第25話「捨てたもの」
「なんで忘れたの?」
子供が言った。
びしょ濡れのまま。
俺の肩を掴んでいる。
「……」
言葉が出ない。
顔は見えない。
なのに。
分かる。
俺だった。
昔の俺。
そんな気がした。
「なんで」
子供がもう一度言う。
「忘れたの?」
「知らねぇよ」
思わず返す。
「覚えてねぇんだから」
その瞬間。
子供の手に力が入った。
「嘘だ」
空気が冷える。
「……は?」
「忘れたんじゃない」
静かな声。
泣いていたはずなのに。
今は泣いていない。
「捨てたんだ」
頭の奥がざわつく。
どくん。
心臓が鳴る。
「何を」
聞いてしまう。
聞きたくなかったのに。
「いっぱい」
子供が言う。
そして。
周囲を指差した。
水面。
そこに浮いている。
写真。
鍵。
ノート。
ゲーム機。
傘。
無数の物。
「全部」
「……」
「要らないって」
言葉を失う。
「そんなわけ」
「あるよ」
即答だった。
水面が揺れる。
ちゃぷん。
ちゃぷん。
「覚えてないだけ」
子供が言う。
「ここに来る人、みんなそう」
ぞわり。
「みんな?」
「最初は忘れる」
ぴちゃん。
どこかで水が落ちる。
「次に捨てる」
ぴちゃん。
「最後に無くす」
意味が分からない。
でも。
なぜか怖かった。
「違いがあるのか」
「ある」
子供は頷く。
「忘れるのは事故」
「捨てるのは自分」
頭が痛い。
聞いたことがない。
なのに。
知っている気がする。
「無くすのは?」
子供は答えない。
代わりに。
黒い水面を見る。
「無くしたら」
静かな声。
「もう思い出せない」
風が吹く。
いや。
違う。
風じゃない。
何かが動いた。
水の下。
黒い水面の奥。
巨大な影。
「おっ……」
喉が詰まる。
見た。
一瞬だけ。
巨大な目。
さっきの。
穴の奥にいたもの。
今度は。
水の下にいる。
「……なんなんだ」
思わず呟く。
子供は振り返らない。
「拾うもの」
意味が分からない。
「は?」
「忘れたものを」
ちゃぷん。
子供の足元で波紋が広がる。
「拾うもの」
嫌な予感。
頭の奥がざわつく。
「拾ったらどうなる」
沈黙。
数秒。
そして。
子供がゆっくり振り返る。
初めて。
顔が見えた。
「戻ってくる」
俺だった。
小さい頃の俺。
泣きそうな顔。
震える唇。
「全部」
その瞬間。
周囲の写真が浮き上がった。
いや。
写真だけじゃない。
ノート。
鍵。
傘。
ゲーム機。
全部。
宙に浮く。
「っ!?」
思わず後ずさる。
そして。
気づく。
裏側。
全部に文字があった。
黒い文字。
汚い字。
震えた字。
一つ目。
写真。
『約束』
二つ目。
ノート。
『夢』
三つ目。
鍵。
『友達』
四つ目。
ゲーム機。
『楽しかったこと』
息が止まる。
全部。
物じゃない。
意味だ。
記憶だ。
感情だ。
「なんだよ……これ」
声が震える。
子供は答える。
「お前が捨てたもの」
その瞬間。
黒い水面の下。
巨大な目が開いた。
そして。
初めて。
笑った。
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