第6話「現実でも会うやつ」
その日は、銭湯に行った。
理由は特にない。
いつも通り——と言いたいところだが、
正直、少しだけ期待していた。
もしかしたら。
もしかしたら——
「あいついるかもな」
小さく呟く。
自分でも、何を期待しているのかは分かっている。
他にもいる。
あの世界に来ているやつが。
なら——
こっちにも、いるはずだ。
暖簾をくぐる。
いつもの銭湯。
いつもと同じ匂い。
いつもと同じ音。
水の音と、誰かの声と、ドライヤーの音。
——のはずだった。
「……」
違和感。
足を止める。
何かが、引っかかる。
だが、分からない。
視線を巡らせる。
脱衣所。
誰かがいる。
それだけだ。
おかしいところなんて、ない。
「……気のせいか」
そう呟いて、いつものロッカーを開ける。
服を脱ぐ。
鍵を閉める。
それでも、
背中に、何かが刺さっているような感覚が消えない。
浴場に入る。
湯気。
水音。
静かな空間。
だが——
「……」
いた。
すぐに分かった。
理由はない。
ただ、分かる。
あいつだ。
端の方。
湯船から少し離れた場所。
一人で座っている。
タオルを頭から被っている。
顔は見えない。
場違いだ。
銭湯で、顔隠し。
普通じゃない。
だがそれ以上に——
“同じ空気”を持っている。
ゆっくり近づく。
距離を詰める。
何も言わない。
相手も動かない。
そして——
すれ違う。
その瞬間。
わずかに、顔が上がる。
見えないはずの目。
だが、確実に合った。
「……」
何も言わない。
だが、
それで十分だった。
そのまま通り過ぎる。
背中に、視線を感じる。
確信に変わる。
あいつだ。
あの世界で会ったやつ。
湯船に入る。
肩まで沈む。
目を閉じる。
考える。
声をかけるべきか。
それとも——
「……いや」
小さく否定する。
分かっている。
必要ない。
あいつも、分かっているはずだ。
なら——
「……待ってやる」
意識を沈める。
水の中へ。
あの場所へ。
気づいたとき、俺は水の中にいた。
今回は迷わない。
すぐに浮かび上がる。
水面を破る。
息を吸う。
そして——
「……やっぱりな」
目の前に、あいつがいた。
フードのまま。
同じ姿。
同じ空気。
「……来たか」
低い声。
あのときと同じ。
「そっちもな」
軽く返す。
もう驚きはない。
むしろ、納得している。
「現実でも、会えるんだな」
俺が言うと、
相手は少しだけ間を置いた。
「……気づいたか」
「さすがに気づくだろ」
冷笑する。
いや、笑ってる場合じゃないが。
「名前は?」
聞く。
自然な流れだった。
だが——
「必要ない」
即答された。
「どうせ覚えても、意味がない」
「は?」
眉をひそめる。
意味が分からない。
だが、
相手はそれ以上説明しない。
「それより」
フードの奥から声が落ちる。
「時間がない」
言われなくても分かる。
この世界は長くいられない。
「一つ聞く」
相手が続ける。
「どこまでやった」
「……一つ目と、ここで四回目」
短く答える。
相手はわずかに頷く。
「なら——まだ浅い」
「は?」
またそれだ。
分からない言い方。
だが、
聞き返す前に、
相手が続ける。
「深い方は、もう崩れてる」
「……深い方?」
「底だ」
その一言で、
背筋が冷える。
水の底。
あの影。
あの違和感。
「……あれか」
小さく呟く。
相手は何も言わない。
だが、それで肯定だと分かる。
「触るな」
短く言う。
「——戻れなくなる」
視界が揺れる。
「……チッ」
舌打ちが漏れる。
まだ聞きたいことはある。
だが——
もう限界だ。
「おい、待て——」
手を伸ばす。
だが届かない。
相手はそのまま、立っている。
動かない。
ただ——
最後に、一言だけ落とした。
「——選べ」
そのまま、世界が切れる。
次に目を開けたとき、俺は銭湯の湯船にいた。
息が荒い。
周囲は、いつも通り。
何も変わらない。
だが——
「……いねえ」
さっきまでいたはずの場所。
フードのやつはいない。
最初からいなかったみたいに。
ゆっくり立ち上がる。
湯を出る。
脱衣所へ戻る。
ロッカーを開ける。
スマホを取る。
メモを開く。
「……は?」
増えている。
また。
新しい行が。
【???】
・底には触るな
・順番を間違えるな
「……順番?」
小さく呟く。
意味は分からない。
だが——
確実に、ルールがある。
画面を見つめたまま、
ゆっくり息を吐く。
「——これ、攻略順でもあるのか」
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