16 姉を許さない妹 ②
ティファリーがノーリーの部屋の中に入るのは初めてだった。
メイドが毎日掃除していることもあり、ホコリ一つない綺麗な部屋だ。
3つある出窓には黄色のカーテンが付いており、カーペットも同じ色に揃えられている。部屋の隅には天蓋付きのキングサイズのベッド。そのすぐ近くにはドレッサーがある。
ベッドの反対側の壁には本棚があり、たくさんの恋愛小説が並んでいた。
(ロマンス小説が多いようですが、ちゃんと読んでいないのでしょうか。読んでいたら、自分がお話に出てくる悪役と同じようなことをしていると気づきますものね)
「ティファリー、あなたはそちらに座ってちょうだい」
部屋に入ってすぐの右手側に三人掛けのソファが二つと木のローテーブルがあった。ティファリーはノーリーから手前側のソファに座るように指示され、大人しく腰を下ろす。
ノーリーはノウンと一緒にティファリーの向かい側に座り、父の腕に自分の腕を絡ませた。
「お父様、あの」
「ノーリーお姉様、私からの話が先です」
ティファリーからぴしゃりと言われたノーリーは、目を潤ませる。
「そ、そんなに怖い顔をしなくてもいいじゃない」
「真剣な話をしたいだけです。お姉様、単刀直入に聞きます。お姉様はゲッティと恋仲にあったのですよね?」
「……ち、違うわ。お父様、聞いてください」
「今はお父様は関係ありません。あなたはもうすぐ30歳ですよね? それなのに、自分で自分の意見を言うこともできないのですか?」
ティファリーのあからさまな挑発に、ノーリーは顔を真っ赤にして目を吊り上げた。
ノーリーやノウンにとって、ティファリーは、大人しい少女だった。しかし、目の前で微笑むティファリーは、まるで別人のように凛とした雰囲気を漂わせている。
そんなティファリーの発言に怒りを覚えたものの、ノーリーも負けてはいなかった。
ノーリーは、迫真の演技を披露する。
「ティファリー、そんな酷い言い方をしなくてもいいんじゃない? あなただって誰かに甘えたい時くらいあるでしょう?」
ポロポロとノーリーの目から大粒の涙が頬に流れていく。
(泣いたほうが勝ちというわけではないのですよ)
ティファリーは小さく息を吐いて答える。
「悲しいことや辛いことが起きたのであれば、そう思ってもおかしくはありません。ですが、私はただ質問しただけです。違うのなら違う。そうならそうだとおっしゃってくれるだけで良いのです」
「違うと言っているじゃないの!」
「では、口づけを交わしていたのは、どういう理由なのです? お姉様はゲッティに遊ばれていたのですか?」
ティファリーは、ノーリーがひっかかりそうな挑発的な言葉をわざと選んだ。彼女の予想通り、プライドを傷つけられたノーリーは泣くのをやめて過剰に反応する。
「そんなわけがないじゃない! ゲッティは私に対してそんなことをするわけがないわ! 大体、証拠も何もないでしょう!」
「……物的証拠はありませんが、多数の目撃証言ならありますよ」
「メイドや騎士の言葉なんて信じられないわよ。あなたが買収したに決まっているもの! そうやって私を陥れ、傷つけて、何が面白いの!? 人が嫌な気分になっているのを見るのが、そんなに楽しいの!?」
ノーリーは無意識に、自分が悲劇のヒロインであるという演技を始めた。
巷で人気の恋愛小説のように、虐げられていたヒロインが強くなり、自分を虐げていた人たちを痛い目に遭わせる。
ノーリーにとって、そのヒロインは自分。今まで嫌なことをされていたから、それをやり返しているだけだった。
……といっても、ティファリーがノーリーにとって嫌なことをしたといえば、幼い頃にノーリーよりもちやほやされていたことくらいだ。
弱い存在だから特に可愛がられていた。特にソラードたちにとっては妹だ。
目の前の赤ちゃんが可愛くて、姉に甘えるよりも妹を守ることを優先した。
ティファリーがいなければ、家族の愛は自分だけのものになっていた。
ノーリーはそれが悔しくて仕方がなかった。
自分は被害者である。
そう暗に主張するノーリーに、ティファリーは冷静に対応した。
「人が嫌な気分になっているのを見ることが好きではありません。ただ、私だって自分自身を守らなければなりませんし、黙っていればやり過ごせると思っていた時期も過ぎました」
「……どういうこと?」
「昔はお姉様は嫁いでこの邸を出ていくと思っていました。それまでは頑張ろうと思えたんです。実際に出ていったあとは幸せな日々でした。ですが、お姉様は離婚して邸に戻ってきて、また私への嫌がらせを再開しましたよね。いつしか精神的に大人になって反省してくれると思っていましたが無駄でした。もう私も我慢の限界なんです」
一度話を区切り、ティファリーは冷ややかな笑みを浮かべて続ける。
「言っておきますが、証言者は騎士やメイドだけではありません。宿屋街での騒ぎの時、お姉様とゲッティの姿は、あの宿屋街を利用していた多くの人から見られていたのをお忘れですか?」
「……っ!」
思わぬ反撃に、ノーリーは助けを求めるようにノウンの腕をつかんだ。




