27 嘆く婚約者 ①
「ぼ、僕は何も言ってない」
暫しの沈黙のあと、ゲッティは声を震わせて言った。
「……何も言っていない、ですか?」
「そうだよ。誰かが君と僕の仲を引き裂こうとしているんだ」
眉根を寄せて尋ねたティファリーに、ゲッティは引きつり笑いを浮かべながら、また嘘をつく。
「ティファリー、ノーリーは僕と浮気をしたなんて言っているけど、そんな事実はないよ。浮気のことも君が僕との婚約破棄を認めないと言っていることも全部嘘なんだ」
「あなたが嘘をついているのではなく、他の人が嘘をついていると言いたいのですね?」
「そう! そうだよ!」
ゲッティは何度もうなずき、ティファリーの手を取ろうと一歩前に出た。しかし、それは厳しい表情のケインによって阻まれる。
「ティファリー嬢に近づくな」
「で、殿下! いくら殿下であっても私とティファリーの問題に介入するのは許されないことです!」
「ティファリー嬢はお前との婚約を破棄したがっているし、今日の俺は彼女の護衛だ。彼女が許可するならまだしも、何も言わずに手を取ろうとするのはおかしい」
ケインはティファリーを守るように立って言った。
(殿下を護衛扱いなんて絶対にする気はないのですが、いつの間にそんなことになっていたのでしょう!?)
『今日の俺は』と言っているが、たとえ一日であってもありえないことである。
「あ、あの、ケイン殿下」
ティファリーが彼の背中に声をかけると、先にゲッティが反応した。
「殿下、見てください! ティファリーは僕と話をしたがっています!」
「ケイン殿下が私の護衛だなんて恐れ多いです。それが本当のことでしたら不敬に該当してしまいますわ」
「俺がそうすると決めたことだから気にするな。王子の命令だと思って、今日のところは護衛でいさせてくれ」
「そ、そんな……!」
ゲッティを無視してティファリーとケインが話し始めたため、ゲッティは顔を真っ赤にして怒る。
「ティファリー! 婚約者の僕を差し置いて他の男と話をするつもりなのかよ!」
「では、殿下と伯爵令息でしたら、殿下を優先するに決まっていますでしょう!」
言い返されたゲッティは、反論の言葉が思い浮かばず、俯いて口を閉ざした。
ゲッティにとって、ティファリーは特別だった。公爵令嬢という肩書だけでなく、顔立ちも彼の好みのタイプだったし、自分の代わりに仕事もしてくれた。
こんなに都合のいい相手は他にはいない。
だからこそ逃したくなかった。
ノーリーとも遊びであり、何があってもティファリーと別れるつもりなどなかった。
「ねえ、ティファリー。どうしたら許してくれるんだい? 土下座して謝ったら、君は昔みたいに僕に微笑みかけてくれるかな?」
「そんなわけがないでしょう。ゲッティ、婚約の破棄を認める署名をするつもりがないのであれば、私に絡むのはやめてください」
「署名なんてするわけがない!」
ゲッティはいやいやと子供のように首を何度も横に振った。
会場内の視線が、ティファリーたちに集まっている。そのことに気がついたケインがゲッティに言った。
「署名をしたくないんなら、お前に用はない。とっとと消えろ」
「……はい」
王子の命令に逆らえるはずがない。これ以上駄々をこねて、王子の命令で婚約破棄を認め捺せられても困る。
ゲッティは名残惜しそうな顔をしつつも、諦めてティファリーたちから離れていった。
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夜会では、ケインがティファリーのことをとても気にかけていると、多くの人物が知ることになった。
しかし、ティファリーはまだ婚約の破棄が認められていない。裁判になった時に、ティファリーの心証が悪くなるかもしれないため、ケインはすぐさま手を打った。
詳しく話すことはできないが、彼女には恩があること。ティファリーは自分に気持ちを返すような素振りはしていないという話を社交界に流した。
今回、婚約の破棄ができずに長引いている理由は、この婚約が契約扱いだからである。
本人が浮気を認めないため、相手の合意なしに一方的に解除できない状態にある。
ケインに不敬を働いたことで、伯爵家は金銭面で没落しかけたものの、ケインは婚約の破棄を認めさせる権利はない。
もし、口を出そうものなら越権行為だと判断されたり、ティファリーの浮気を疑われる可能性もある。
今までのゲッティは「浮気なんてしていない。婚約を破棄したいがために、僕に冤罪をかけようとしている」と被害者ぶるだけだった。
しかし、今回の夜会で状況が変わった。
というのもゲッティが夜会で浮気を認めるような発言をしたからだった。
婚約が成立した際、契約条件の中には、浮気行為が認められた場合は婚約を一方的に破棄でき、契約を無効にすることができると明記していた。
今回はノーリーの時とは違い、多くの貴族が証人だった。
夜会から三日後、ティファリーは訴えの取り下げをする前に、父と共にパス伯爵家に向かった。
朝から良い天気で、空には雲一つない青空が広がっている。
先触れを入れていたため、年老いたメイドは笑顔で出迎えると二人を応接室に案内した。
ゲッティが不正な商売をして儲けているため、ケインへの罰金で支払った金は少しずつ取り戻している。しかし、使用人を最低限しか雇うことができず、邸内は枯れた花が放置されていたり、あちこちにホコリが溜まっている。
応接室の中だけは重点的に掃除されたのか、今まで歩いてきた廊下とは比べ物にならないほど清潔感に満ちていた。
メイドがお茶を淹れて出ていくのと入れ替わりに、ゲッティと彼の両親が入室した。
三人は青ざめた顔をしており、挨拶をすることなく、揃って扉の前で膝をついた。
「どうか、どうかお許しください! 僕は本当にティファリー様だけを愛しているんです! 浮気については気の迷いなんです!」
ゲッティは額に床をつけ、泣きながら謝罪した。
今までの彼の発言は嘘ばかり。嘘をつかれ続けていたティファリーが信じるはずがない。
ティファリーは大きくため息を吐いたあと、笑顔で告げる。
「ゲッティ、あなたの口から発せられる話は、浮気をしていない。そして、社交場で話したのは、私が婚約の破棄を認めないなどと嘘ばかりでした」
「そ、それは、その、反省しています! ですから、チャンスを、チャンスをください! 反省しています! 心を入れ替えて生まれ変わります!」
ゲッティや両親の体は恐怖で震えていた。今までならば、善人であるふりをしていれば、世論が同情し味方してくれるものだと思っていた。
だが、もう状況は違う。
ゲッティはティファリーの情に訴えかけるしかなかった。




