第4話「選ばされる風呂」
俺はまた、風呂で死にかけた。
——いや、違う。
今回は、自分自身で。
「……確かめたい」
小さく呟く。
湯船の中で、目を閉じる。
逃げる理由はない。
むしろ——
行かなきゃいけない。
あの風呂は、まだ終わっていない。
深く息を吐く。
そして、そのまま意識を沈めた。
気づいたとき、俺は水の中にいた。
いつも通りだ。
息はできる。
体も軽い。
浮かび上がる前に、違和感に気づく。
「……なんだ、これ」
視線を落とす。
水の底。
そこに——影があった。
揺れている。
形ははっきりしない。
だが、確実に“何か”がある。
目を凝らす。
近づこうとする。
その瞬間——
影が、消えた。
「……は?」
思わず声が漏れる。
今のは、なんだ。
ただの見間違いか?
いや、違う。
あれは——
考えようとした瞬間、
体が勝手に浮かび上がる。
水面を破る。
息を吸う。
空気が重い。
「……減ってるな」
周囲を見渡す。
人が、さらに少ない。
嫌な予感が、現実になる。
「おい」
声をかける。
前にいた男が、ゆっくり振り向いた。
「……来たか」
その声には、もう余裕がなかった。
「状況は?」
短く聞く。
「見りゃ分かる」
男はそれだけ言う。
十分だった。
走る。
見慣れた道。
だが、景色が違う。
荒れている。
崩れている。
時間が、経ちすぎている。
そして——
言葉を失う。
風呂は、ほとんど原形を留めていなかった。
石は崩れ、土に埋もれ、
どこが湯船だったのかも分からない。
あれだけ直したはずなのに。
あれだけ、あと少しだったのに。
——気づけば、膝に力が入らなかった。
それでも、倒れはしない。
「……もう、無理かもしれねえ」
後ろから、声が落ちる。
振り向く。
男は、目を逸らしていた。
諦めている。
完全に。
「……」
何も言わない。
言えない。
でも——
それで終わる気はなかった。
「……それでもやる」
短く言う。
男が顔を上げる。
「正気か?」
「最初からだろ」
軽く返す。
それでも、手はもう動いていた。
石をどかす。
土を払う。
形を思い出す。
——いや。
思い出すんじゃない。
体が知っている。
ここにあった。
ここに作った。
だから、戻せる。
「……時間がねえな」
小さく呟く。
感覚で分かる。
長くはいられない。
そして——
全部は無理だ。
直せるのは、一つ。
「……どっちだよ」
手が止まる。
頭に浮かぶ。
この風呂。
それから——
スマホにあった、別の設計図。
まだ見ぬ場所。
まだ壊れているかもしれない風呂。
「……」
目を閉じる。
一瞬だけ考える。
そして、
「……こっちだ」
目を開ける。
迷いはなかった。
目の前を優先する。
今、ここにあるものを。
動く。
全力で。
石を積み直す。
流れを整える。
火の位置を作る。
無駄を削る。
最短で、最大まで戻す。
「そこ、押さえろ!」
「水、持ってこい!」
声が出る。
体が動く。
全員が動く。
崩れていたものが、少しずつ形を取り戻す。
——だが。
「……足りねえ」
完全には戻らない。
時間が、圧倒的に足りない。
それでも。
できる限りはやる。
やりきる。
そのときだった。
「……あ?」
違和感。
手が止まる。
石の配置。
水の流れ。
何かが、違う。
「……これ」
思わず呟く。
見覚えがある。
だが——
「……これ、俺が描いたやつじゃない」
設計が、ズレている。
微妙に。
だが確実に。
俺のやり方じゃない。
「どうした!」
男の声。
「……いや」
答えない。
考える時間はない。
だが——
これは無視できない。
誰かも、触っている。
この風呂に。
この世界に。
視界が揺れる。
「……もうかよ」
まだ終わっていない。
でも、体が限界だ。
手が、離れる。
石が、落ちる。
「待て!」
声が遠ざかる。
それでも、最後に——
もう一度、手を伸ばす。
届かない。
そこで、世界が切れた。
次に目を開けたとき、俺は風呂場に立っていた。
息が荒い。
だが、前より長くいられた。
「……少しはマシか」
小さく呟く。
壁に手をつく。
頭の中に、まだ残っている。
崩れた風呂。
ズレた設計。
“誰か”の存在。
スマホを取り出す。
メモを開く。
そこには——
「……は?」
見覚えのある設計図。
だが、違う。
別の場所の風呂。
その図面が——
進んでいる。
俺が触っていないはずの場所が。
完成に近づいている。
「……なんだよ、それ」
小さく呟く。
理解が追いつかない。
だが、確実に言えることがある。
「……俺以外にも、やってるやつがいるのか?」
画面を見つめたまま、息を吐く。
そして、もう一度だけ確認する。
増えている。
場所が。
設計が。
役割が。
「——これ、俺一人の話じゃないのか」
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