25 嘘ばかりの婚約者 ①
獣臭いと鳩を嫌がっていた姉が受けている罰を確認したティファリーは、ケインと共にその場を後にした。
顔を見せれば、ポッポたちが喜ぶに決まっている。しかし、ティファリーが遊んでくれずにすぐに帰るとわかれば、がっかりしてしまう可能性があるからだ。
その後、ケインに連れて行かれたのは、王妃の自室だった。
王妃からは宝石店の予約を受け、国王と王太子からは妻へプレゼントする宝石を買いたいと相談された。
希望のものはあるのか尋ねると、鳩に関係するものがいいとの希望があった。
「王妃陛下も鳩がお好きなのですね」
「ええ。でも、他にも理由があるのよ」
弱みとされてしまう可能性があるため、公にはされていなかったが、王家は代々、鳩を大事にしており、それが後世にも伝わっているのだという。
(歴史書で鳩を守り神にしている国があると読んだこともありますし、ルーツは同じなのかもしれませんね)
帰りの馬車の中で、ティファリーは流れる景色を眺めながらそう考えた。
「ティファリー、今日は殿下と何もなかったよな?」
帰りは一緒になった長兄のソーラドに話しかけられ、ティファリーは目を丸くした。
「何もなかったとはどういうことでしょう」
「い、いや、その、手を握られたりだとか、そういうことだ」
「そんなことは起こっていません! というか、殿下がそんなことをするわけがないではないですか!」
ポッポたちのおかげで仲良くなったとはいえ、ティファリーの中では、ケインはそこまで親しい仲ではない。だから、ティファリーにとってケインと手を繋ぐという行為は、あり得ないことだった。
「なら良かったよ」
満面の笑みを浮かべるソーラドを見つめ、ティファリーは小さく息を吐く。
(最近のお兄様は何だか変ですね)
その後は他愛のない話をしているうちに、暗くなる前に公爵邸に帰り着くことができた。エントランスホールに足を踏み入れると、次兄のラシードが出迎えてくれた。
「二人共おかえりなさい。ティファリー、疲れているところ悪いんだけど、ゲッティのことについて調べがついたから話がしたいんだ」
「よろしくお願いします」
ラシードにはゲッティがどのように女性たちと鉢合わせしないようにしているのか調べてもらっていた。
ソーラドも知りたいと言うので、夕食をとりながら話を聞くことになった。
ラシードはティファリーたちが席に着くと、早速話し始める。
「ゲッティは綿密にスケジュールを管理してる。平民の女性が宝石店に通うとなると、自らが働いてお金を手に入れなければならない」
「……ということは、昼は忙しくて夜は比較的空いているのですね?」
「そういうことだ」
どんな仕事でも夜間や早朝の仕事は給料が上がる。ゲッティとの結婚を夢見て、多くの人が仕事に就いているとのことだった。
「女性たちは自分以外にも言い寄られている女性がいることを知らないのですよね?」
「彼女たちにとって邪魔なのはティファリーだけだ。他に女性がいるなんてこれっぽっちも思っていないみたいだ」
「……では、私から話を伝えても信じてくれなさそうですね」
(それなら、現実を見せて差し上げることにしましょう)
多くの人が傷つくかもしれない。しかし、いつかはわかることでもある。それなら早いうちのほうがいい。
自分の婚約破棄を決定づけることも大事だが、ゲッティに傷つけられる人を少しでも減らしたい。
そんな気持ちで、ティファリーは段取りを整え、ゲッティや彼に騙されている女性たちと接触することにした。
******
ティファリーとゲッティが久しぶりに顔を合わせたのは、イトメニア公爵領やパス伯爵領の両方に隣接する侯爵家の夜会だった。
ティファリーが準備を進めている間に、ゲッティは悪質な商売を続けていた。貴族の間でも噂にはなっていたが、この夜会の招待を受けたのは浮気が発覚する前だった。
欠席しても良かったのだが、逃げたように思われるのが嫌で、ティファリーは夜会に出席していた。
(話しかけてくることがあれば、婚約の破棄を認める署名をしてもらいましょう。主催の侯爵夫妻には許可を取っていますし、しつこいようなら、全てをこの場で明るみにして差し上げます)
ケインもパートナー無しで出席しており、招待を断っていた兄たちの代わりにティファリーの側にいる。
歓談の時間になると、ティファリーはケインと一緒に会場の隅で立ったまま話をしていた。
ティファリーの今日の出立ちは、ワインレッド色のプリンセスラインのドレスに、二羽の白い鳩が向かい合っているチャームのついたネックレスとイヤリング。髪はシニヨンにして耳元の鳩のチャームを目立たせるようにした。
隣にいるケインは黒のフォーマルな服装だが、顔立ちが整っていることもあり、自然と目立っている。
当の本人は周りの視線など気にする様子もなく、ティファリーに話しかけた。
「鳩のアクセサリーはどこで買ったんだ? オーダーメイドか?」
「はい。店の宝石を使ってもらって、職人に作ってもらったんです」
(ケイン殿下にも差し上げたかったのですが、お揃いになってしまいますし、ご迷惑だと思ったのですよね)
チャームに触れながら微笑むと、ケインは眉間に皺を寄せる。
「可愛いし、君にとても似合っている。俺もほしいと思ったが、色々と面倒なことになりそうだし無理だろうな」
「ありがとうございます。もしよろしければ、少しデザインを変えて王家の皆さまのためにお作りしましょうか?」
「いや、ティファリー嬢の婚約が破棄されるまで待つ」
「……それはどういう」
ティファリーがケインの言葉の意味を尋ねようとした時だった。
「ティファリー、久しぶり! 会いたかったよ!」
ワイングラスを片手に満面の笑みを浮かべて現れたのは、白のタキシード姿のゲッティだった。




