11 姉の勘違い ①
艶のある黒髪に、燃えるような赤い瞳が印象的な美青年――ケインは吊り目気味の目を細めて、ノーリーを見つめている。
(お姉様のことです。これは自分に見惚れていると捉えそうですね)
ティファリーは冷めた目でノーリーを一瞥したあと、ノーリーが挨拶している間に、ポッポたちをメイドに預けることにした。
ノーリーはケインの問いかけには答えず、カーテシーをする。
「ノーリーでございます。ケイン殿下にお会いできて光栄ですわ!」
「突然訪ねてきてすまなかった。まずは公爵に挨拶をしたいんだが」
「すぐにお呼びいたしますわ」
耳に心地好いバリトンボイスに、ノーリーはうっとりした表情で応えた。
「頼む」
ケインは愛想がないことで有名だ。そんな彼の特別になれたら、周りはさぞ驚くだろうと、想像するだけで、ノーリーの頬は緩む。
ノーリーがメイドに指示を出す前に、ティファリーはケインにカーテシーをする。
「ティファリーと申します。ケイン殿下にお会いできて光栄です。本日は足を運んでいただき、誠にありがとうございます」
ケインが押しかけてきただけなのだが、ここは社交辞令の対応をした。
「ティファリー嬢とは、あまり話をしたことがなかったな」
そう言って、ケインはメイドに抱かれているポッポたちを見つめた。
「「ホッホロー!」」
ポッポたちはケインのことを認識している。二羽にしてみれば、飼い主二人が揃ったようなもので、ご機嫌といった様子で鳴き始めた。
ケインの二羽を見つめる目は優しいものであったが、ノーリーはそう受け取らなかった。
メイドから受け取った扇を開き、鼻と口元を隠しながら、ノーリーはケインに話しかける。
「申し訳ございません。獣を邸内に入れるなんて非常識ですわよね。ティファリーにはよく言い聞かせますわ。ほら、あなたたち、鳩を逃がしてやりなさい」
「「承知いたしました」」
ポッポたちを抱きかかえていたメイドたちは、開け放たれた扉から外へ出ようとした。
「待ってください!」
「待て」
ティファリーとケインの声が重なった。メイドたちは振り返り、その場で足を止める。
ケインが止めたことが気になり、ノーリーは扇を閉じて、彼に問いかけた。
「どうかなさいましたか?」
ケインは眉間に皺を寄せて、ノーリーに尋ね返す。
「先程も獣と言っていたが、このギンバトの話をしているのか?」
鳩にも種類がある。
ギンバトというのはポッポたちのような白い鳩のことだ。
鳩の種類を口にした時点で、ノーリーは気づくべきだった。しかし、まさか王族自らが鳩を飼育していると、ノーリーは考えてもいなかった。
「ええ、そうですわ。側に置いておくことで殿下まで獣臭くなっては大変です。飼い主のもとに一刻も早く返すべきですわ」
(飼い主は目の前にいますけどね)
墓穴を掘っていくノーリーをティファリーは静かに見守る。調子に乗ったノーリーは、再度メイドたちに指示をした。
「何をしているの! 早く飼い主のもとに返してやりなさい!」
「……だそうだ。返してくれ」
そう言って、ケインはポッポたちを抱えているメイドたちに向かって両手を差し出した。
「……は?」
目の前で起きたことが信じられなかったのか。ノーリーは目を丸くして、ケインを見つめた。
「この鳩たちは俺がソーラドたちと急ぎの連絡をとるために訓練した鳩だ」
「「ホッホロー!」」
そうだと言わんばかり、ポッポたちが鳴いた。
ノーリーは笑顔を引きつらせながら、この状況を好転させようとする。
「そ、そうだったのですね! ですが、この子たちは汚れています! 臭いだってしますし、殿下自らが触れるのはどうかと思いまして!」
「そうか? ギンバトはあまり臭いがしないと言われているんだがな」
ケインの言う通り、ギンバト自体の体臭は強くない。不衛生な状態でいることで臭うことがあるだけだった。
ティファリーはため息を吐いて話しかける。
「ノーリーお姉様、この子たちは綺麗好きで水浴びも大好きです。それにトレーニングをしたら排泄場所も覚えました。とても賢い子たちなんです」
「ホッホロー」
ケインの腕に移っていたポポーポだったが、ティファリーの肩に飛んできて鳴いた。
頬の部分を優しく指で撫でると、嬉しそうに顔を擦り寄せてきた。
(臭いが全くしないとは思いませんが、慣れてしまうとそう気にならないものです)
「すっかり懐いてるな。弱っていた二羽を助けてくれたことはありがたいが、とても困ってる」
「あ、も、申し訳ございません」
ティファリーは眉根を寄せているケインに慌てて謝る。
「いや」
ケインが何か言いかけたことには気づかず、ノーリーが会話に割って入った。
「ティファリー! あなたったら、この可愛い鳩たちに何をしたの? 殿下を困らせるなんて、公爵家の娘としてありえないことだわ!」
今まで鳩を馬鹿にしていたノーリーだったが、ケインのものとわかるなり掌を返した。
(この可愛い鳩たちって……)
ティファリーは呆れた顔でノーリーに尋ねる。
「先程、獣とおっしゃっていませんでしたか?」
「この子たちのことではないわ! それよりもティファリー! 早く殿下に謝りなさい!」
「申し訳ございません」
困らせているのは確かだ。そう考えたティファリーは、もう一度ケインに謝罪した。
「殿下、私からもお詫び申し上げます」
深々と頭を下げたノーリーと、下げ続けたままのティファリーに、ケインは声をかける。
「二人共、頭を上げろ。謝らなくていい。困っていると言ったが責めているわけじゃない」
ケインはポッポの頭を優しく撫でながら、ティファリーを見つめる。
「ポッポとポポーポという名前を付けたことは知っている。困っているのは、俺が付けた名前に反応しなくなったということだ」
「あ、あの、でしたら、本当のお名前を教えていただけると助かるのですが……」
「いや。二羽も自分がポッポとポポーポだと認識しているようだし、今のままでいい」
「「ホッホロー!」」
名前を呼ばれたと思った二羽は元気に返事をした。
(ポッポたちのことで怒っているわけではなさそうです。それなら、殿下はどうしてイトメニア公爵家に来られたのでしょうか)
ティファリーが疑問に思った時、黙り込んでいたノーリーが口を開いた。
「殿下、とにかく中へお入りください。大事なお話があるのでしょう?」
ティファリーが疑問に感じたように、ノーリーも同じことを考えた。
そして、ノーリーは勝手に答えを導き出した。
ケインは鳩を可愛がる令嬢に求婚しに来たのだと考えたノーリーは、このチャンスをものにしてみせると誓った。
張り切っているノーリーを見つめるティファリーには、彼女の考えていることはお見通しだった。
(先程の獣発言をケイン殿下は忘れていないでしょう。ノーリーお姉様がどんな結果に終わるか、見に行くことにしましょうか)
歩き出したケインたちの後ろに付いて、ティファリーも応接室に向かうことにした。




