第7話「組むけど、信用はしない」
気づいたとき、俺は水の中にいた。
息ができる。
体は軽い。
——なら、やることは一つだ。
下を見る。
底。
あの影。
あの違和感。
「……行くか」
迷いはない。
体を傾ける。
下へ。
沈む。
「やめろ」
声。
すぐ後ろ。
反射的に足を掴まれる。
強い力で、引き止められる。
「……離せ」
足を振り払う。
視線だけ向ける。
フード。
あいつだ。
「底はダメだ」
短く言う。
「戻れなくなる」
「……知るかよ」
腕を振り払おうとする。
だが——
力が、強い。
「順番がある」
フードが続ける。
「先にやることがある」
「……命令すんな」
吐き捨てる。
だが、
その言葉の奥に引っかかる。
“順番”。
“先にやること”。
前にも聞いた。
メモにもあった。
舌打ちする。
苛立つ。
だが——
「……チッ」
体の力を抜く。
潜るのをやめる。
「……今回だけは従っとく」
小さく言う。
フードの手が、わずかに緩む。
「賢明だ」
「勘違いすんなよ」
すぐに返す。
「信用したわけじゃねえ」
水面へ戻る。
息を吸う。
空気が重い。
だが、今さらどうでもいい。
「どこからやる」
短く聞く。
フードは少しだけ間を置いてから答える。
「ここだ」
顎で示す。
崩れた風呂の一角。
動く。
無駄な会話はない。
石を持つ。
積む。
流れを整える。
作業は速い。
——あいつも。
「……」
横目で見る。
無駄がない。
正確だ。
俺とは違うやり方。
だが——
効率はいい。
「そこ、違う」
フードが言う。
「水が逃げる」
「……は?」
一瞬イラつく。
だが、見れば分かる。
確かに、微妙にズレている。
「……チッ」
直す。
言われた通りに。
悔しいが、正しい。
「なんで分かる」
作業しながら聞く。
「やってるからだ」
「どこで」
少しだけ間。
「……別の場所だ」
その答えに、引っかかる。
「三つ目ってやつか」
「……」
フードは答えない。
だが、
沈黙が答えだった。
作業を続ける。
形が戻っていく。
少しずつ。
確実に。
「……なあ」
手を止めずに言う。
「底、何がある」
一瞬だけ、
フードの動きが止まる。
ほんのわずか。
だが、見逃さない。
「……やめとけ」
短く、それだけ。
「答えになってねえ」
「知る必要はない」
その言い方。
明らかに、知っている。
だが——
言わない。
「……隠してんのか」
小さく呟く。
聞こえているはずだ。
だが、フードは何も言わない。
作業だけが進む。
静かに。
淡々と。
風呂の形が戻る。
前よりも、速い。
明らかに効率がいい。
——あいつがいるからだ。
「……」
認めるしかない。
単独より、強い。
だが——
それとこれとは別だ。
視界が揺れる。
「……もうか」
時間だ。
早い。
だが、前よりは長い。
「次も来るな」
フードが言う。
「順番を間違えるな」
「……誰に言ってんだ」
軽く返す。
だが、その言葉は覚えてる。
意識が切れる。
次に目を開けたとき、俺は銭湯の湯船にいた。
息を吐く。
ゆっくり立ち上がる。
何も言わず、外に出る。
脱衣所。
ロッカーを開ける。
スマホを取る。
メモを開く。
「……増えてるな」
新しい行。
見覚えのない書き方。
【???】
・底には行くな
・順番を守れ
・“深い方”は最後
「……」
無言で画面を見る。
頭の中で整理する。
フードの発言。
メモの内容。
ズレている部分。
一致している部分。
「……底はダメ」
フード。
「戻れなくなる」
「……深い方は最後」
メモ。
「……知る必要がない」
フード。
息を吐く。
ゆっくりと。
「——知ってるな、あいつ」
小さく呟く。
確信に変わる。
スマホに指を走らせる。
新しく書き込む。
・フード → 情報を隠している
・“底”に関して明確に拒否
・経験値が高い(3つ目)
「……」
一度、止まる。
考える。
そして——
・信用はしない
・だが、使える
書き足す。
画面を閉じる。
ポケットに入れる。
「——とことん利用してやる 」
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