44 母と姉の後悔 ①
エレインが帰ったあと、ティファリーは置物のように動かないアンの横に、ただ黙って座っていた。移動するように促してもいいのだが、なぜか声をかけにくかった。
青ざめている母の顔色を見て、ティファリーは眉尻を下げる。
(よほどお祖母様のことを恐れているのでしょうか。わかってはいるでしょうけれど、お父様に相談したほうが良さそうですね)
暫しの沈黙のあと、アンから発せられたのは謝罪の言葉だった。
「ごめんなさい、ティファリー」
「何のことでしょうか」
「本当に……私はっ、駄目な母親だわ!」
焦点の合わない目でティファリーを見る、アンの表情からは恐怖の色は見えなくなったものの、顔色は悪い。
「お母様、少し落ち着いてください」
「でもっ……」
何度も頭を振るアンに、ティファリーは苦笑して尋ねる。
「先程のお祖母様とのやり取りを気にしておられるのでしょうけれど、どうしてお母様が謝るのですか?」
「だって、あなたには辛い思いばかりさせていたのに、私を助けてくれた。守らなければならないのは、母親の私なのに……っ」
「気になさらないでください。こんなことを言うのもなんですが慣れてしまっていますから」
「……そうしたのは私だわ」
(ノーリーお姉様を罰したことで全てが終わったと思っていましたが、お母様は、私を信じていなかったことをまだ悔やんでいるのですね)
エレインのような女性から、どうしたらアンのような娘が生まれるのか。ティファリーの頭には一瞬、そんな疑問が浮かんだが、親に似ていなければならないということもない。
(お母様がお祖母様のような人なら、お父様も妻にしなかったでしょうし、私はもっと辛い目に遭っていたでしょうね)
ノーリーたちはエレインに似たのだろうと納得しつつ、ティファリーは微笑む。
「思い込んでしまうと、そうとしか思えなくなるのが一般的でしょう。次に同じ間違いをするのはやめてください。それだけで私はお母様を許しますよ」
(上から目線でしたでしょうか)
ティファリーはアンを見つめて、彼女の答えを待つ。アンは手の甲で涙を拭い、作り笑いを浮かべた。
「ありがとう、ティファリー」
本当は笑えるわけがない。しかし、ティファリーの優しさを無駄にしたくなかった。そして、その思いはティファリーにも届いていた。
「お礼を言われるようなことはしていません」
「いいえ。助けてくれたじゃないの」
「もし、気になられるようでしたら、一つお願いを聞いてもらえませんか」
「お願い?」
ティファリーは膝の上に置かれていたアンの手に、自分の両手を重ねて答える。
「きっと、今回の件でノーリーお姉様からお母様かお父様に連絡が行くと思います。その時は私に教えていただけますか」
「それはもちろんよ。だけど、どうするつもりなの」
「ケースバイケースといったところでしょうか」
ティファリーは曖昧な答えを返したが、アンの不安そうな顔を見て付け加える。
「お祖母様のことは私が何とかいたしますので、お母様は心配しないでくださいね」
「……本当にそれだけでいいの?」
「もちろんです」
首肯したティファリーを見つめるアンの目から、また大粒の涙がこぼれ落ちた。
そして、ティファリーが予想していた通り、二日後にはノーリーからアンたちのもとに手紙が届いたのだった。




