43 元婚約者と祖母の嘆き ③
訪ねてきたエレインを応対することになったのは、母のアンだった。
というのも、エレインはティファリーではなく、アンを指名したからだ。
夫であるノウンは、息子たちと共に領地視察に出ている。エレインはわざとノウンがいない時にやって来ていた。
(お祖母様の考えていることはお見通しですが、お母様だけではやはり心配です)
青い顔をしている母を見て心配になったティファリーは、自分も一緒に話を聞くことにした。
ティファリーが一緒に応接室に入ると、エレインはにっこり微笑んだ。
ティファリーとは、後で話をしようと思っていたので、わざわざ呼び出さなくて良くなったからだ。
メイドがお茶を淹れて出ていってすぐに、エレインは口を開いた
「アン、あなた、母親としてノーリーが可哀想だと思わないの?」
「ど、どういうことでしょうか」
明らかにアンはエレインに怯えていた。いくら母親とはいえ、身分的には公爵夫人である。強く言ってもいいものだ。しかし、長年母から虐げられていた彼女は、エレインへの恐怖が勝ってしまっていた。
「ノーリーを家に戻してあげなさいと言っているのよ!」
「お祖母様、ノーリーお姉様を家に戻さないようにしたのは私です。お母様に何を言っても意味がありませんよ」
「……なんですって?」
割って入ったティファリーに、エレインは眉根を寄せて聞き返した。
「そのままの意味です。お姉様を家に戻すことはありませんので、それが目的でしたらご期待には沿えません。今すぐにお帰りくださいませ」
「ティファリー、あなた、なんて生意気な口を!」
エレインは顔を真っ赤にしてティファリーを睨みつけた。ティファリーも怯むことなくに睨み返した。すると、エレインは自分のもう一つの目的を思い出したのか、表情を和らげた。
「ま、まあ、そうね。ノーリーは悪いことをしたかもしれないわね。でも、もう少し優しい罰にしてあげたらどうかしら。あなたは今、ケイン殿下と親しいのでしょう? 殿下に冷たい人だと思われたくないんじゃないの?」
「ケイン殿下は私の考えに賛成してくださっていますので、心配には及びません」
(どうしてケイン殿下の話が出るのでしょう。もしかして、私と殿下の関係を勘違いしているのでしょうか)
ケインがティファリーにご執心しているのは、多くの人が知っている。だが、当の本人は全く気づいていなかった。
ティファリーがきっぱりと答えると、エレインは苦虫を噛み潰したような顔になった。
エレインの記憶にあるティファリーは、目の前で俯いているアンと似たようなものだった。目の前で自分を冷たい目で見つめるティファリーに、怯えの色などない。今まで通りに事が運ばないのだと理解はできた。
「そんなに冷たい態度をとらないでちょうだいよ」
エレインは媚びた笑みを浮かべて続ける。
「ねえ、ティファリー、あなたとは話をあまりしたことがないわよね。ゆっくり落ち着いて話をしましょうよ」
「お祖母様、私は落ち着いておりますよ。私たちがあまり話をしたことはないのは、あなたが私を嫌っているからです」
「そ、そんな!」
今まではそうだったが、今は違う。エレインは焦った顔で否定しようとした。しかし、ティファリーはそれを許さない。
「お祖母様、よく聞いてくださいませ。自分で言うのもなんですが、お父様たちは過去の自分が私を信じなかったことを、かなり悔やんでおられます。ですから、私に強く出ることはできません。そして、それと同時につく必要のない嘘をつき、私を傷つけたお姉様たちに失望しています」
「な、何が言いたいの?」
「お祖母様がどんなに望んでも、ノーリーお姉様はこの家に戻ってくることはないということです」
「どうしてそんな! あの子だって反省しているのよ!」
「今まで平気で嘘をついてきたのです。その反省が嘘ではないと証明するには、罰を受け入れるしかないと思いますが?」
(馬鹿なことをしたと本気で思っているのなら、今の状況は自分への罰と受け止められるはずです)
ノーリーの場合、命を奪うような罰を受けているわけではないし、ティファリーもそこまでは望んでいない。
ただ、音を上げるには早すぎる。
「……あなたの言いたいことはわかったわ。とにかく、その、私とあなたの間には誤解があると思うの。だから……」
「落ち着いて話をしましょうとおっしゃるのですか? 申し訳ございませんが、私は色々と忙しいのです。また後日、連絡だけさせていただきますね。ですから、今日はお帰りくださいませ」
「……わかったわ」
エレインは、これ以上食い下がっても意味がないと悟った。
ティファリーに言い負かされるなど、エレインにとってはあり得ないことである。そして、こんなことになるくらいなら、ティファリーと仲良くしておけば良かったと悔やんだ。
屈辱と後悔を覚えながらも、今日のところは大人しく帰ることにしたのだった。




