32 結託する姉と祖母
エレインの目には憎き孫娘しか映っておらず、彼女の隣に立つ男性のことなど眼中になかった。
しかし、ケインが口を開いたことで、エレインは衝撃を受けることになる。
「俺がティファリーを誘っただけだ。悪いが、この後の予定が詰まっている。ティファリー、行くぞ」
「は、はい!」
ケインに肩を抱かれたティファリーは、驚きながらもうなずいた。
「嘘でしょう? まさか、ケイン殿下!?」
エレインの驚く声が聞こえたが、ケインは歩みを止めない。眉間に皺が寄っており、明らかに怒っているのだとわかった。
「あ、あの、ケイン殿下」
「悪い。つい興奮して呼び捨てにしてしまった。しかも勝手に触れてしまったし……」
馬車の前に来たところで、体を離したケインがティファリーに頭を下げた。
「殿下に謝っていただくようなことではございません! あの、ご迷惑でなければ、ぜひティファリーとお呼びくださいませ!」
「……いいのか?」
顔色を窺うように眉尻を下げたケインに微笑む。
「もちろんです。といいますか、殿下は王子様なのですから、私の許可はなくとも敬称などつけなくていいのですよ」
「そういうわけにはいかないだろ。君は家族の命の恩人なんだからな」
「ポッポとポポーポの件はたまたま気がついただけですし、助けるのは当たり前のことです。しかも、名前を私が勝手に決めて、それが定着してしまいましたし、謝らなければならないのは私のほうです」
「そうか。当たり前か」
ポッポたちを襲っていた鳥も食べ物が必要だったかもしれない。
そう思ったティファリーが大型の鳥のために餌を用意していたことも、ケインは知っていた。
その話を思い出しながら、ケインはティファリーに優しい目を向ける。
「じゃあ、ティファリーと呼ばせてもらう」
「はい」
ティファリーが笑顔でうなずくと、ケインの白い頬がピンク色に染まった。しかし、その変化にティファリーは気づくことなく、祖母の無礼を謝罪する。
「お祖母様が大変失礼なことをしてしまい、申し訳ございませんでした」
「気にするな。あまりこんなことを言いたくはないが、ティファリーに対して嫌な態度だったことが気になる」
「こんな話をするのもお恥ずかしいのですが、お祖母様は私のことを嫌っているんです。私を攻撃することに夢中で、殿下の存在に気づかなかったようです」
「なぜ君を攻撃しようとするんだ? 何か彼女に嫌われるようなことをしたのか?」
不思議そうにするケインに、ティファリーは苦笑する。
「生理的に無理なタイプなのだと思います」
「そうだとしても攻撃するのは違うだろう」
「そういう性格の方なのです。可愛がっていたノーリーお姉様が鳩の世話係にされたことを知って、余計に怒っているのでしょう。それに、お姉様はお祖母様に連絡して、嘘の話を吹き込んでいるかもしれません」
「どうしてティファリーの話を聞こうとしないんだ?」
「聞きたいことしか聞かず、見たいものしか見ない人だからです」
ティファリーの答えを聞いたケインが眉根を寄せた時、キャビンの中から「「ホッホロー!」」と二羽の鳴き声が聞こえた。
声が聞こえているのに、二人が目の前に現れないので抗議しているようだった。
「店でゆっくり話を聞かせてもらえるか?」
「はい」
ティファリーが笑顔でうなずくと、側で控えていた御者が、柔らかな笑みを浮かべてキャビンの扉を開けた。
******
ケインに連れられてやって来た店は、ロッジ風の建物だった。赤い三角屋根が特徴的で、出窓もあり女性が好きそうな可愛らしい外観だ。
客の比較的少ない時間だけ貸切状態にしていたため、店内にはティファリーとケイン、護衛、そして店員しかいない。
店員たちは用がある時にしか現れず、調理場やバックヤードに控えている。
店内はそう広くはないが、奥の窓際席から見える手入れの行き届いた庭園は、ティファリーの目を楽しませた。
(ゲッティとは長い付き合いですのに、こんなお店があるなんて聞いたことがありませんでした)
それだけ彼にとっての自分は大した存在ではなかったのだろうと、ティファリーはしみじみ思う。
そして、思った以上に自分が負った心の傷が浅いもので安堵した。
ティファリーにはお茶とチョコレートケーキ。ポッポたちには穀物が運ばれてきたあと、ティファリーはケインに今までのことをかいつまんで話をした。
「ティファリーの姉二人と母方の祖母は、……あまり性格が良くないんだな?」
話を聞き終えたケインは、眉根を寄せて尋ねた。
あまり、と言ったのは、ティファリーにとって身内であるため遠慮したようだ。
「そうです。ただ、次姉であるダシェルお姉様には変化があったので、少しはマシになっているかと思います」
「何かあったのか?」
「……ダシェルお姉様の旦那様がとても厳しい人でして」
「たしか東の辺境伯に嫁いだんだったな。彼は誠実な女性が好みだと聞いたことがある」
ケインが紅茶を一口飲んでから言った。ティファリーも少し冷めてしまった果物の甘い香りがするフレーバーティーで喉を潤してうなずく。
「社交場にはあまり出席されませんし、結婚してから二度、実家に来られましたが、私にはとても優しい方なのですが、ダシェルお姉様はかなり怯えている様子でした」
二人きりになってもティファリーに意地悪をするどころか『後悔しているわ! お願いだから許してちょうだい』と泣いて謝るくらいだった。
「暴力をふるわれたわけではないんだな?」
「ダシェルお姉様の様子が今までと違うので、お母様がメイドにさりげなく確認させましたが、ドレスで隠れるような部分にも、傷痕はなかったようです」
「そうか。言葉でわからせた……というか、支配しているような感じか」
「そのようです。嫁いでからのダシェルお姉様はお祖母様との連絡も取らなくなったようです。お祖母様にとって可愛い孫はノーリーお姉様だけになったのに、私のせいで不幸になったとでも思っているのかもしれません」
わかってはいたことだが、ノーリーは全く反省していない。
エレインとも今回はたまたま出会っただけのようだが、わざと接触してくる可能性もある。
ティファリーは今から対策をたてておくことにした。




