10 姉の暴走
ティファリーはポッポたちが来た朝は、洗濯をして着回した服を着ていた。
白シャツの襟元には赤色のリボン。黒いロングスカート姿で、鳩たちが間違って小さな宝石などをのみ込まないように気をつけている。
リボンが揺れることを気にしていた時期もあったが根気強く「駄目」と教えると、引っ張ったりつついたりしなくなった。
習慣のようになっているため、ティファリーがこの服を着ている時は鳩が来ている時だと、ノーリーは知っている。
思い通りに事が進まず苛ついていたノーリーは、どうしたらティファリーを悲しませることができるか考えた。
そして、思いついたのが鳩たちを傷つけることだった。
着回しの服を着ているティファリーを見たノーリーは、鳩を傷つけるチャンスが早速やってきたと、零れそうになる笑みをなんとか抑えた。
食事中はあまり会話をしないようにしているが、禁止されているわけではない。
黙々と食事をしていたが、黙っていられなくなったノーリーが静寂を破った。
「何だか、獣臭いわ」
これは、ノーリーなりの嫌味だった。しかし、ティファリーには通じない。
「申し訳ございません。ポッポとポポーポと触れ合ったからだと思います」
「あら、そうなの。鳩は可愛いとは思うけれど、使用人じゃないのだから、あなたが世話をしなくてもいいんじゃないかしら」
「動物が好きですから苦になりません。動物の臭いのせいで不快な思いをさせるのはよくありませんので、部屋で食べることにいたしますね」
そう言って、ティファリーが立ち上がった時、ダイニングルームの扉がノックされた。
それと同時に執事の焦った声も聞こえてくる。
「旦那様! 第二王子殿下の使いの方がお見えになっていて、第二王子殿下が1時間後にこちらにいらっしゃると伝えてほしいとおっしゃっています!」
「何だって?」
ノウンは食事の手を止めて聞き返し、慌てて立ち上がる。
父が出ていったため、家族全員が食事の手を止めた。
「「来るのが早すぎる」」
正面と斜向かいに座る兄二人が、眉間に皺を寄せて同時に呟くのを見て、ティファリーは慌てる。
(どうしましょう! まさか、今日いらっしゃるなんて思ってもいませんでした!)
その時、ノーリーが立ち上がって叫んだ。
「どうしましょう! ケイン殿下がいらっしゃるなんて! お出迎えする準備をしなくては!」
第二王子のケインが来る理由を知らされていないノーリーは、当たり前だがケインに婚約者がいないことを知っている。
自分の容姿に自信がある彼女は、ケインが自分に会いに来るのだと思い込んだ。
食事の途中だったにもかかわらず、ダイニングルームを出ていったノーリーを、ティファリーたちは啞然とした顔で見送った。
暫しの沈黙のあと、部屋に戻ったノーリーは呼び戻さず、ティファリーたちは急いで食事を済ませた。
ティファリーが部屋に戻ると、メイドに見守ってもらっていたポッポとポポーポが寝床から「ホッホロー」と鳴いた。
まるで、どこに行っていたんだと抗議しているようにも聞こえる。
「あなたたちの本当の飼い主がいらっしゃるんです。正装をしてお迎えしなければなりません。遊んであげられなくて申し訳ないです」
こんな話をしても、二羽には伝わらない。
「ホッホロー」と鳴いて、ティファリーの足下に飛んできた。
普段は飲食後に休憩。その後、ティファリーと少し戯れて、暗くなる前に帰るのがポッポたちのルーティンである。
いつもならば、眠っている時間のはずなのだが、ポッポたちもいつもと違うと感じているようだった。
(二羽を連れて庭で待ちましょうか。庭には二羽の鶏……ではなく、鳩がいる、ですね)
どうでもいいことを考え、一人で満足したティファリーは、気持ちを切り替えて着替えることにした。
社交場に出かける時のようにコルセットは着用せず、シュミーズドレスに近い、体が楽なドレスに着替えた。
薄いピンク色の踝丈のドレスに、腰を引き締めるために大きな赤いリボンを巻き、少し強めに縛ってもらう。
苦しいのは確かだが、コルセットよりもマシだった。
小さな赤い宝石がついたイヤリングとネックレスを着け、髪を梳いてもらう。
今日の髪につけるリボンは腰のリボンと同じ赤色にした。
化粧をすると二羽が嫌がる時があるため、ナチュラルメイクで、ティファリーにとっての戦場に向かう。
ポッポとポポーポを小脇に抱えてエントランスホールに来たところで、ノーリーと出くわした。
「あらティファリー、もうすぐケイン殿下がいらっしゃるのよ。それなのに、獣と戯れるなんて殿下に失礼じゃない?」
レモン色のドレスに身を包み、長い髪をシニヨンにしたノーリーを見て、ティファリーは思う。
(相変わらず外見だけはお美しいですね。ノーリーお姉様は殿下の前でも獣と口にするのでしょうか)
自分が可愛がっている鳩である。たとえ、獣という言い方が間違っていなかったとしても、あまり良い印象を受けないだろう。
ティファリーはそう考えながら、ノーリーを冷たい目で見つめた。
「ホッホロー!」
「ホッホロー!」
ノーリーを警戒しているのか、ポッポたちが騒がしくなった。
そんな二羽を一瞥し、周りに両親や弟たちがいないことを確認してからノーリーは本音を吐き出す。
「伝書鳩か何なのか知らないけれど、本当に臭いし可愛くないわ。こんなものを可愛がるなんて神経がおかしいに決まってる!」
「……ノーリーお姉様にお願いしたいことがあるのですが」
「何よ。どうして私があなたの言うことを聞かなくちゃいけないの?」
ふんと鼻を鳴らしたノーリーを憐れんだ目で見つめ、ティファリーは首を横に振る。
「それなら結構です。ただ、ノーリーお姉様のことを思って忠告しておきます。ケイン殿下とお近づきになりたいのでしたら、この二羽の悪口は言わないことです」
「あなたからの忠告を私が聞くわけないでしょう」
「後悔するのはノーリーお姉様ですよ」
「あなた、わざと私を貶めようとしているのね。その手には乗らないわよ」
ノーリーは嘲笑して続ける。
「あなたの婚約者が私を愛しているのは私のせいじゃないわ。逆恨みで私を罠に嵌めようとするのはやめて」
(逆恨みをしているつもりはありませんが、相手にするのも無駄な時間ですね)
ティファリーはエントランスホールに、人間型の蓄音機が置かれていると思うことにした。
「ポッポ、ポポーポ、庭で遊びましょうね」
興奮気味のポッポたちをなだめ、ティファリーが庭に出ようと扉に向かう。扉が開かれると同時に、ノーリーが叫ぶ。
「待ちなさいよ! 私はその獣に用が……っ、あっ!」
ティファリーのために開かれた扉の向こうには、多くの兵士を引き連れた、長身痩躯の美青年が立っていた。
その美青年はノーリーにこう尋ねた。
「獣とはなんのことだ」
現れた相手がお目当てのケインであるとわかった瞬間、ノーリーは慌てて口を押さえた。




