36 元婚約者の人生の転落 ①
護衛の一部を監視役にして、野宿をしているゲッティを泳がせつつ、パス伯爵家にゲッティが見つかったことを連絡した。すると、三日後に伯爵自らがティファリーのもとを訪ねてきた。
パス伯爵は心労からか、以前と比べてかなり痩せ細っており顔色も悪い。ふらふらな様子ながらも、ティファリーに迷惑をかけたことを何度も謝った。
応接室に案内し、お茶を飲ませて休ませつつ、ティファリーは現在の状況を確認してみた。
すると、ゲッティが夜逃げした次の日には、彼が騙した女性たちとは示談になっていたことがわかった。そのため、被害届は出されておらず、今のところ彼に科せられたのは、女性たちに金を返すことだった。
パス伯爵は私財を売り、女性たちに示談金を支払い、足りない分は知り合いの貴族に借用書を書いて金を借り、ゲッティを守る処置をとっていた。
(親というものは、そこまでして息子を守るものなのでしょうか)
大事だと思う気持ちはわかるが、ここまでくると見捨てないことに、ティファリーは驚いてもいた。
(これが親子愛というものなのかもしれませんね)
そう自分を納得させ、ティファリーは伯爵に尋ねた。
「女性たちはそれで納得されたのですか?」
「時間は返ってこないが、慰謝料を上乗せしてくれるならと考えると。もしくは、ゲッティと結婚させてくれるなら良いという女性もいました」
「まだ、ゲッティと結婚したがっているのですか?」
「ゲッティを心酔しているようで、彼は悪い人ではなく、悪いのは彼をそこまで追い詰めた人物だと……」
「追い詰めた人物、ですか」
(言葉を濁していますが、私に逆恨みをしているのですね)
ゲッティが結婚詐欺を繰り返していると被害女性に告げた時、大きなお世話だと言う人がいた。真実を知らなければ幸せでいられたのにと、自分の正義を人に押し付けるなと泣きながら訴える人物もいたことを思い出す。
(本当の幸せとは何なのでしょうか)
あの時、ティファリーは結婚詐欺を暴くことを正義だと思い込んでいた。だが、それはティファリーが考えた正義なのだと思い知らされた。
ゲッティに騙されていた女性の多くは、いつかはゲッティは自分だけを選んでくれると信じていた。その望みを断ち切ったのはティファリーなのだ。
もちろん、ティファリーに感謝している人物も多くいる。彼女たちは結婚詐欺に引っかかった自分を恥じて公の場に出ることを拒んでいた。
同情の声だけならまだしも『そんなものにひっかかるバカ』などと中傷する者もいるからだ。ただでさえ傷ついているのに、傷を深くえぐられたくない気持ちは、ティファリーにもよくわかる。
そして、一番のネックはティファリーとゲッティが婚約を解消していない状態だったことを、女性たちが皆知っていることだ。
示談を受け入れたのも、世間から浮気相手だと思われたくないという気持ちが大きかった。結局はティファリーに対して申し訳ないという気持ちよりも、自分を守ることが優先となっているわけだが、今のところティファリーはそれを責めるつもりはない。
今の自分はとても幸せだからだ。
ティファリーが黙っているからか、伯爵はため息を吐いて話題を変える。
「もう我が家は火の車です。近いうちに爵位を返上するつもりです。一平民として働き、息子と共に借金を返していこうと思います」
没落を選ばず、先に爵位を返上することに決めたのは、貴族としての意地だった。
ただ、それも自分のわがままの一つであることに、伯爵は気づいていない。国王が返上だけで許してくれると思っているところが、ゲッティの父といったところである。
「……で、ティファリー様にお聞きしたいことがあるのですが」
「何でしょうか」
「ゲッティの処分について、公爵家としてはどのようにお考えなのでしょうか」
公爵家やティファリーへの名誉毀損の処分については、結婚詐欺の話が落ち着いてから伝えることになっていた。
交渉で婚約を破棄することができたわけだが、ティファリーは目を瞑っても公爵家としては見逃すことができない。そのため、鉱山送りの話も出ていたが、その前に少しの期間だけ、ある場所で働かせることができないか、ティファリーが確認を取っているところだった。
「まだ、はっきりと決まったわけではございませんので、改めてご連絡をさせていただきます」
「……わかりました」
伯爵は不安げな表情でティファリーを見つめて頷いた。
話を終えたあと、パス伯爵はゲッティの所に行くと言って帰っていった。
イトメニア公爵家から連絡があるまでは、逃げられないようにしっかり監視をするとのことだった。
その後、ゲッティを見張っていた兵士が戻ってきたので、ティファリーはその時の話を聞いた。彼らが言うには、パス伯爵が来るまでに女性たちがゲッティの所にやって来て、結婚するように迫り、誰が彼の妻になるのかと女性同士で一触即発の事態に陥っていた。
伯爵が来たことで落ち着きはしたものの、結婚を夢見ていた女性たちは諦める様子はなさそうだと聞いたティファリーは、かなり驚いたのだった。




