31 どうぞお幸せに ③
この場をどう乗りきろうかと、ゲッティは尤もらしい嘘を考える。しかし、女性たちは答えを出す間を与えない。
「私を愛しているんですよね!?」
「私でしょう!?」
「違うわよ! 私よね?」
彼の腕や服を掴み、女性たちは同時にゲッティを問い詰める。
ここに集まってもらったのは、ティファリーの話を信じなかった人物たちだった。
ゲッティに騙されていた多くの人は、真実を知って、ゲッティから離れていった。しかし、今、店の前にいる女性たちは、自分こそが一番だと思い込んでいた。
ゲッティにとっての一番は、ティファリーである。婚約者ではなくなったものの、何かのきっかけがあれば、また愛し合えるのではないかと、都合のいいことを考えていた。
ゲッティはへらへらと笑いながら、彼女たちを促す。
「こんな所で話をしたら、みんなの邪魔になるよ。とにかく中に入ってくれないか」
「嫌よ! この場ではっきりと言って!」
「そうよ! みんなの前で本当のことを伝えてよ!」
女性たちはどこかで、ティファリーが話を聞いていることを知っている。自分が特別なのだとティファリーへの対抗心を燃やしていた。
(恋をしている時は、相手の欠点に気づかない。もしくは、欠点さえも好きだと思ってしまっていたのですね)
情けない姿のゲッティを見つめ、ティファリーはしみじみと思った。
「えーっと、あの、その、落ち着いてよ。ほら、僕はその、みんなのものだから、一人のものになれないっていうか」
「「何ですって!?」」
女性たちはへらへらと笑うゲッティを囲んで訴える。
「私を妻にしてくれるって言いましたよね!?」
「僕は君のものだって愛を囁いてくれたのは嘘だったんですか!?」
「一緒に宝石店を経営したいって言ってくれましたよね!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いてよ! とにかく中に入ってくれってば!」
通行人に冷たい視線を向けられ、ゲッティは目を潤ませた。
泣きべそをかくゲッティを見た女性たちは、彼の情けない姿を見て、一気に気持ちが冷めていく。
「……もういいです! 私だけじゃないと言うんなら、結婚のために必要だからと言われて渡したお金を返してください!」
「私もです! あと、宝石も返しますから返金してください!」
「へ、返金なんてそんな……っ」
彼女たちからもらったお金や、宝石の売上金はほとんど使い切ってしまっている。返せるはずなどなかった。
「愛する人のためですもの。頑張ってくださいね。どうぞ愛する人とお幸せに」
ぶるぶる震えだしたゲッティを遠巻きに見つめ、ティファリーは呟くように言った。すると、ケインがティファリーの顔を覗き込む。
「少しはスッキリしたか?」
「はい。情けない姿を見て彼への愛情がこれっぽっちも残っていないことも確認できました」
「……そうか」
ケインは安堵して微笑んだあと、ティファリーを誘う。
「この後、まだ時間があるなら動物も一緒に入ることができるカフェに行かないか」
「そんなお店があるのですか!?」
「ああ。この近くにあるらしい」
「素敵ですね! ぜひ、ご一緒させてくださいませ!」
馬車に向かって歩きながら、ティファリーが手を叩いて喜んだ時だった。
「ティファリーじゃないの! あなた、こんな所で何をしているのよ!」
背後から厳しい声が聞こえ、ティファリーは足を止めて振り返る。気難しそうな顔をして立っていたのは、母方の祖母だった。
母方の祖母であるエレインは、ノーリーや次姉のダシェルとよく似た性格だった。いや、二人がエレインの遺伝子を濃く受け継いでいると言ったほうが正しいのかもしれない。
自分のやることは正しいと信じ、反対する者は敵とみなす。それがエレインだった。
エレインは正論ばかり言う娘のアンを憎く思っている。そして、娘と同じ考え方であるティファリーのことも可愛いとは思えなかった。
ノーリーとダシェルはエレインに異議を唱えることはないため、とても可愛い孫だった。
だから、エレインはノーリーを辛い目に遭わせているティファリーが、憎くて仕方がなかった。
ダークグリーンのドレスに身を包み、白髪をシニヨンにした背の高い老女――エレインは、細い目を吊り上がらせる。
「こんな所で何をしているの。婚約を破棄するなんてみっともない女性が、元婚約者の領内にいるなんてありえないわ!」
(そう言われてみればそうかもしれませんね)
ティファリーは元婚約者の父親の領内にいることについては、納得して答える。
「用事があったので来ただけです。用事がない限りは近づくことはありません」
先程の騒動でゲッティの店は破産し、それに伴い、パス伯爵家も没落する。そうなれば、元婚約者の領内ではなくなるため、ティファリーはそう答えた。
「用事とは何なの? もしかして、パス伯爵令息によりを戻したいと頼みにでも来たのかしら?」
「そんなわけがありません。お祖母様、私に悪態をつくよりもしなければならないことがあるのではないのですか?」
「……何をしろって言うの?」
(お祖母様は目が悪くなったんですかね。隣にいる人が誰だか気づけないのでしょうか)
ティファリーは呆れ返ってしまい、すぐに言葉を返せなかった。




