53 姉だった者と祖母の後悔 ①
目的を果たしたティファリーは、すぐに部屋から出ようとした。しかし、ノーリーがケインと話したいと訴えたため、足を止めざるを得なかった。
(ノーリーさんと話をするかしないかを決めるのは殿下ですからね)
「ケイン殿下、その、今日は遠路はるばるお越しいただき、本当にありがとうございました」
「君のために来たんじゃない。ティファリーがここに行くと聞いたから一緒に来ただけだ」
「で、ですが、殿下もお忙しい立場ですのに、ここまで来られるということは……」
ノーリーは頬を染めてケインを見つめる。
「そうだな。ティファリーと一緒にいたかっただけだ」
「は?」
ぽかんと口を開けてノーリーが聞き返した。ティファリーも同じく聞き返したいところだったが、ケインを凝視することしかできなかった。
「ティファリー、帰るぞ」
「え? あ、は、はい」
ケインに促され、ティファリーはノーリーに別れの言葉を告げる暇もないまま、外に出た。
ケインの衝撃発言があったり、ノーリーとのやり取りに思った以上に時間がかかってしまったが、これでノーリーとの関係を断ち切れると思うと、清々しい気分だった。
「話したいことがあるんだ。一緒の馬車で帰らないか」
「承知いたしました」
どうせ宿は同じである。断る理由はない。ケインにエスコートされ、迎えに来た馬車に乗り込んだ。
「本日はお付き合いいただき、ありがとうございました。退屈なお話でしたでしょう?」
「いや。色々な考え方があるんだなと勉強になった」
「……そうですね。正義と思われることも時には、悪になってしまうこともありますから」
瞼を伏せたティファリーに、向かいに座るケインが心配そうに話しかける。
「何か辛いことでも思い出したのか?」
「辛いことといいますか。元婚約者に騙されていた人とのやり取りで、色々と考えたんです」
(ほとんどの人が目を覚ましてくれましたが、私のことを恨んでいる人もいるでしょう)
大きなお世話だと罵られたことで、ティファリーは心に深い傷を負った。しかし、相手も違う理由でティファリーに傷つけられた。だから、自分は相手を責めることはできないと思った。
そして、押し付けるのではなく、自分は自分が正しいと思ったことをしていこうと決めた。
そのことを話すと、ケインは眉間に皺を寄せて頷く。
「浮気をしていることを知らずにいれば、本当に幸せになれたのか。俺もその点は疑問だな。それに、いつまでも隠し通せるとは思えない」
「私もそう思います。ですが、真実を知らなければ傷つかないことも確かです。私はゲッティの本性を伝えることで彼女たちのためになると思いましたが、そうではなく悪人になってしまったのです」
鳩舎で働き、ゲッティの本性を知って目を覚ました人もいる。ただ、ティファリーに罵声を浴びせるだけで、ゲッティに寄り添わなかった人もいる。
人の考え方は一つには定まらない。
「迷っているわけではないのですが、殿下にお聞きしたいことがあります」
「……どういうことだ?」
質問の前置きとしては、少し変だと感じたのか。ケインは眉根を寄せてティファリーを見つめた。
「今回の件でお姉様……いえ、ノーリー様や元婚約者のことを許せない私を冷たい人間だと思いますか?」
自分以外の家族はきっとノーリーのことを許している。それはそれでいい。ただ、ケインがどう思っているのか気になった。
「君は当事者だ。許せなくて当たり前だろう」
ケインははっきりと答え、微笑して続ける。
「家族だからって絶対に許さなきゃいけないわけじゃない」
「ですが、私の話を信じてくれなかった両親やお兄様たちのことは許したのですよ」
「実はそのことは俺も気になっていた。どうして、君は信じてくれなかった家族を許したんだ?」
ケインの問いかけに、ティファリーは困惑の表情を浮かべる。
「おかしいことでしょうか」
「俺ならもっと怒る」
そう言われたことで、ティファリーは改めて、信じてもらえなかった痛みを思い出した。
(お父様たちのことは好きですし、信じてもらえなかった以外は優しくしてくれたから許せた。そう思っていましたが……)
「私、どうして簡単に許してしまったんでしょう」
「だろう? 君は本当に辛い思いをしていたはずだ。だから、もっと怒れば良かったんだ」
自分のことのように怒るケインを見て、ティファリーは自分の胸が温かくなるのを感じた。
(ノーリーさんの言っていた通り、家族だから許せたのかもしれませんね。ですが、さすがにお姉様を許すようなら私も家族との付き合い方を考えなければなりません)
大きく息を吐いてから、ティファリーは笑顔で礼を告げる。
「ありがとうございます。ケイン殿下のおかげで、自分の中にあったもやもやが消えた気がします」
「それなら良かった」
満足そうに微笑んだケインは、二人で話をしていると一番盛り上がる、ポッポとポポーポの話を始めた。




