第5話「もう一人の風呂職人」
俺はまた、風呂に入っていた。
もう迷いはない。
タオルも、スマホも、全部外に置いたまま。
ただ湯に浸かる。
「……行くか」
小さく呟く。
前みたいに、抗う気はなかった。
むしろ——
早く行きたいとさえ思っている。
あの風呂の続き。
あの“ズレ”の正体。
確かめることは、増えている。
目を閉じる。
意識を沈める。
気づいたとき、俺は水の中にいた。
いつも通り——
のはずだった。
「……いるな」
すぐに分かる。
水の底。
前に見た影。
だが今回は違う。
はっきりしている。
輪郭がある。
人の形をしている。
「……おい」
思わず声をかける。
届くはずもないのに。
だが——
影が、動いた。
こっちを向く。
そして、
同じように、口を開いた。
声は聞こえない。
だが、分かる。
“何かを言った”。
「……は?」
一瞬、思考が止まる。
次の瞬間、
体が勝手に浮かび始める 。
「ちょ、待て——」
手を伸ばす。
だが届かない。
そのまま水面を破る。
息を吸う。
強制的に切り替えられる。
空気が重い。
だが、そんなことどうでもよかった。
「……今のは?」
誰かに聞こえるように呟く。
だが、返事はない。
「おい」
声がする。
振り向く。
いつもの男。
だが今回は、その顔を見る前に言った。
「……他にも、いるのか」
男が、わずかに目を細める。
「……気づいたか」
「やっぱりかよ」
短く吐き捨てる。
やっぱりじゃない。
全然よくない。
むしろ最悪だ。
走る。
確認するために。
風呂の場所へ。
そして——
「……直ってる?」
思わず足を止める。
崩れていたはずの風呂。
その一部が、
確かに“直されていた”。
だが——
「……俺じゃないな」
すぐに分かる。
石の積み方。
水の通し方。
微妙に違う。
雑じゃない。
むしろ、綺麗すぎる。
「誰がやった」
振り向きもせずに聞く。
「知らねえ」
男は即答する。
「気づいたら、こうなってた」
「は?」
「夜の間だ」
嫌な予感が確信に変わる。
足音。
後ろじゃない。
横を通り過ぎた 。
反射的に振り向く。
——いた。
見覚えのないやつ。
同い年くらいか。
フードで顔は見えない 。
だが、視線だけは外れない。
「……」
言葉が出ない。
相手も同じだ。
数秒、無言が続く。
そして——
「……お前もか」
相手が、先に口を開いた。
短い一言。
それだけで、十分だった。
「……ああ」
自然に返していた。
説明はいらない。
通じている。
状況が。
立場が。
全部。
「どれくらいだ」
相手が聞く。
「何が」
「来てる回数だよ」
「……四回目」
少しだけ間を置いて答える。
相手は、小さく息を吐いた。
「……俺は、三つ目だ」
「三つ目?」
思わず聞き返す。
回数じゃない。
違う数え方。
「場所だよ」
淡々と答える。
「ここで三つ目」
意味が、分からない。
だが——
嫌な方向で理解しそうになる。
「おい、それって——」
言いかけたところで、
視界が揺れる。
「……は?」
早い。
明らかに早すぎる。
「もう時間かよ」
相手が舌打ちする。
慣れている。
こいつも同じだ。
「待て、まだ——」
言葉が途切れる。
体が引っ張られる。
沈む。
意識が切れる。
次に目を開けたとき、俺は風呂場に立っていた。
息が荒い。
時間はほとんど経っていない。
「……クソ」
小さく吐き捨てる。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
影。
別のやつ。
“三つ目”。
情報が足りない。
整理もできない。
だが、一つだけはっきりしている。
これは——
一人でやるもんじゃない。
スマホを取り出す。
メモを開く。
そこには——
「……は?」
新しい項目が増えていた。
見覚えのない文字。
名前。
短いメモ。
【???】
・水温は低め
・流れを優先しろ
「……なんだよ、これ」
小さく呟く。
自分じゃない。
でも、この世界のことを知っているやつのメモ。
つまり——
「……共有、されてるのか」
画面を見つめる。
ぞわっと、背筋が冷える。
「——これ、チーム戦なのか?」
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