55 姉だった者と祖母の後悔 ③
ある日の午後、ティファリーは自室で、エレインについての報告書を読見直していた。
一度目にこの報告書を読んだ時は、エレインに絶縁状を送ると同時に、エレインの友人たちに連絡を取っていた。祖母には内密で、店に来てもらえないかとお願いしたところ、すぐに全員から快諾の返事があった。
同じ日時に集まってもらい、ティファリーは、今までの経緯を説明した。
すでに社交界で噂が回っていたこともあり、ティファリーの話はすんなりと受け入れられ、婦人たちはエレインと距離を置くことに決めた。その結果がお茶会を全員が断ることになったのだ。
(皆さん、エレイン様の話が面白くないと思っていたようですが、バックに公爵家がいると思うと相手にしないわけにはいかなかったのですね)
エレインは人の不幸話が大好きだった。表面上は同情するふりをして、相手のいないところでは面白おかしく話をしていたのだ。
「ちやほやされることで幸せを覚えていたようですし、贅沢もできなくなり、人が離れていけば、不幸になった人の気持ちが少しは理解できるでしょうか」
安楽椅子から立ち上がり、報告書を机の引き出しに入れた。
(あとはノーリーさんのことを両親がどう判断するかですが……)
数日前にノーリーから両親宛に手紙が届いていた。ノーリーは自分が家に戻ることをティファリーが反対しないと書いていたが、本当がどうかを確認してきた。
ティファリーは笑顔で『私は何も言いません。お父様たちの判断にお任せいたします』と答えた。
あれから、両親からそのことについての話を受けてはいない。気になりはしたが、ティファリーの心にもう迷いはない。
ノーリーと決別した日の馬車の中でケインと話をしたおかげで、両親が彼女を許した場合、家を出ていく覚悟が決まっていた。もちろん、ノーリーに宣言した時に覚悟をしていなかったわけではない。ただ、自分が家を出ていくことで、どんなに家族が悲しむ様子を見せても、罪悪感が湧くという気が起きないからだ。
(諦めてばかりで怒ることをやめてしまっていました。ケイン殿下のおっしゃる通り、少しくらい怒っても良いですよね)
ティファリーが家から出ていくと言えば、両親は意見を撤回するかもしれない。その時は、たとえ、ノーリーが家に帰ってくることがなくなったとしてもここを出ていくつもりでいる。
(いつかはどうせ出ていかなくてはならないのですし、住む場所を探しておいても損はないでしょう)
窓から空を見上げれば、雲一つない青空だ。この様子ならしばらくは雨は降らないだろうと考えたティファリーは、住む家を探すために繁華街に向かおうと立ち上がった。
メイドにナチュラルメイクを施してもらい、町娘のような動きやすい服に着替えた。
(気になっていた焼菓子店に寄ってみるのもいいかもしれません)
浮かれた気分でいざ、部屋を出ようとしたティファリーのもとに、父が訪ねてきた。
「出かけるところだったのか?」
「そのつもりでしたが、何かご用でしょうか」
「いや、急ぎの話でもない。ただ、耳に入れておこうと思っただけだ」
ノウンの表情がいつもより暗いように見え、ティファリーは、予定を変更することに決め、部屋に招き入れることにした。
ソファに座るように促し、メイドにはお茶を淹れるように頼んだ。
(一体、何があったのでしょう。考えられるとさしたら、ノーリーさんの話でしょうか)
いよいよかと緊張しながら、ノウンの正面に座って話しかける。
「お父様、お話を聞かせていただけますでしょうか」
「ノーリーの件なんだが……」
両手の指を口の前で合わせ、ノウンは言いにくそうに続ける。
「勝手だと言われそうだが」
眉尻を下げたノウンを見て、ノーリーの勝ち誇る顔が浮かんだ。
(やっぱり許してしまうのですね)
「いいんですよ、お父様。私のことは気になさらないでください」
「気にするなというのはおかしいだろう。私は娘を見捨てようとしているのだから」
「自分で言うのもなんですが、私は図太い神経の持ち主です。前向きにやっていけますよ」
「……もしかしてティファリー、何か勘違いをしているんじゃないか?」
「勘違い?」
ティファリーが聞き返すと、ノウンは苦笑した。
「ノーリーを許すと思ったんだろう? 違う。許さないから、勝手だと言われそうだと言ったんだ」
ノウンの話を聞いた瞬間、ノーリーの笑い声は泣き声と懇願の叫びに変わった。




