8 未練がましい婚約者 ②
ゲッティが浮気相手について遊びだと話していたことは、夕食時にノウンの口からノーリーに知らされた。
その時のノーリーは「まあ! ゲッティ様がそんな人だったなんて!」と驚いたふりをしていた。
しかし、内心は違う。遊び相手と言われたことにはらわたが煮えくり返るような思いだった。
自分の思い通りにいかなかった時は、ティファリーに陰で八つ当たりをする。それがいつものパターンだ。
ティファリーは、今回もそうだろうと思った。
案の定、ノーリーは眉尻を下げて、ティファリーに話しかける。
「ティファリー、婚約者に浮気されるなんて辛いわよね。あとでお話を聞きに行くわ」
「ノーリーお姉様、私のことはお気遣いなく。お気持ちだけで十分です」
「でも、放ってはおけないわ。誰かに話をしたほうがきっと楽になるはずよ」
こうやって、慰めるふりをするのもお決まりのパターンである。
今までならば「ノーリーに話を聞いてもらいなさい」とノウンにそう言われて諦めていた。
しかし、今日のティファリーは違った。
「いいえ。先程も申し上げましたが、お気持ちはありがたいです。しかし、他に考えることが山積みなんです。それに、遊びだから浮気ではないなどと、常識的に考えられないことを言う人のことを、いつまでも考えるのは馬鹿馬鹿しいですから」
「……ティファリー、強がらなくてもいいのよ?」
「強がってなどいません。今はゲッティのことを思い出すだけでも嫌なんです」
ティファリーは笑顔で答え、これ以上話しかけるなと言わんばかりに食事を再開した。ノーリーもこの場は大人しく引き、ダイニングルーム内は沈黙に包まれた。
食事を終えたティファリーは、さっさと部屋に戻ることにした。まだ食事中だったノーリーが何か言いたげだったが気づかないふりをして、部屋を出る。
(さて、まずは何から始めましょうか)
婚約の破棄はうまくいかなかったが、ゲッティが遊ぶためのお金を断ち切ることができたのは良かった。
というのも、宝石店で出た利益の多くは、ゲッティが自分の給料にしていたからだ。どんなに従業員が頑張っても手当は出ず、安い給料で働かせていた。
そのことについて、ゲッティに何度も話をしていた。しかし『ちゃんと考えている』と答えるだけで、改善する兆しは見られなかった。
従業員たちも他の職場よりも給金が高いため、何も言わなかったこともあり、ゲッティは利益は全て自分のものにしてもいいと思い込んでいたのだ。
(お父様が元気な間は、この家に住んでいても問題はないでしょう。ですが、いつまでも甘えているわけにはいきません。宝石店でしっかり働きましょう。そして、従業員のお給金をアップして、私は独り立ちできるようにしなくては!)
前向きに考えたが、すぐにある問題を思い出して肩を落とす。
(誰かと再婚しない限り、ノーリーお姉様もこの家に居続けるのですよね)
小さくため息を吐いた時、噂をすれば……ではないが、ノーリーが部屋を訪ねてきた。
「ティファリー、部屋に入れてくれない?」
「申し訳ございません、今日は疲れているのでもう眠りたいのです」
「お願い。……少しだけ、少しだけ話がしたいの」
「では、扉越しにお願いいたします」
部屋に入れたら長話をするだけ。
二枚扉の向こうにいるノーリーの大きなため息が聞こえてきた。そして、小さな声でこう言った。
「ゲッティと私は浮気していたわけじゃない。だけど、ゲッティが愛しているのはこの私だけ。遊びなんかじゃないわ」
言いたいことを言い終えると、ノーリーは大人しく去っていった。
(ゲッティが愛している人は、ノーリーお姉様なのですね)
少しだけ扉を開けて、廊下を確認する。ノーリーの姿がないとわかると、部屋の前に立っていた兵士に尋ねた。
「ノーリーお姉様が何を言っていたか聞こえましたか?」
「「……はい」」
扉の左右に立っていた兵士二人がうなずいた。
(どうせ、兵士に聞かれていても今まで通り、お父様たちが信じるはずがないと思っているのでしょう。残念でしたね、ノーリーお姉様。私が力を借りる相手は別の人です)
去っていくノーリーの背中を見つめながら、ティファリーは微笑んだ。




