28 嘆く婚約者 ②
「あなたの言葉は嘘ばかりだと言っていますよね? そんなあなたの口から出る言葉が真実だとは思えないのです」
「そんな……!」
涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、ゲッティはティファリーを見つめた。
「私を愛していると言いましたが、それも嘘なのでしょう」
「いいえ、違います! あなただけを愛しているんです!」
「ティファリー様、どうか、息子を信じてやってください!」
「お願いします!」
泣き叫ぶゲッティと懇願する伯爵夫妻を見つめ、ティファリーは思う。
(嘘をつき続けたせいで、ゲッティの言葉には信憑性がなくなりました。たとえ、真実であっても、決定的な証拠や事実でない限り、信じることはできません。それに……)
静まり返った室内には、ゲッティと伯爵夫妻のすすり泣く声が響く。
ティファリーは深呼吸をして口を開いた。
「心の広い人ならチャンスを与えるのでしょう。ですが、私は過去のことは忘れ、前に進みたいのです」
「お願いです! あなたと一緒に未来を歩ませてください! 今度こそ絶対に同じ方向を見ていきますから!」
ゲッティはティファリーに縋りつこうと床を這ったが、兵士によって止められる。
すすり泣くゲッティにティファリーは冷ややかな笑みを浮かべて言った。
「そんなことはしていただかなくて結構です。あなたが浮気を認めたことにより、契約は不履行となりました。ですので、あなたの同意がなくとも強制的に婚約を破棄できます」
「忘れている可能性もあるから、契約書を持参しておいた」
ノウンは婚約を結んだ時の契約書を、ゲッティの目の前に突きつけた。
浮気をしたという話を嘘だと言えば、先程、自分がティファリーに掛けた言葉も嘘になる。
ゲッティは「ううう」と呻きながら、大粒の涙を床に落とした。
そして、恨みがましい目でティファリーに尋ねる。
「僕の意思を無視して婚約を破棄することは決まっているんでしょう。それなのに、なぜ、あなたはここに来たんですか!?」
「……あなたに伝えたいことがあったからです」
ティファリーは微笑して答えた。
「伝えたいこと……?」
聞き返されたティファリーは、笑みを浮かべたまま尋ねた。
「ゲッティ、あなたは多くの女性に愛していると囁いているそうですね」
「そ、それは社交辞令であって、本当の気持ちではありません! 僕が本当に愛しているのは」
「君だけ、と言いたいのですか?」
先に言われてしまい、ゲッティは素直にうなずくしかなかった。
「その言葉は他の女性にも言っていたと確認が取れています。ですから私だけ愛しているなんて嘘です」
「違う! 他の女性に言っていたことが嘘で、君への愛は本物なんだ!」
「ずっと嘘ばかりついてきた人の言葉を信じられると思いますか?」
「今回は本当に本当なんです!」
ゲッティは婚約破棄を強行されないように必死だった。
「信じられません」
ゲッティの言葉をティファリーはぴしゃりと跳ね除け、柔らかな笑みを浮かべて話しかける。
「嘘ばかりの婚約者様、どうぞ愛する人とお幸せに」
彼が本気で愛している人が誰なのか。ティファリーにはさっぱりわからないし、知りたいとも思わない。彼と結婚する人が、彼にとって本当に愛する人であり、それは自分ではない。
だから、今度こそ彼に別れを告げた。ゲッティは何度も首を横に振って訴える。
「愛する人は君だよ! ……いや、あなたです! 大体、署名しなくても、婚約の破棄が認められるなんておかしいですよ! 公爵家だから、そんなことが許されると思っているんですか!」
「そう思っていたなら、あなたとの関係を切るのにこんなに長引いていません。権力を使っているのならば、あなたが浮気を認めなくても、婚約の破棄を無理矢理成立させていたでしょう」
ゲッティに味方する人物も少なからずいる。万人に自分の気持ちを理解してもらおうとは思わないが、ゲッティが非を認めない限り、公爵家は横暴だと言い出す者が現れると思った。
少数派の意見など聞く必要はないと言われるかもしれない。しかし、上に立つ人間がそれではいけないという考えを持っているのが、イトメニア公爵家だ。そして、その考えをティファリーも受け継いでいる。
(ここまでこじらせるほど、ゲッティが嘘をつくとは思っていなかったというのが本音なのですよね)
ティファリーは自嘲したあと、ゲッティを見つめていた
「ゲッティの浮気は契約違反になります。婚約を決めた時の書類にも書いていましたが、浮気をした場合は婚約を破棄できると明記してありましたから、控えを確認しておいてくださいませ」
ティファリーは立ち上がって父を促す。
「お父様、帰りましょう」
「そうだな」
ノウンはうなずいて立ち上がり、床に膝をつけたままのパス伯爵夫妻に話しかける。
「あなたたちの子息がしたことは、多くの貴族の耳に入っている。婚約が継続できないことくらい、あなたたちにだって理解できるだろう」
パス伯爵夫妻は、公爵家の親戚になるという夢が叶わないと気づき、すすり泣いた。
ティファリーたちが応接室を出ていってからも、パス伯爵夫妻は泣き続け、ゲッティは呆然としていた。
暫くして、ゲッティはまた涙を流す。
「嘘ばかりって言うけど、僕は……、本当にティファリーと結婚するつもりだったんだよ」
嘘をつくことで自分を守っていたつもりだった。しかし、嘘をつけばつくほど、自分自身を窮地に立たせていたことに、ゲッティはこの時になってやっと気づいたのだった。




