファリーの部屋は邸の三階にあり、庭園や門からポーチまで続くアプローチを見渡せる位置にある。
そのため、兄二人がゲッティを捕まえ、彼の家の馬車に放り込んでいる姿を確認できた。
その光景を見たティファリーは、ほんの少しだけ気持ちが晴れたのだった。
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朝食時、ゲッティを追い払ってくれた兄二人に、ティファリーはお礼を言った。
「お兄様、本当にありがとうございました」
「あの男が悪いんだから、それは気にしなくていいんだが……」
代表して答えた長兄――ソーラドは、どこか浮かない顔をしている。
「どうかされましたか?」
ノーリーはまだ来ておらず、ダイニングルーム内には両親と兄二人とティファリー、そして使用人しかいない。
家族揃って食事を始めるため、ノーリーを待っている間、ソーラドは自分や弟に届いた手紙の話をすることにした。
メイドたちには外に出てもらい、ソーラドはティファリーにポッポたちは、第二王子の鳩だと知らせ、第二王子が彼女に会いたがっていると知らせた。
ティファリーは驚きのあまり両手で頬を押さえる。
(どうしましょう! ケイン殿下とは何度かお会いしたことはありますが、挨拶を交わしたくらいで、プライベートな会話をしたことはありません)
最近、ケインは幼馴染だった令嬢との婚約が解消されていた。婚約者に他に好きな相手がいたから、ケインが身を引いたと噂されている。
一部の貴族たちのケインへの印象はあまり良くない。
感情を表に出すことがなく、いつも無表情である。とても綺麗な顔立ちをしているが、整いすぎて近寄りがたいという外見の問題なので、素行が悪いからというわけではない。
ティファリーは、兄たちと親しいケインに悪い印象は持っていないが、近寄りがたいとは思っていた。
「私と会いたいなんて……、ケイン殿下はとても怒っていらっしゃるのでしょうか」
不安げなティファリーの発言を、ソーラドが優しく否定する。
「いや、殿下は怒っていたら会おうとしないと思う。どちらかというと、ティファリーに興味を持ったんだ。しかも今君は、婚約を破棄しようとしているからね」
「……婚約が破棄できた状態ならまだしも、その前に殿下にお会いするとなると、変な噂が立ちませんか?」
「表向きは僕たちに会いにくるから、その点は大丈夫だよ」
「……そうですか」
ティファリーがうなずいた時、廊下にいた執事が「ノーリー様がいらっしゃいました」と声をかけてきた。
ティファリーは、姉にも話をするのかと思っていたが違った。
「ティファリー、改めてまた話をしよう。それから、今の話はノーリー姉さんには内緒にしておいてほしい」
「承知いたしました」
家族にだって隠し事はある。しかし、今まで姉には秘密と言われたことはなかった。
(もしかして、状況が変わってきているのでしょうか)
ティファリーの胸に希望の灯が微かに点った気がした。




