5 婚約破棄を拒否する婚約者 ①
公爵邸のダイニングルームは、三十人が一堂に会食できる長方形のテーブルがあり、白いテーブルクロスが掛けられている。
扉から真正面に当たる上座の場所は当主の席。向かって右側には兄二人が並んで座り、左側が母の席。母の右隣にはノーリー。その横がティファリーの席だ。
「おはようございます」
「「「「おはよう」」」」
四人はティファリーに笑顔で挨拶を返したが、すぐに兄二人が真剣な表情で立ち上がった。
「ティファリー! どうした? 誰かに嫌なことをされたのかい?」
「正直に話してごらん。兄さんたちはいつだってティファリーの味方だからね」
妹をとても可愛がっている二人は、口元に笑みを浮かべているものの、目は笑っていない。
二人共に顔立ちが整っており、スタイルも抜群だ。
しかも、公爵家の嫡男と次男ということで、女性からの人気が高い……はずなのだが、昔はシスコンの度が過ぎていた。
そのため、分別がつき始めた今でも婚約者がいないという悲しい状況である。
そんなこともあり、兄二人の愛情はティファリーに集中して注がれている。
そんな二人でさえ、ノーリーに騙されているのだから、ティファリーは少しだけ悲しくなった。
「昨日、お父様たちにはお話ししたのですが、ノーリーお姉様とゲッティが浮気をしていたのです。ですから、婚約を破棄しようと思います」
「「何だって!?」」
兄二人は聞き返しただけで、ティファリーをたしなめるつもりはなかった。
ティファリーの父――ノウンが整った眉をひそめて尋ねる。
「ノーリーがそんなことをするわけがないだろう。きっと、他の女性と見間違えたんだよ。とにかく婚約を破棄したいんだね?」
「どうしてお父様は私の言うことを信じてくださらないのですか!」
この言葉を何度言ったか、もう思い出せない。それでも言わずにはいられなかった。
食事を運んできたメイドたちは、足を止め、神妙な面持ちで室内の様子を窺っている。
「信じていないわけじゃないよ。ただね」
ノウンがティファリーのもとに歩み寄った時だった。
「どうしたの? もしかして、ティファリーがまた私の悪口を言っていたの?」
ティファリーの背後の扉が開き、ノーリーが入ってきた。ティファリーは、毅然とした態度で答える。
「悪口ではありません。事実をお話ししているんです!」
「お父様、ティファリーは何と言っていたんです?」
すでに手に持っていたハンカチで目を押さえ、ノーリーはノウンを見つめる。
ノウンはティファリーの肩を優しく叩いてから、ノーリーの質問に答えた。
「ゲッティが浮気をしていたと言っていた。ティファリーはそんな嘘をつく子じゃない。だから、婚約を破棄する話をしようとしていたんだ」
「……え?」
ティファリーがゲッティとの婚約を破棄するなど予想もしていなかったノーリーは、目を見開いて聞き返した。
ノウンは驚いているノーリーに優しく話しかける。
「何もおかしいことは言っていないだろう? ノーリー、君だって可愛い妹のティファリーが裏切られたと聞いて、憤りを覚えないか?」
「も、もちろんおっしゃる通りですけれど、ティファリーはよく勘違いをしますから、今回もそうではないのですか?」
「それはわからない。けれど、僕はノーリーの父だが、ティファリーの父でもある。娘の言葉は信じるべきだろう」
「そ、それはそうですが……」
父の前では妹を大事にしている演技をしなければならない。
それに娘の言葉でも疑えと言ってしまえば、自分の立場も危うくなる。
この時のノーリーはうなずくしかなかった。
「お父様、それなら……」
どうして、浮気相手が姉だと信じてくれないのか。
ティファリーはそう問いかけたかったが、ノーリーの前では、無駄に時間を取るだけだろうと諦めた。
(それに、浮気相手については調べればわかるはずです。……とああ、また側近が嘘をついて終わりでしょうか。やはり、ここは侯爵に頼るしかありません)
ティファリーは姉二人以外の家族のことは大好きだが、姉が関わることについては、家族に期待することを諦めた。
「ティファリー、詳しい話はあとで話しましょう」
母のアンに着席するように促されたティファリーは、大人しく自分の席に腰を下ろした。
ノウンは朝食後、すぐにゲッティの家に連絡を入れ、彼の浮気について調べるように頼み、自らも調査を開始した。
このことを知ったノーリーは焦り、何とかして内密にゲッティに連絡を取ろうとした。
しかし、それはティファリーが阻止した。
「どうしてゲッティ様宛の手紙を送らせてくれないの?」
ノーリーはティファリーの部屋にやって来て、涙ながらに訴えた。対するティファリーは、眉尻を下げて答える。
「ノーリーお姉様、今、ゲッティは浮気を疑われている身です。そんな時にお姉様が手紙を送れば、浮気相手だと間違えられる可能性があります。だから止めたのです」
はっきりと言われたノーリーは、怒りながらティファリーの部屋を後にした。
その後、ノーリーは「ティファリーに嫌がらせをされている」とノウンに訴えたが無駄だった。
「どうしてパス伯爵家の子息にノーリーが手紙を書く必要があるんだ? ティファリーの言う通り、今は誤解されるような動きをするべきではない」
そう言われたノーリーは、それ以上は何も言えなくなった。
そして、それから3日後、調査結果がノウンに伝えられると共に、ゲッティが自分の両親を引き連れ、ティファリーに会いたいと公爵邸に訪ねてきたのだった。




