52 母と姉の後悔 ⑧(ノーリーSide)
ティファリーに取り付く島もなく拒否されただけでなく、ケインにも助けてもらえなかったノーリーは、涙を流しながら絶縁状の内容を確認した。
といっても、大して長い文章ではなく、今日をもって、ノーリーとティファリーは一切の関わりを持たないこと。それを故意に破った場合は、今よりももっと過酷な環境に送られること。その二つが書かれているだけだった。
(今でさえ最悪だというのに、もっと酷い場所があるの? そんなの嫌よ!)
「ティファリー、酷いわ。あなたに縁を切られたら、私は一生家に戻れなくなるわ!」
以前、家に戻りたいと伝えた時には、ティファリーが許せば戻ることができると言われていた。縁を切るということは、許してもらえなくなることと同じだ。
(ああ、本当に惨めだわ。こんなことになるなら、実家に出戻った時点でティファリーと仲良くしておけば良かった!)
「お姉様、そんなにも嫌ならいつものように嘘をついて、私を悪役にしてくださいませ。あなたの言葉を信じるか信じないかは、お父様たちにお任せしましょう」
「そ、それは、どういう意味?」
鼻をすすり、涙をドレスの袖で拭いながら、ノーリーは尋ねた。
「お姉様を家に戻すか戻さないかは、私が決めることではありません。あの家はお父様のものですから」
「そ、そうかもしれないけど」
「ですから、お父様の判断にお任せすると伝えるつもりです」
(そうだわ。ティファリーに縁を切られたと訴えれば、お父様たちも今までのように話を聞いてくれるかもしれない)
ここまでこじれることになったのは、ノーリーの言葉だけを信じ込んでいた家族の非でもある。
(お父様たちなら何とか丸め込めるかもしれない)
希望の光が差した気がして、ノーリーの口元に一瞬だけ笑みが浮かんだ。ティファリーに気づかれないように、慌てて泣きまねを始める。
「うっ……うっ……、ごめ、ごめんなさいっ」
床に座り込んだノーリーは、また手紙を手から離すと、顔を両手で隠し涙ながらに謝った。
(涙で化粧が落ちているもの。こんな姿をケイン殿下に見せられないわ)
「今すぐに署名をしてくださいますか?」
頭上から明るい口調のティファリーの声が聞こえた。
泣いている自分に対し、同情する素振りを見せないティファリーを冷たく感じ、苛立ちを覚えたが、言い返すのを何とか堪える。
(泣いている人を見たら、普通は同情心や罪悪感を感じるのが普通じゃないの?)
「……っ、わかったわ。それが、あなたのためかのよね」
「そうです。これでお互いに気持ちが晴れますね」
(お互いにですって? 喜んでるのはあなただけじゃない!)
苛立ちを覚えつつも、ケインの前ではか弱い女性でいたかったノーリーは、絶縁状を手に取り、よろめきながら立ち上がる。
「わかったわ。ティファリー、あなたがそこまで望むのなら署名をします」
「ありがとうございます」
書き物机の椅子に座っていたケインと入れ替わり、羽根ペンを手に取った。
記入しながら、ティファリーに尋ねる。
「もし、私がお父様たちに許してもらえて、家に帰ることになったら、あなたはどうするの?」
「そうなった時は、私が家から出ていきますので、ご安心を」
「そ……そう、それならいいわ」
(ティファリーがいなくなるのなら、私は家に帰ることができるわ! 家に帰って落ち着いたら、お父様に頼んで、ケイン殿下との婚約の話を進めてもらわなくちゃ)
この時のノーリーは、全く反省していないばかりか、ティファリーとの絶縁を密かに喜んでいた。しかし、自分の考えが浅はかだったと、すぐに思い知らされることになるのだった。




