35 懲りない元婚約者
受注対応をするのはティファリーだが、商品を完成させるのは職人である。
現在、三人の加工職人が分担して仕事を裁いているが、需要に対して全く追いついていない状況だ。
お客様は急かしてきていないし、待ってくれているからと伝えても、寝る暇も惜しんで頑張る職人たちの負担を減らさなければならない。
そう考えたティファリーは、職人を募集することにした。仕事紹介所に手数料を払って求人を募集した場合、こちらが求めているスキルを持った人が厳選されて紹介される。
そこから面接などをして内定した場合は、雇い主が改めて成功報酬を紹介所側に払うことになっている。
もし、紹介所側から紹介された人物が就職後、三十日以内に問題を起こした場合は、紹介所側は成功報酬を返却せねばならない。そのため実績のある人物しか紹介しないため、多くの貴族が利用している。
木造3階建ての職業紹介所内の1階は待合室と就職希望の受付があり、2階は求人を募集する側の受付がある。
1階の受付カウンターは5つあり、受付をすると番号札が渡されて順番に呼ばれていく仕組みだ。
人でごった返すフロアを横切り、2階に続く階段を上ろうとした時だった。
「ティファリー!」
聞き覚えのある声が耳に入り、ティファリーは一瞬だけ眉間に皺を寄せた。しかし、すぐに聞こえなかったふりをして、十段ほどの階段を護衛と共に上がっていく。
2階は1階と同じ造りになっているが、人が少ないため広々として見えた。
カウンターで話をしている人はいるが、ソファに座って待っている人はいない。番号札を受け取り、ソファに腰掛けた時、階段を駆け上ってくる足音が聞こえた。
護衛が警戒態勢を取り、ティファリーもそちらに目を向ける。
息を切らして上ってきたのはゲッティだった。
最後に会って数日しか経っていないというのに、彼は十歳くらい老け込んだように見える。
白いブラウスは薄黒く汚れており、櫛を通していないボサボサの髪に、うっすらと生えた無精髭が目立つ。頬はこけ、目はくぼんでおり、よく見なければゲッティとはわからない。
彼が平民の女性たちに恨まれ、夜逃げしたことは噂で聞いていた。イトメニア公爵領に入ったという話は聞いていなかったが、外見の変化が激しすぎてスルーされてしまったようだった。
(やはり似顔絵だけではチェックが甘くなってしまいますね)
ティファリーは目を伏せ、小さく息を吐いた。
「ティファリー! 働き手を探しているのか? なら僕はどうだい? 君のためなら何でもするよ!」
「お断りします」
ゲッティは胸に手を当てて訴えたが、ティファリーは速攻で断った。
たまたま彼女がいることに気づき、衝動的にティファリーに縋ったゲッティだったが、こんなに簡単に断られるとは思っていなかった。
不思議そうな顔をしてティファリーに尋ねる。
「君が僕のことを怒っているのはわかっている。だけど、僕のような優秀な人材を雇用しないなんて信じられないよ。何を考えているんだい?」
「何を考えているかと言われても、私は自分がおかしな判断をしたとは思っていません。常識的な考え方の持ち主なら、多くの方はお断りするでしょう」
「どうして? 僕は宝石店の経営者として上手くやっていたよ! 君にノウハウを教えてあげるのに!」
ゲッティは自分の至らない部分を、他の従業員がフォローしてくれていたことに気づいていない。全ては自分の功績だと思っている。
呆れたと言わんばかりに、ティファリーは頭を振る。
「昔のあなたは外見は良かったですし、女性客を取り込むことができていました。ですから、上手くいっているように見えていただけです。大体、私はそんな人材を求めているわけではないのです。適材適所という言葉があるように、あなたに合った仕事は他にあるかと思います」
「そ、そんな! 頼むよ、ティファリー! 以前のように店を流行らせると約束するから、僕を雇ってくれませんか!
「すでにあなたが店を経営していた時よりも、多くの利益を出していますから、メリットを感じませんわね」
「……え?」
ティファリーの宝石店が人気店になったことは、ゲッティも知っている。それでも、自分よりも上手く取引ができているなど思ってもいなかった。
焦った顔で聞き返したゲッティに、ティファリーは微笑みかける。
「今、この場を面接会場としましょう。面接の結果、こちらが出した答えは不採用です。パス伯爵令息の今後のご健勝と、より一層のご活躍を心よりお祈り申し上げます」
ティファリーはそう告げ、深々と頭を下げた。
突然の不採用報告に、ゲッティはキョトンとしていた。その間に、ティファリーは護衛に指示をする。
「他の方のご迷惑になりますので、彼を1階に戻し、求職者の列に並ばせてください」
「承知いたしました」
5人いるうちの一人がうなずき、理解が追いついていないゲッティの腕をつかんで、階段を下りていく。
求職者の列の最後尾に並ばされた時になってやっと、ゲッティは我に返った。
「ど、どうして僕が不採用なんだ!? 理由がわからないよ! もっと繁盛するかもしれないじゃないか!」
ゲッティの叫ぶ声が二階にいるティファリーの耳にも届いた。
(悪い評判しかない人を雇う人なんて、よっぽどのことではない限りいないでしょう)
そんなこともわからないのだから、逆恨みをしてくる可能性もある。パス伯爵家に息子が見つかったと連絡を入れること以外に、何か対処をしなければならないと思った。
その時、ティファリーの頭の中であることが思い浮かんだ。
(そうです。これなら一石二鳥です。かといって、私に決定権はありませんから、どうにかできないか、ケイン殿下に相談してみましょう)
いい考えが浮かび、気持ちが明るくなったところでティファリーの番になったのだった。




