第32話「避ける」
眠れなかった。
何度目か分からない寝返りを打つ。
目を閉じる。
あの光景。
写真。
『約束』
見ないようにする。
だが。
消えない。
気付いたら朝。
目が覚める。
気分は最悪だった。
寝た気がしない。
部屋を出る。
冷たい空気。
少しだけ楽になる。
「ひどい顔だな」
聞き慣れた声。
「うるさい」
即答だった。
「図面の件か」
「は?」
「そうか」
興味なさそうに返される。
余計腹が立った。
風呂場へ向かう。
途中。
何度も考える。
約束。
誰との。
何の。
考えるたびに。
胸の奥が重くなる。
風呂場はいつも通りだった。
人がいる。
声がする。
木材の音。
水の音。
いつも通り。
のはずだった。
「ここ」
気付けば口にしていた。
図面の前。
昨日の続き。
「ここ狭い」
全員が止まる。
「もう少し広げた方がいい」
言いながら。
自分で驚く。
まただ。
分かる。
知らないのに。
分かる。
「……なんなんだ」
小さく呟く。
その時。
「同じだな」
後ろから声。
「何が」
「前と」
振り返る。
年配の男だった。
「前?」
男は図面を見る。
「考え込むと」
少し間。
「風呂のことしか見えなくなる」
どくん。
鼓動が鳴る。
「自分では…… 」
反射だった。
「そうか」
男は否定しない。
ただ。
「約束でもしたのかと思った」
世界が止まる。
「……え?」
男は首を傾げた。
「違うのか」
答えられない。
なぜなら。
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が。
痛んだから。
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